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魔王の娘ですが皇子に惚れたので世界と戦います  作者: ヒカリ
第4章  君に惚れたので、世界と戦います
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第24話  私は、君を選ぶ

贖罪とは、ただ罪を悔いることではない。


過ちを背負ったまま、もう一度、未来を信じること。


それが、どれほど怖く、勇気のいることなのか――


今回は、“赦されざる者”が、それでも光を選ぼうとするお話です。

海が、吠えていた。


それは風の音ではない。

波の轟きでもない。

どの生き物の咆哮よりも重く響き渡る。


それは、世界そのものが叫んでいるような、――そんな声だった。


 


「来る!」


ユウトの声に、私は振り返る。

その瞬間、海面が割れた。


漆黒の影が、水を裂いて現れる。

それはかつて私に“生きよ”と告げた、あの海竜だった。


けれど、今のその姿は……かつての静寂を纏った守護者ではなかった。

目の奥に宿る光は、怒りと……深い、深い悲しみに染まっていた。


 


「サクラ!」


ユウトが叫ぶ。


海が、うねる。

まるで生き物のように、私たちを押し流そうと牙を剥いてくる。


私は空を見上げる。

曇り空の先に、かすかな月が見えた。

その光は、まるで母のまなざしのようだった。


 


「……どうして」


私は呟く。

けれど、その問いに答えるように、海竜が低く唸った。


 


「人の姿をした災厄さいやくよ。

 我は見届けた。貴様が、いかにしてこの世界を呑み込んだかを」


その声は、地の底から響くような響きを持っていた。


「我は信じていた。

 アネモネの血が、魔王の呪縛じゅばくを超えると。

 だが、貴様は父と同じ道を辿った」


 


――あの日、私は世界を壊した。


すべてを呑み込むほどの力を、怒りのままに解き放ってしまった。


「……それでも」


私は海を見据える。


「私は、生きて、つぐないたい」


 


水が、うねった。


海竜の身体が、光とともに輝きはじめる。


「貴様のせいでこの世界は崩壊の道を辿っている。勇者と魔王の輪廻りんねを断ってはならなかったのだ!!」


咆哮が、空を裂いた。


海が暴れ、天が黒く染まる。

雷鳴が轟き、帆船が大きく軋んだ。


ユウトが剣を抜く。


「来い……!」


彼の声は、風にかき消されそうなほど小さかった。

けれど、それ以上に確かな決意があった。


 


私は魔力を構える。

ペンダントに力はもうない。見ると、悲しみを湛えるかのように空を反射してきらりと光っている。

これからは、私の命を燃やして戦う必要がある。


 


海竜の攻撃が来る。


巨大な尾が海面を叩き、嵐のような水流が襲いかかる。


ユウトが私の前に立ち、剣を振るった。

魔力をまとった斬撃が、水流を裂く。


だが、その衝撃は消えない。

甲板が崩れ、帆が裂け、海が吠える。


 

私の中の身体に流れる魔力を集中する。

 


そのときだった。


ユウトが叫ぶ。


「やめろ、サクラ!」


彼が、私を抱きしめた。


 


「……君が誰かを傷つけないように、自分を壊すなんて間違ってる」


その声は、嵐の中でもはっきりと聞こえた。


「君が守ろうとしたものは、間違ってなんかない!」


 


私は、瞳を見開いた。


ユウトの瞳に映る私は――涙を流していた。


 


海竜が、一瞬、動きを止めた。


 


「……なぜ、庇う?」


海竜が、低く問う。


「魔王の娘ぞ? この世界を滅ぼした元凶ぞ?

 なぜ、勇者が、その命を……」


 


ユウトは、真っ直ぐに言葉を返した。


「……勇者だから、守るんだ!

