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第18話  もう一度、君と海へ

――たとえ、すべてを失っても。


もう一度、君の手を取りたかった。

もう一度、その名を呼びたかった。


何百年も漂った末に、ようやく辿り着いた“再会”の夜。

けれど彼は、何も覚えていない。


静かに、優しく、でも心の奥では感情が爆発していた――


サクラ視点で描かれる「脱出編」。

ユウト視点と対になる、もうひとつの物語です。

走る。

彼の手を握ったまま、ただ前へ。


その温度が確かにそこにあって、私はようやく「現実」に立っていると、実感した。

何百年も漂い、夢か幻かわからぬ時間の果て――やっと、また彼と走っている。


絶対に、今度こそ離さない。

たとえ、もう一度、世界のことわりが敵になったとしても。



角を曲がる。壁に揺れる影。背後から迫る怒声と鉄靴の音。

「右!」

私は咄嗟に指を差した。


ユウトは、ほんの一瞬もためらわず、私の横へ飛び込んできた。

そのまっすぐさに、胸が痛くなるほど嬉しくなる。


どうしてだろう。

昔と変わらない彼の反応に、涙がこぼれそうになる。


 

行き止まりの通路。


私は息を整え、膝をつき、石畳に手を触れた。

だが、すぐには魔力は湧いてこない。私が世界を滅ぼしてしまった、あの暴走以来、魔力はほとんど使えなくなっていた。


思い出す。

父である魔王アドラメレクが最期に残した言葉と、母の形見であるこのペンダントのことを。


「我が娘よ、未来を……愛を選び取れ」


「復活した勇者とともに、もう一度、世界を作るのだ。我では成し遂げなかった…幸福に溢れる世界を……」


ペンダントには、父と母の魔力が込められていた。

今の私は、このペンダントから、少しずつ力を借りている。


私は胸元に手を当て、小さく囁く。


「お願い……力を、貸して」


次の瞬間、ペンダントがかすかに光を帯びる。

そして、石畳が微かに脈動し、音もなく崩れ、闇の口を開いた。


「こっち」


私はそう告げ、自分が先に潜る。

ユウトが来てくれる――その確信だけを胸に。


 

濡れた空気と苔の匂い。

でも、私は少しも怖くなかった。

彼の足音がすぐ後ろにあったから。


彼の息が荒く、苦しそうで――

けれど、それがたまらなく懐かしく、愛おしかった。


 


「なんで俺なんだ。俺じゃなくてもいいだろ……他に——」


ふいに聞こえたその声に、私は一瞬足を止めそうになった。

でも、すぐに返した。


「ユウトじゃないと、ダメなの」



何の迷いもなかった。

だって、私はずっと……ずっと彼を探していた。

生まれ変わっても、記憶がなくても、彼の魂だけは、どこまでも追いかけて――やっと辿り着いたのだから。


 

靴音が追ってくる。

私は手を強く握る。彼がついてきてくれるたび、不安が少しずつ溶けていく。


上がっていく階段。夜の風。街の音。


空を見上げる。

ほんの小さな裂け目から、星が覗いていた。


ああ――やっと、届いたんだ。

この想いが。



「ユウト」


名前を呼ぶと、彼の肩が揺れた。

その一瞬で、何百年分の想いが込み上げる。


 


角を曲がった先に、兵士。

私はすかさず指を動かし、ペンダントの力を借りる。


風が灯火をさらい、瞬く間に夜が濃くなる。


「今の、何だ」


「説明は後」


彼の問いには答えない。

私は魔王の娘。きっと、彼が知ったらまた傷ついてしまう。



「右の路地へ」


その声に、彼はまた、まっすぐについてきてくれた。


 

汚水の中。腐臭と泥の通路。


彼がこの道を知っていると言ったとき

私はその過去の重さに、言葉を失いそうになった。


「腐るほど、ここを掃除したからな」


その言葉に、私は唇を噛んだ。


それでも、彼は私を案内してくれる。

自分の“痛み”を、私たちの“未来”のために使ってくれる。

 


「案内して、ユウト」


その言葉に、彼は確かに頷いた。




倉庫裏。風。足音。


あの日、私は暴走し、世界を壊してしまった。

海を覆い、光を閉ざし、多くの命を奪った。

だから今度は、取り戻す番だ。

私とユウトで――


「ユウト、あの門を抜ければ……」


「そこから、どうする」


「海へ向かうわ」



海。

それは、私の贖罪の始まり。

そして、彼ともう一度“世界を作る”旅の始まり。


「海なんて、ないだろ」


「あるわ。奪われただけ。呪われただけ。あなたが、それを取り戻す」


「俺が?」


「ええ、ユウト。あなたが」


 

勇者として世界に拒絶された彼。

魔王の娘として力を暴走させた私。


だからこそ、今度は“ふたり”で。


海を取り戻し、世界に命を吹き込む。

そのためには、まずは、あの“海竜”に会おう。

父と戦い、海を守ろうとした、あの存在に――


 

兵士の前に、ユウトが出ようとする。


「俺が行く。俺はこの街じゃ殴られ慣れてる」


だめ……絶対に、だめ。

私は彼の腕を掴んだ。


「あなたを失うくらいなら、私が囮になるほうがいい」


その言葉に、彼が目を見開いた。

その表情に、ようやく“信じてもいいのか”という揺らぎが見えた。


 

私はペンダントに手を当て、願う。

母の祈り、父の力を――もう一度借りる。


風が吹いた。石が鳴った。

視界が白く染まり、敵が一瞬、動きを止めた。


「今!」


彼の手を引く。


走る。

手を握って、夜を抜ける。



「ユウト、大丈夫?」


「……大丈夫じゃ、ない。でも、生きてる」


その言葉に、私は微笑んだ。

胸の奥に閉じ込めた何百年分の涙が、こぼれそうだった。


 


「これから、どこへ行くんだ」


「……海へ」


 

夜風が吹く。

雲が裂け、星が覗く。


赤く光る”天王星”が見える。

「見て。あの四つの星を結ぶと、きれいな正方形になるだろ? その中心に、赤く光る星がある。僕らはそれを“天王星”と呼んでる。星々はあれを中心に巡っているって教えられたんだ」

旅の始まりにユウトが教えてくれた話を思い出す。

 


――もう一度

あなたと、“海”へ。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


この話は、第3話「脱出」の場面を、サクラの視点から描いたものです。

ユウト視点では分からなかった“彼女の想い”や“過去”、

そして「贖罪」と「希望」の在り処を、丁寧に掘り下げました。


特に今回は、

「魔王の娘としての力を使いながらも、優しく彼を導こうとするサクラ」

「感情の爆発を抑えて、そっと彼に寄り添うサクラ」

をしっかり分かって頂けるよう、言葉を紡ぎました。



よければ、この先もふたりの行く末を見届けてください。

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