第30話 祈りの剣と、赦しの盾
世界が、私たちを異常と呼んだとしても
――私は、信じる。
祈りと、愛と、名を呼ぶ声が、
この世界の理さえも超えていけるのだと。
これは、“運命に抗う”者たちが、
理の化身に挑む、決意と赦しの物語です。
世界が――止まっていた。
風も、波も、光さえも。
空に浮かぶ雲は動かず、海は鏡のように凪いでいた。
それは、神々が目を開ける直前の、呼吸すら憚られる静寂。
私は、ユウトの手を強く握っていた。
彼の体温が、この世界で唯一の“現実”のように思えた。
六翼の天使が、降りてくる。
裂けた仮面を口のように開いたまま、羽ばたくこともなく、ただ重力の外に漂っていた。
空間は軋み、時間はねじれる。
存在そのものを削り取っているような感覚――私たちをこの世界から消却しようとしているのだ。
世界そのものが、私の力を拒絶している。
「……来るわ」
足元に魔力の紋章が広がる。
紫紺の光が地から滲み、背に翼が呼び覚まされる。
「待って」
ユウトの声が、かすかに震えていた。
「ひとりでは行かせないよ。」
私は振り返る。
その表情には、確かな決意が宿っていた。
彼の足元に、淡い光の紋章が浮かび上がり、金色の魔力が彼の身体を包み込んでいく。
それを目の当たりにして、ユウトが自我を失い、魔王軍を一掃したあの光景が脳裏に蘇る。
また、力が暴走しているのかも知れない……。
「……あなた……!」
「大丈夫。僕はユウトだ。覚えてる。世界を敵として、君の……大魔王の隣に立つ大勇者だ。」
白銀の剣が、その手に現れた。
きっとあれは、勇者の剣――過去に幾度となく世界を救い、魔王を滅ぼしてきた力。
それを彼は、世界と戦うために振るおうとしている。
ユウトは剣を構え、私に微笑む。
「サクラ。僕が、君の剣になる」
私は、頷いた。
「ええ……私はあなたの盾になる」
六翼の天使が、広がった翼を重ねるように動かす。
空間が引き裂かれ、七色のオーロラが溢れ出す。
祝福のように見えながら、そこにあるのはただの“削除”。
存在の拒絶。
私は、ユウトとともに飛ぶ。
紫紺の魔力と金色の剣が、空を交差する。
「これは、祈りよ……!」
私は叫ぶ。
「世界が拒んでも、私は、愛を信じる!」
「もう誰も、消させない!」
ユウトの声が重なる。
二つの光が重なり、剣が放たれる。
紫と金の閃光が、六翼の仮面を貫いた。
その瞬間――
《認識不能。存在規定外。再解析……不能……》
機械のような、けれどどこか哀しげな音が響いた。
裂けた仮面に、深くヒビが走る。
六翼の天使が、崩れ落ちていく。
翼が一枚ずつ消え、仮面は割れ、空に吸い込まれていった。
まるで、世界そのものが正気を取り戻したかのように。
私は、ユウトのそばに降り立つ。
震える身体を、彼の手がしっかりと包む。
「……終わった……?」
その瞬間、空が割れた。
光が走り、雲が裂けていく。
上空から、金色の階が現れる。
その先に浮かぶのは、神々の島――
海の果て。世界の理の中心。
「上がって来い」――そんな声が、空の向こうから聞こえた気がした。
「行こう、サクラ」
ユウトが、そっと手を差し出す。
私は、強く、その手を握り返す。
「ええ。私たちの選んだ未来へ」
世界が私たちを異常と呼ぼうとも、私は、この手を離さない。
“祈り”と“愛”が、理より強くあることを信じて。
私たちは、この世界を救うため、神のもとへと、歩き出した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
「剣」と「盾」として、ようやく並び立ったユウトとサクラ。
それは、世界にとって異端の姿だったかもしれません。
けれど、その絆が、祈りが、ついに理さえも打ち破る力となりました。
次回――神の島で、ふたりに突きつけられる“問い”とは何か。
そして彼らが選ぶ“終わり”とは。
引き続き、お付き合いいただけたら嬉しいです。
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