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魔王の娘ですが皇子に惚れたので世界と戦います  作者: ヒカリ
第4章  君に惚れたので、世界と戦います
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第26話  運命と戦う

この世界に“祈り”は届かないのかもしれない。

世界そのものが、運命としてユウトを飲み込もうとしている。

それでも、私は――あきらめたくなかった。

 ユウトが、膝をついた。


 幾重にも降り注いだ光の斬撃が、彼の身体を押し潰し、剣を鈍らせ、ついに地に伏せさせた。


 それでも、彼は私の前に立ち続けてくれていた。

 血を流しながらも、私を守ろうとしていた。


 


 「……ユウト……っ!」


 


 私は手を伸ばした。けれど届かない。

 視界が揺れて、魔力は底をつき、足が動かない。


 


 そのときだった。


 天使たちが一斉に剣を引いた。


 無音のまま、ユウトのまわりを円陣のように囲み、静かに頭を垂れる。

 まるで――儀式の始まりを告げるように。


 


 空気が凍った。

 風も波も、呼吸すらも、世界から消えていく。


 


 そして――


 


 《⋄⟡≺ʃι≎∑λ≻⋄・≡∇ʘΣ⇋》

 《⋄⟡≺ʃι≎∑λ≻⋄・≡∇ʘΣ⇋》

 《⋄⟡≺ʃι≎∑λ≻⋄・≡∇ʘΣ⇋》


 


 人の言葉ではなかった。

 けれど、頭の中に直接、意味が響いてくる。


 


 《運命に還れ》


 


 それは、世界からの命令だった。

 輪廻の外に踏み出したユウトを、元の“器”へ押し戻す――無慈悲な詠唱。


 


 空が、裂けた。


 


 眩い光の向こうから、六枚の翼を持つ天使が降りてきた。


 銀の仮面に瞳はなく、足先すら地につけずに浮かぶその姿には、神聖でも邪悪でもない、ただ“絶対”という冷たさが宿っていた。


 


 六翼の天使は、ゆっくりと両腕を上げる。


 一方の指先を天へ、もう一方を――ユウトの額へ。

 その指が、そっと触れた瞬間。


 


 「っ……が……!」


 


 ユウトの全身が、跳ねるように震えた。


 額から放たれた光が、彼の記憶と意識を、深く、深くえぐり出していく。


 痙攣する身体。

 歯を食いしばり、それでも天を睨むように見上げている。


 


 それは、祝福ではなかった。

 命令だった。

 強制だった。


 


 世界が“勇者”を登録する、冷酷な儀式。


 


 そして、ユウトの額に、光の紋章が浮かび上がった。

 円環と十字が重なった、まるで識別印のような、運命の刻印。


 


 「ユウト……っ!」


 


 私は叫んだ。けれど、彼には届かなかった。


 その目は、私を見ていない。

 彼は――私の知らない何かを見ている。いや、“見せられている”。


 


 「なぜ、抗う」

 「世界を守るために、魔王を討て」

 「それが、おまえの使命」


 


 声が、光の中から重なり合って響く。


 ひとつの声ではなかった。

 歴代の勇者たちの意志が、幾重にも折り重なり、彼に囁きかけていた。


 


 「やめて……連れて行かないで……ユウトを……!」


 


 私は、魔力の残りかすをかき集めて手を伸ばす。


 けれど、ユウトから発せられた光がそれを拒絶する。


 まるで、私はこの儀式に“関わる資格がない”とでも言うかのように。


 


 私は、崩れるように膝をついた。


 何も、できない。

 彼が、苦しんでいるのに……!!


 


 「どうして……こんな……っ!」

 「私はただ……ユウトと、皆で笑って……幸せな世界で生きたかっただけなのに……!!」


 


 涙がこぼれた。

 私は、ただ祈るしかなかった。懇願するしかなかった。


 


 「お願い……ユウトを……彼だけは、どうか……!」


 あのとき、名前を呼んでくれた人。

 私に笑い方を教えてくれた人を、私は……もう、失いたくないの。

 


 そのときだった。


 


 胸元のペンダントが、熱を帯びた。


 


 “カリ……ッ”という、微かな音。


 


 三日月の彫刻に、細かなひびが入っていく。

 そこから滲み出すように、光が溢れ始めた。


 


 それは、ユウトから発せられているものとは、全く異なる光だった。


 温かく、優しく、けれども揺るぎない、ひとつの“願い”のような光…


 


 《……血を、呼び起こせ……》


 


 外からではなく、私の内側から響いた声。

 胸の奥に、そっと染み込んでくるような囁き。


 


 その光のなかに、私はふたりの姿を見た。


 父――アドラメレク。

 母――アネモネ。


 ふたりは何も言わず、ただ私を見ていた。


 ――見守っている。

 そう、確かに感じた。


 


 それだけじゃなかった。


 光の奥には、もっと多くの影があった。


 


 深紅の瞳。

 漆黒の衣。

 絶望のなかに、祈りを宿す者たち。


 


 ――これは……魔王の一族。


 


 歴代の魔王たちが、私を囲むように立っていた。


 彼らのその眼差しには、静かな決意が宿っていた。


 


 力を託すこと。

 破壊のためではなく、誰かを守るために。


 


 私は、ようやく理解した。


 


 なぜ、ユウトが“勇者”なのか。

 なぜ、世界が“魔王”を滅ぼそうとするのか。


 


 勇者は、神に選ばれる。

 だからこそ、それは“運命”となる。


 血筋も願いも関係なく――ただ、選ばれたという理由だけで、彼らは魔王を討つ使命を刻まれる。


 


 一方で、魔王は……

 初代が、血の盟約によって輪廻の外へと自らを追いやった存在。


 “選ばれる”のではない。

 “選ぶ”のだ。誰かを救うために、世界の理を覆す道を。


 


 だから世界は、魔王を排除しようとする。

 勇者を“秩序”として立ち上げ、抗う者を討たせる。


 


 私の血が、今、それを思い出している。


 すべては――ここに至るためだったのだ!

 ……私は、運命と戦う。

選ばれる者と、選ぶ者。


勇者とは神に選ばれた“運命”であり、

魔王とは血によって繋がれた“意志”の継承者。


その矛盾に気づいたサクラが、初めて“自らの存在理由”を受け入れ始めた章でした。


このお話では、作者として、「運命に従うこと」と「誰かを守ること」が

両立し得るのか――という問いについて、言葉を紡ぎました。


次回――

たとえ祈りが届かなくても、サクラは“叫ぶ”ことをやめません。


第32話「神への宣言」、どうか見届けてください。


コメント・評価、大歓迎です!

この物語は、初めて書いている長編小説です。

まだまだ試行錯誤の連続ですが、読んでくださる皆さまの声が、とても励みになります。


少しでも良い物語にしたいと思っていますので、

どんな些細な感想でも、お気軽にお寄せください。


お読みいただき、本当にありがとうございます!

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