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魔王の娘ですが皇子に惚れたので世界と戦います  作者: ヒカリ
第4章  君に惚れたので、世界と戦います
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最終話  愛と祈りの代償

命を懸けて、世界を選び直す。


それは“犠牲”ではない。

私たちは、愛の名のもとに――この未来を、勝ち取るのだから。


これは、理を超え、祈りで紡がれた物語の終焉。

そして、すべての始まりの一歩です。

金色のきざはしを登るたび、足元から現実が遠のいていく。

下を見れば、雲海がゆっくり閉じ、私たちを現世から切り離す。


そこに、神はいた。


形はない。けれど確かにこちらを見ている。

永劫の時を湛えた目。その奥に、冷たさと微かな好奇心、そして長い長い旅路の末の疲れが潜んでいる。


 

「望みを言え――」

無機質な響きに、ほんのわずかな揺れが混じる。

永遠の中で初めて、人の声を“待っている”かのように。


 

ユウトの手を、強く握る。


「世界を……元通りにしてください」



沈黙。

神の意識が深く降りてくる。


「それは、おまえたちの存在と引き換えだ」

「世界の輪廻りんねは元に戻さねばならぬ。勇者が魔王を止めなかったゆえに破壊された世界を戻すには、魔王と勇者の有する力を使うほかない」


「構わない」

ユウトの声は揺れない。

「僕は……いや、僕たちは、このためにここまで来た」


 


胸の奥に、紫と金の糸が結び目を作るような感覚が走る。


――港町ネレイアの潮風。あの時、少年が「ありがとう」と言ってくれた時、全てが報われた気がした。

――魔王軍の炎。熱が頬を焦がし、ユウトが消えてしまった時、何もかもに絶望した。

――海竜の蒼い光。水面に映る二人の影。その足元で、糸が揺れ、静かに結ばれていくのを感じた。


全部、このために。

この未来を選ぶために。


 


「あなたと出会って、私は初めて祈りを知った。

誰かのために生きたいと、心から思えた」


ユウトも微笑む。

「僕もだ。君がいたから……僕は勇者じゃなく、“僕”でいられた」


その言葉に――神の目が、ほんの一瞬だけ揺れた。


 

光が足元から立ち上がる。

世界が、新しい形に選び直されようとしている。


「サクラ……怖くない?」

「あなたと一緒なんだもの。怖くないわ」


 

光が強くなる。

手が透ける。

指先が空気に溶ける。

輪郭りんかくが崩れる。


心臓の鼓動が、耳の奥で高鳴る。

潮の匂いが、なぜか濃くなる。

ユウトの体温と匂いが、最後の現実として焼きつく。

呼吸の音が遠ざかる。

時間が、一拍ごとに薄れていく。


それでも――視線は離さなかった。

最後まで、祈りを途切れさせないために。


「運命と血に抗った私たちが、ここまで来た。

 消えても、愛は残る。祈りは届く」


 


ユウトが頷く。

「じゃあ、行こう。二人で世界を変えよう」


私たちは同時に目を閉じた。



光が弾ける。

紫と金の糸がほどけ、幾千もの花弁のような閃光となり、世界中へ飛び散った。



空が晴れる。

雲が裂け、陽光が海を抱きしめる。

黒く干上がった大地から、草が芽吹く。

干潟の魚が波とともに海へ帰る。


ある村では、老婆が手を合わせ、頬を濡らす。

別の街では、恋人たちが互いの手を握り、空を見上げた。


そして――海辺の小さな港町で、一人の少年が風に顔を向けた。

潮の香りに混じって、誰かが名前を呼ぶような声がした。

彼は理由もわからぬまま、笑みをこぼした。



誰も知らない。

なぜ世界が救われたのか。

けれど、人々はなぜか――胸の奥が温かいと感じていた。


風が吹き抜ける。

それは山を越え、海を渡り、人々の頬を撫でる。

その中に、紫と金の糸が織り込まれた二つの声が混じっている。

名前を呼び合い、微笑むような響き。


 


こうして、私たちは消えた。

けれど、愛と祈りは――この風となり、生き続ける。

きっとまた誰かを動かし、誰かの未来を選び直させるために。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。


ユウトとサクラが選んだ“世界の再生”という道は、決して悲劇ではありません。


彼らは奪われるのではなく、“自らの手で”世界を救い、愛を選び取ったのです。


その意志は、きっとこの世界のどこかに、優しい風のように残り続けるでしょう。


次回、エピローグでは――

消えたはずのふたりが、もう一度“名前を呼び合う”物語を描きます。


どうぞ、最後までお付き合いください。


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