間話1 沈黙の玉座
15話と16話の間に、アドラメレク視点の短い挿話を挟みました。
これまで少し唐突に見えた「贖罪」への流れを、魔王の内面から描いています。
サクラの物語でありながら、彼女の父の心の揺らぎもまた、大きな意味を持っていた――そんな位置づけのお話です。
アドラメレクは、玉座に戻ってきていた。
深く息を吐き、掌にわずかな魔力を集める。
遠視を使い、我が娘と勇者との様子を映し出す。
娘の瞳に宿る光は、アネモネと同じだった。
人を愛し、信じ、裏切られたあの女と――
かつて、アネモネは、魔族と人間が等しく生きられる未来を夢見て、世界を繋ごうとした。
そして、自分もそれを信じた。
しかし、その夢は人間たちの謀略によって断たれたのだ。
――あの時。
腕の中で冷たくなっていく最愛の妻を抱きしめた瞬間、自分は誓った。
――もう二度と、信じない。
すべてを支配し、そして、輪廻を断ち切り、世界を作り変える。
その誓いこそが、自分を魔王たらしめていた。
自分の娘が歩もうとしている道は、アネモネのそれと重なる。
破滅の道と分かっているのに、なぜ止められないのか。
胸の中がざわつき、握った拳がわずかに震えた。
視界が滲み、映像が霞む。
我が娘を止めたいのか、試したいのか――もはや自分には、分からなくなっていた。
勇者が覚醒した時、これで輪廻が再び始まると思った。
しかし、勇者は、選択しなかった。
世界の理に逆らうことになったとしても――
世界の光が勇者を消滅させていく。
自分の娘の絶望の叫びが、空間の向こうから突き刺さった。
その光景を見た時、胸の奥に鋭い痛みが走る。
――全てを信じず、世界を破壊し、再構築することは、果たして正しいのか。
やがて、自分と最愛の妻の間に産まれた娘が、世界を破壊していく。
それは、自分が描いたとおりの未来のはずだった。
だが、思わず自らに問いかける。
――これは本当に正しかったのか。
全てが終わり、力を使い果たし、命が尽きかけようとしている娘を見た時――
身体が勝手に動いていた。
気が付けば、娘の前に転移していた。
分かったのだ。
やはり、自分が間違えていた。正しかったのはアネモネだったのだ、と。
その言葉は、誰に聞かせるでもなく、静かに闇へ溶けていった。
しかし、決心した。
自身の命と引き換えに、我が娘が信じる世界を取り戻すチャンスを作ろうと。
世界はまだ自分を魔王として見ている。
勇者が消えた今、世界の理に反し、魔王が残った。
この命を使って、世界の輪廻を断ち切ろう。
我が娘と、娘が愛した勇者の力を信じて――
闇が玉座を包み、静かに、新たな魔王の物語が動き出した。
読んでくださり、ありがとうざございます。
今回は、魔王アドラメレクという人物が「絶対的な敵」から「一人の父親」へと変わっていく、そのきっかけを描きました。
サクラとユウトの物語の背後で、もう一つの”選択”があったことを感じていただければ嬉しいです。
次回からは再びサクラ視点に戻ります。
引き続き、お話にどうぞお付き合いください。