エピローグ
――光の中で、私は確かにユウトと手を握っていた。
命を差し出す覚悟で、世界を選び直すと誓った。
……なのに。
気づけば、私は玉座の前に立っていた。
高い天井、冷たい石の床。
そして玉座には、赤い瞳の父――魔王が座している。
「サクラ、そろそろ城を出て、見聞を広めてみるといい」
「……陛下?」
思わず口をついた呼び方に、父は眉をひそめる。
「陛下などと他人行儀な呼び方をするでない。父上と……呼んではくれぬのか?」
横で、柔らかな笑い声が響く。
アネモネ――母が、口元に手を添えて私を見ていた。
「ふふ……」
「……アネモネ、そなたも笑ってないで何か言ってくれ。これが、世に言う反抗期なのだろうか」
「さあ……でも、可愛らしいではありませんか」
私は戸惑いを隠せなかった。
父と母が並んで玉座に座っている姿は、記憶と違う。
もっと重苦しく、冷たい空気が流れていたはずなのに――今、この広間には穏やかな風が吹いているようだった。
「今は、人と魔族が手を取り合って生きる時代だ」
父の声は低く、しかし温かい。
「人の世界を見に行って、見聞を広げたらどうだ?」
「……あの、魔王と勇者の輪廻は?」
「輪廻?」
父は首をかしげ、母が穏やかに答える。
「神話の時代の話かしら。争いをしても何も生まれないという、昔話よ」
胸の奥で何かがざわめく。
輪廻が……ない。あの絶え間ない争いの循環が、消えている――。
「港町ネレイアなど、どうでしょう」
母が微笑みながら提案する。
「海もきれいですし、きっとあなたの知らない景色がたくさんありますよ」
私は小さく頷いた。
ネレイア――その名を聞くだけで、潮の香りが蘇る。懐かしくて、胸が熱くなる感覚とともに。
――――
港町の空気が、胸いっぱいに広がった。
潮風のぬるさも、遠くで帆がきしむ音も、果物の甘い香りと魚の生臭さも――全部、知っている。
懐かしい。いや、正確には”もう一度”だ。
確かに一度ここに立った。この港町のざわめきも、空の青さも、全部覚えている。
そして――私が”目立つ”ことも。
「こんな上玉、久々に見たな。おれたちといいことしようぜ?」
粗暴な男たちが下卑た笑みを浮かべて近づいてくる。
この台詞知ってる。前もこうだった。
吹き飛ばすこともできる。でも、それをする前に――
「やめろ!その人が君たちと関わる理由なんてない!」
来た。この声、このタイミング。
全部覚えてる。
ゆっくりと振り返る。
白いシャツを風にはためかせ、黒色の瞳がまっすぐに私を見抜く。
何もかも吸い込んでしまうような、変わらない瞳。
「……やあ。待ってたよ。」
その笑顔も、覚えている。私をいつも救ってくれた顔。
「今回は、あなたが私を見つけてくれたのかしら」
私がそういうと、ユウトは小さく首をかしげて小さく笑った。
潮風が吹き抜け、海の香りが強くなった。
また、一緒にこの人と旅をしよう――そう心の奥で誓う。
「ねえ」
ユウトが突然、呼びかける。
「……月が奇麗だね」
「まだ昼よ」
私は、あきれながら笑って返す。
「……私も愛しているわ」
潮風が、静かに二人の間を満たした。
こうして、私たちの旅はもう一度始まった。
今度こそ――愛と笑顔だけを携えて。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
この物語は、私が初めて書き上げたものです。
拙い文章に何度も嫌気がさし、途中で手を止めそうになったこともありました。
それでも――愛や気持ちを強く持ち続けることで、必ず何かが変わる。
そのことを物語を通して、読者の皆さんに伝えたいと願いながら、ここまで歩んできました。
この物語は、ここで幕を閉じます。
ですが、どこかでまた、皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。
もし少しでも心に残るものがあれば、
感想や評価をいただけると、とても励みになります。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
ヒカリ