シルルの弟
夜更かしをした私とルイスは昼過ぎまで寝ていた。誰にも起こされなかったからだ。何故なら、シルルも私が起こさないので昼まで寝ていたからだ。
昼食を食べ終わると、シルルが私をジッと見つめた後に表情が柔らいだ。
「……ニーナ。人型に戻れたのね」
その言葉に私は微笑んだ。起きてすぐではなく、お腹を満たして落ち着いてから言うのはシルルらしい。そのため、今? って顔をしているルイスに向かって笑った。
三人で和やかに過ごしている時だった。玄関の扉がバンッと大きな音を立てて開いたのだ。驚いて私はシルルの後ろに隠れ、ルイスは鳥の姿に戻った。シルルはというと、私達とは違い落ち着いていた。
「姉さん!!」
そして、扉の先にいたのはシルルとよく似た顔立ちの綺麗な青年だった。だが、目にはメガネをかけており、声も彼女とは違いとても大きな声だった。
「何したの⁈ 人でも誘拐した⁈ それとも、人をやってしまったの⁈ もしかして……街を一つ潰した⁈」
大股で焦った様子で部屋に入って来た青年の言葉はまるでシルルが何かやったみたいに聞こえた。
「シュール」
だが、彼とは正反対にシルルは落ち着いていた。そして、そのまま彼を見た。
だが、シュールと呼ばれた青年はそんな彼女を見てメガネを押し上げて鋭い視線を向けた。
「僕を呼びつけるなんて、よっぽどの事ですよね? どうして、落ち着いているんですか?」
「……驚いているわ」
そう言っても見た目にはわからない彼女にシュールは首を傾げて訝しげに見た。すると、シルルは言葉を続けた。
「私じゃないわ。ニーナとルイスよ」
すると、シュールは視線をシルルから彼女の後ろに隠れている私を見た。ルイスは鳥になって少し離れた位置にいるので彼には気づかれていない。
「……ニーナ?」
シュールが私を指差した。その指をシルルが掴んで彼と視線を合わせた。
「ええ。ニーナよ」
「えっ? この子……誰?」
困惑するのも無理はない。彼女は私の名前を言うだけで説明していないのだから。
「ねっ、姉さん。やっぱり、誘拐……」
「違うわ」
彼女は食い気味に否定した。だが、彼はシルルのことを何だと思っているんだろうと疑問に思ってしまった。
「彼女は……私の家族よ」
「へぇー。そっか、家族かー。へぇー、家族……家族……ね……はっ⁈ 家族⁈」
驚いた様子のシュールは私とシルルを交互に見て、咳払いをした。
「えっと……姉さん。いつ、結婚したの? この子、姉さんの子供ですか?」
「違うわ。私は結婚などしていないし、ニーナは私の子供じゃないわ。だけど、家族よ」
「ん? ごめん。やっぱり、誘拐した?」
「だから、違うわ」
食い気味な彼女の様子にさらに困惑した彼は私の前にしゃがみ込んだ。彼から逃げるように一歩後ろに下がる。
「君。名前は?」
「……ニーナ」
「可愛らしい名前だ。ご両親は?」
私は首を横に振った。身一つで異世界にやって来た私に親はいない。家族はシルルだけだ。
「そうか。きちんと僕の質問に答えられて偉いな」
彼は一瞬悩んだ後に私の頭を撫でた。
「さて、姉さん。説明してほしい」
「……説明しようとしたわ」
「…………ごほん。お願いします」
そして、シルルはシュールに私のことや、ルイスのことを彼に説明した。
「姉さん。心を鬼にして言うけど……貴方に子育ては無理がある」
言い切った彼にシルルは珍しく頬を膨らませていた。私はそんな彼女の服の端をギュッと掴んだ。
「彼女は施設に入れるべきだ」
「……施設? 嫌よ。ニーナは私の家族よ」
「……姉さん。僕は意地悪で言うわけじゃない。姉さんには無理だから言っているんだ」
「無理じゃないわ」
「生活力皆無のくせに⁈」
「ニーナが入れば平気よ」
「小さな子供に頼るなよ! そもそも、姉さんは昔からそうだ。マイペースに生きるせいで、周りが巻き込まれる」
「別に巻き込んでいないわ」
「してるよ! 昔だって……」
二人は軽く言い合いになっていた。だが、私はシルルと離れたくない。その意思を伝えてもいいのか悩んでいた。すると、ルイスが私のすぐ側に来ていた。
「お前は? お前は……どうしたいの?」
「私? 私は……離れたく……ない」
私は自分の服の裾を両手で握りしめた。
「なら……はっきりと言葉で伝えた方がいい」
「言ってもいいのかな? 怒られない?」
もしかしたら、迷惑になるかもしれない。そんな思いが消えないのだ。すると、私の手の上に彼の手が重なった。
「あの人がお前のことを迷惑なんて……思うはずがないだろ」
彼は真っ直ぐに私と瞳を合わせた。その瞳は嘘は言っていない。そして、私を二人の前へと連れて行き、背中を押された。
「おいっ! こいつの意思は?」
ルイスは二人の会話に入った。すると、言い合いをやめて、こちらに顔を向けた。
「……ニーナ。貴方はどうしたい?」
彼女が優しく声をかけてくれる。それに引っ張られるように口から言葉がゆっくりと出て来た。
「わたし……私は、シルルさんと一緒にいたい……これからも、一緒に暮らしたい!!」
その言葉に彼女はゆっくりと微笑んだ。そして、私の前でしゃがみ込むと私の身体をそっと抱きしめた。
「私も……ニーナと一緒にいたいわ……」
「……本当にいいの? 私……わがままかもしれないよ」
「平気よ……私もマイペースだもの」
「ありがとう……」
「それは……私の言葉ね」
私は彼女に出会えてよかった。彼女の背中に手を回して涙目になりながら笑った。
そんな私達の様子を見ていたルイスはシュールに声をかけた。
「あの人なら、大丈夫だと思う。それに、ニーナもしっかりしているし」
「……そうだな。僕が思っているよりもずっと二人は仲が良いんだな」
シュールは小さく笑った。




