第28話 愛の名のもとに
世界は、理に従って動いていた。
何も疑わず、ただ定められた未来へと向かうように。
けれど――その理に、祈りが抗った。
名を呼ぶために。愛を選ぶために。
紫紺の魔力が、私の身体を貫いた。
足元に浮かぶ紋章が脈打ち、背中の翼が風を裂く。
地を蹴ると同時に、紫の閃光が天を衝いた。
襲いかかる天使たちを――私は、ひと振りでなぎ払った。
魔力が、“拒絶”となって空間ごと打ち消す。
これ以上、触れてはならないという――世界への、通告のつもりだ。
天使たちはその威力に押し返され、空に光の軌跡を残して散っていく。
無機質な彼らの仮面にさえ、かすかな“処理の遅れ”が滲んでいた。
私は構わず、ただひとりの元へ――
「ユウト!」
彼のもとへ駆け寄った。
その額にはまだ、六翼の天使が触れた刻印の光が残っている。
彼を傷つけた存在は、まだ空にいた。
六翼の天使――
銀の仮面の奥に、瞳はない。
だがその“視線”が、彼を見下ろしていた。
私は、翼を広げて飛び上がり、そのまま彼の間に割って入った。
「これ以上は――させない!」
右手に集中させた魔力を、指先から放つ。
紫の閃光が一直線に走り、六翼の天使の仮面を貫いた。
ギィィ……
仮面の中央に、亀裂が入った。
鋭く、冷たく。
六翼の天使の動きが止まる。
“予定されていなかった事態”に、世界が一瞬だけ硬直したかのようだった。
私は地面へ降り、ユウトの身体を抱き起こす。
「ユウト……!」
けれど、彼は動かない。
その身体は冷たく、震えも、呼吸の気配もなかった。
「うそ……いや……いやだ……!」
耳を当てる。何度も呼びかける。
けれど――心音は、なかった。
私の中から、音が消えた。
また、失ってしまったの?
たった今、取り戻したばかりなのに。
やっと、名前を呼び合えたのに。
「お願い……返してよ……!」
私は震える手で、彼の頬を撫でる。
涙がこぼれる。
声にならない嗚咽が漏れる。
もう、名前を呼ぶのも怖い。
まだーー伝えてないのに。
ーーお願い。
私は願いを込めて、その唇に、そっと、口づけした。
「……私は、あなたを……愛してるわ」
それは祈りだった。
――最後の祈り。
唇が触れた刹那――
彼の胸が、微かに脈打った。
「……サクラ……?」
私は息を飲んだ。
この声を、聞き間違えるはずがない。
彼が、帰ってきた――この手の中に。
私は、彼を抱きしめた。
もう、二度と離さないように。
……だがそのとき。
空で何かが蠢いた。
六翼の天使の仮面が、音もなく“開いた”。
感情を持たぬその仮面に、縦に裂け目が生まれる。
それは、口。
無慈悲な世界の命令が、姿を持ったような――機械的な“裂け目”。
その瞬間、空にオーロラが広がる。
七色の光が、空一面に揺らめいた。
あまりにも美しく、神聖だった。
だがその中で、近くの天使が一体――動いた。
命令も、抗いもない。
ただ、“摂理に従って”、歩み寄る。
そして、裂け目へ――吸い込まれていく。
痛みもなく、悲鳴もなく。
“処理”されていくように。
他の天使たちも次々と歩み寄り、六翼の天使の中に“還って”いく。
その姿はまるで、予定されていた儀式のようだった。
ーー世界は、それを祝福していた。
私は、彼を抱いたまま、空を見上げた。
もう、怯えない。
私は選ぶ――彼と生きる未来を。
たとえ、運命がそれを拒んでも。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
「赦し」とは何か。「運命」とは何か。
それらに抗い、ただ“君”を守りたいという祈りが、奇跡を起こす――そんなお話になりました。
次回、再び動き出したふたりの物語が、新たな段階へ進みます。
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