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魔王の娘ですが皇子に惚れたので世界と戦います  作者: ヒカリ
第4章  君に惚れたので、世界と戦います
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第23話  君と運命、そして試練

過去は消せない。

けれど、それでも――私は、生きて贖いたい。

たとえ、この命を世界が赦さなくても。

──光が、海底から滲むように現れた。


波は穏やかなままだというのに、空気が凍りつくような冷たさを帯びていく。

それは、かつて感じたあの気配だった。

けれど、今は……怒りと絶望が、濃く、重く、そこにあった。


「……来たわね」


思わず呟いた私の声が、かすかに震えていた。

ユウトが私を見つめる。その目には、問いでも驚きでもなく、ただ――覚悟が宿っていた。


「海が……震えてる」


ユウトの言葉に、私は頷く。

そして、その瞬間だった。


海面が、不自然なまでの静けさをもって割れた。

空を裂くような光が水中から立ち上り、巨大な影が、静かに姿を現した。


――海竜。


あの日、私の生き様を見守ると言ってくれた、海の守護者。

だが今、その瞳は、私に向けられる裁きの色を宿していた。


「……久しいな、“サクラ”」


その声音はかすかに震えていた。

怒りとも、悲しみともつかぬ色が、重く響く。


「見届けたぞ。貴様が、いかにして“世界を壊したか”を」


私は言葉を失い、ただ彼の視線を受け止めていた。

ユウトが一歩、私の前に出た。


「待ってくれ。彼女は――!」


「黙れ、勇者よ」


海竜の声が、低く、鋭く切り裂いた。


「我が問いかけに答えるのは、“贖罪しょくざい”を背負うその者のみ。

 汝は、ただ見届けるがよい」


私は、ユウトの背中をそっと押しのけた。

その瞳には迷いはなかった。


「……ええ、私は世界を壊した。多くを失わせ、多くを奪った。

 それが“私の罪”。だから、赦されようとは思っていないわ」


私は静かに目を閉じ、胸に手を当てる。


「でも……生きて贖いたい。

 母が、希望を与えたように。

 私も、誰かの“光”でありたいと願った」


海竜の目が細められる。


「その願いが、世界を呑み込んだのだ」


「……分かってる」


私は首を振る。


「でも、私はそれでも、名を捨てたくない。

 “サクラ”として、もう一度、歩き直したいの」


沈黙が落ちる。

海竜の巨大な尾が、ゆっくりと波を打った。


「……世界を滅ぼしても、なお何も学ばぬのか。魔王の血を引く者よ」


「私は、アネモネの娘でもある。

 力と慈愛――その両方を、抱いて生きていく」


そのときだった。

ユウトが前へ出た。


「彼女は、世界を壊した。でも、今……生きようとしてる」


その声は、決して怒りではなかった。

静かで、まっすぐで、強かった。


「彼女だけの力じゃ、運命は覆せないかもしれない。

 でも……勇者と魔王が手を取り合えば、きっと――輪廻を変えられる!」


海竜の瞳が、はっきりと揺れた。


その一言が、海を震わせる。

次の瞬間、咆哮が天を裂いた。


「愚か者がァァァァァァッ!!」


海が沸騰したように爆ぜる。

潮が逆巻き、風が暴れ、空が暗転していく。


「まだ言うか! その理想は、かつてアドラメレクも口にした!」


「……!」


「だが奴は、裏切った。人に、世界に、そして“希望”に!」


海竜の眼光が鋭くなり、雷のような声が響き渡る。


「もはや、貴様らにこの世界は任せられぬ。

 勇者よ、我が手で“輪廻りんね”に戻してやろう」


そしてサクラへ。


「魔王よ、その血が犯した罪を償え。我が食ろうて、その任を変わってやろうぞ」


彼の巨体がうねり、海を裂いて迫ってくる。


私はその場に立ち尽くしていた。

罰を受けることが、当然のように思えた。

でも――


「待て!!!」


ユウトの叫びが、嵐を裂いた。


「彼女は、今を生きている! 奪ったものがあるからこそ、返すために歩こうとしてるんだ!」


ユウトは剣を抜く。


「どうか……その道を、奪わないでくれ!」


一瞬だけ、海竜の動きが止まった。


その隙に、私は一歩、海の前へと出る。


「私は、あなたを裏切った。でも、私は……変わりたい。

 信じることを、もう一度信じたい」


風が、吹いた。

ユウトと、私の想いが交差する。


「ならば――見せてみよ、その“決意”を」


海竜が吠える。

その巨躯が、空を覆い、海が咆哮を返す。


「生き様で、証明せよ!

 この命を賭して、お前たちの“希望”を試してやろう!」


私は頷いた。

それが、私の罪に対する答えであり、

“サクラ”という名に向き合う、ただひとつの道だった。


 


――その刹那、海が裂けた。

深き怒りが、ふたりに牙をむいた。

サクラの罪。

ユウトの叫び。

海竜の裁き。


ふたりの想いは、果たして“赦し”に届くのか。

運命に抗う者たちの戦いが、いま、始まる。


次回――「私は、君を選ぶ」

読んで頂ければ幸いです。

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