 お前は、サクラを見守ると決めると言ったのに分からないのか!」


「分からぬ!!!」


海竜の咆哮ほうこうが、大気ごと震わせた。


次の瞬間、海面が爆ぜた。

水柱が空高く伸び、そこから雷光が迸る。


「ユウト、下がって!」


私が叫ぶと同時に、巨大な尾が横なぐりに迫る。

ユウトが剣を構え、魔力をまとわせた一閃でそれを受け止めた。


衝撃が甲板を打ち、帆が千切れる音が響く。


「っ……重い……!」


ユウトが呻く。

海竜の力は、あの時とは比べ物にならなかった。


これは、全力。

命を賭しての、一撃。


 


「貴様らの理想が“戯言ざれごと”でないというのなら――

 その身で証明してみせよ!!」


 


水が跳ね、空が唸る。

次々に襲いくる奔流ほんりゅう咆哮ほうこう


サクラは腕を振る。

魔力の盾が水流を受け止めるが、軋むような音を立てて崩れていく。


「……このままじゃ、押し切られる!」


ユウトが隣で叫ぶ。


「でも……引くわけにはいかない!」


私は叫び返した。

戦うしかない。


私は、胸元のペンダントをそっと握りしめた。

母の優しさも、父の怒りも、今の私の“願い”のためにある――


私は自分の身体の中に流れる魔力を搾り出すようにまとめていく。


 


「もう一度だけ、信じて! この世界は取り戻せるって!」


 


水面から何本もの水蛇のような触手が伸びてくる。

ユウトが先陣を切り、斬り払う。

サクラは魔力を込めた光槍で海面を貫いた。


それでも、なお迫る巨体。


海竜が高く舞い上がり、全身をうねらせて、海を丸ごと叩きつけるように――


 


私は手を広げた。

ユウトが私の背に立つ。


「一緒に――!」


「……ああ!」


 


ふたりの魔力が交差する。


青と紫。

それが重なり、ひとつの“刃”となった。


「――例え、ゆるされないとしても、それでも私たちは進む!!」


 


波が裂ける。

空が閃く。


そして、巨躯を貫いた光が、静かに弾けた。


 


海が、再び静けさを取り戻す。


ただそこに、光のしぶきが残っていた――。


海竜の巨体が、ゆっくりと沈んでいく。


海竜から放たれていた闘気は、なくなり、身体から生命が流れ出るかのように光が溶け出していた。

まるで、命そのものが海へと溶けていくような、儚い輝きだった。


海竜には、もう戦う意思もないように見えた。


「……何も、変わらぬと思っていた」

海竜の声が、響いてくる。


「人は裏切り、魔王は怒り、勇者と魔王は戦い、世界は繰り返す。輪廻りんねに縛られ、決して変わることなどないと……」


私は、ただ黙って聞いていた。

涙が知らぬ間に頬を伝っていた。


「……だが、お前たちは、我に“迷い”を与えた」


海竜の瞳が、ふたりを見ていた。

その目には、もはや怒りも悲しみもなかった。


 

「……この世界を戻すのは、お前たちの他にはおらぬのかも知れぬ…我の最後の力を……その道標としよう」


海の底から光が湧き上がる。


それはまるで、封じられていた“海の記憶”そのもののようだった。


「北の果て、“神々の島”へ向かえ。

 そこには、輪廻りんねを断ち切る者だけが辿りつける場所がある。

 そこでなら、この世界を救えるかもしれぬ。

 この海を、この世界を、本当に取り戻したいのなら……行け」

 

その言葉を残し、

海竜の身体は、波間に崩れ、静かに光となって消えていった。


 


風が吹いた。


雲が裂け、空に月が浮かぶ。


サクラは胸に手を当て、祈るように目を閉じる。


「……ありがとう。ごめんなさい」


 


きっと、ゆるしてはくれない。


でも、未来を信じてくれた。


そのことが、今の私には――何よりも、力になる気がした。

 


 


私は、膝をついた。


ユウトが肩を貸してくれる。


「……ありがとう」


私は呟く。


「また、信じてもらえた。」


ユウトは笑った。


そして、手を差し伸べてくれた。


「行こう。この先で、きっと何かが変わる。」

私は頷いた。


私の贖罪しょくざいは、まだ終わらない。

でも、世界の果てにーーゆるしがあると信じたかった。


私はユウトの手を握り、空を見上げた。


 

――きっと、世界はまだ、終わってなどいない。

神々の島へ

怒りに燃える海竜は、サクラとユウトに最後の試練を与えました。


傷ついた世界を、それでも信じるということ。

失われた命を、誰かの未来へ託すということ。


それは赦しではなく、覚悟の継承だったのかもしれません。


次回、

世界の秩序そのものが、ふたりを敵と見なすなかで――

彼らは、希望の航路を探します。

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