第25話 私たちの愛を天使は祝福してくれない
世界が、静かに牙を剥く。
輪廻の外に踏み出したふたりに、
秩序は“拒絶”という名の裁きを下す。
祈りは届かず、願いは否定され、
剣と魔力さえ、数と無機質な力に打ち砕かれる。
――それでも、彼らは抗う。
今回は、拒まれた願いを抱いて、それでも前に進もうとする、
ふたりの“決意”のお話。
海竜の影が波間に溶け、静かな海だけが残っている。
あの瞳が告げた言葉は、今も私の心に灯をともしていた。
けれど、その灯の奥に、得たいの知れないざわめきがあった。
それは海竜と別れたあの瞬間からずっと続いている。
「この先に……神々の島がある」
ユウトが甲板でつぶやいた声は、どこか張りつめていた。
北に進路を取り、次第に気温が引きくなるにつれ、私たちの緊張感は高まり続けている。
ーーーそして三日後。
海は引き続き凪いでいる。
世界が呼吸を止めているかのようだった。
嵐の前の静けさーーいや、それ以上の何かが、海と空を覆っていた。
「……変だな」
ユウトが、空を見上げながら呟く。
「風がまったくない。まるで……何かを待っているみたいだ」
私も頷く。
北の果て――神々の島へ向かう航路に、“何か”が潜んでいる。
そのとき、空が閃いた。
雲が真横に裂け、巨大な“目”のような光が、空一面に浮かび上がる。
まるで――世界が、私たちを“見下ろしている”かのようだった。
「……あれは……!」
目を凝らすと、極光のような流れが空に走る。
美しい。しかし、あまりにも人工的で、冷たい。
これは、きっと神が造ったもの…。
私は、直感で理解した。
この世界の秩序を、監視し、維持する“何か”が動き出したのだと。
「サクラ……来る」
ユウトが剣を抜いた。
空が割れ、眩い光が走る。
そこから降り立ったのは――銀の仮面、翼を持つ影。
一切の熱を持たない手のひらには、剣や槍が握られている。
間違いなく人ではない。感情も、魂も感じない。
ただ、世界の秩序を執行するだけの、“処理装置”ーそんな感じがする。
でもーその姿は、まるで神話やお伽噺にでるような…
……天使…
彼らは無言のまま、こちらへと歩みを進める。
問いかけても、応じない。
名を呼んでも、目を合わせない。
代わりに、天上に浮かぶ“神の眼”から、無機質な声が響いた。
《異常検知。輪廻外存在――確認》
《優先削除命令、実行開始》
光が瞬く。
天使が剣を抜く。光の刃が、空間そのものを裂きながら振り下ろされた。
「くっ!」
ユウトが私の前に立ち、剣を交差させて受け止める。
音もないのに、骨の奥まで軋むような衝撃が全身を貫いた。
私も魔力で盾を展開するが、光はそれすらも歪ませて貫いてくる。
「サクラ、下がれ!」
「だめ、ユウトが……!」
私は懐へ飛び込むが、すぐにもう一体の天使が上空から舞い降りた。
咄嗟に魔力を弾けさせて後方に下がる。
「数が……増えてる!」
ユウトの叫びと同時に、空に新たな光が走る。
ー次々と、天使たちが降臨してくる!
その背後には、空に浮かぶ“観測の輪”――巨大な神殿のような構造体がゆっくりと回転していた。
この世界そのものが、私たちを排除しようとしている。
変化を拒み、輪廻を壊す存在を――異端として。
「これが……世界の本音」
私は、呟く。
“祈り”を届けようとした私たちを、この世界は否定しているのだ。
「それでも、私は……抗う!!」
魔力が火花のように散る。
ユウトが叫び、剣を構え直す。
けれど、相手はあまりにも多く、冷たい。
斬っても、砕いても、次々に降り注ぐ光の刃。
私の魔力は削られ、ユウトの動きも鈍っていく。
「……っ、クソ……!」
ユウトが膝をついた。
彼の背から、熱が伝わってきた。
剣を構えながら、まだ私を守ろうとしている。
こんなにも傷ついているのに――ユウトは、私のために立っている。
私は駆け寄ろうとするが、光が進路を遮る。
魔力の盾で斬撃を受け止めるが、衝撃が胸を焼くように痛い。
「お願い……もうやめて……!」
けれど、天使は何も言わない。
振り上げられた光の刃は、ただ無慈悲に降り下ろされようとしている。
私たちの言葉は、祈りは、叫びは――届かない。
世界の秩序にとって、きっと私たちはただの“ノイズ”なのだ。
それでも――私は!!
「…… たとえ神に拒まれても、私は、ユウトの隣で戦いたい――!!」
私は魔力を練る。
傷だらけの両腕に、まだ灯る微かな“想い”を込めて。
たとえ届かなくても、祈ることをやめない。
拒絶されても、私は進む。
――赦しを得るその日まで。
祈りが届かないという絶望は、
何よりも残酷で、何よりも強い痛みかもしれません。
それでも、祈ることをやめない。
信じることをやめない。
ユウトとサクラは、世界にとって異端であり、
秩序から排除される存在かもしれないけれど――
それでも彼らは、選びました。
“誰かのために戦うこと”を。
次回、「運命と戦う」
届かないと知りながらも、祈ることを選んだ少女の、
小さくて、強い叫びを、お届けします。