第15話 世界の終わり
すべてを失った時、人は何を憎み、何にすがるのか。
愛した人を奪われ、理不尽な運命に抗い、叫び、そして壊すしかなかった少女。
これは、「魔王の娘」サクラが、世界を滅ぼす決意をした物語――
そして、再び始まる“輪廻”の、その扉の前の物語です。
ユウトが消えた。
ーー何度も名前を呼んだ。
喉が裂け、血の味がしても、叫び続けた。
でもーー彼はどこにもいなかった。
あの温かさも、あの声も、ただ残像として私の中に焼き付いているだけ。
手が、震えていた。
熱がこみ上げる。
喉の奥から、言葉にならない叫びが滲み出す。
ーーなんで……
ーーどうして、こんな……理不尽が、許されるの……?
世界の秩序――魔王と勇者
それは人の善意でも、悪意でもなく。
ただ、運命を、使命を、命じる。
ユウトは、どれほどの想いであがいたのだろう。
……そんなのって、ないよ。
両手が握る。
自分でも気づかぬうちに、魔力が沸騰していた。
指先から、赤黒い煙が立ち上る。
それはもはや“魔力”と呼ぶにはあまりにも禍々しく、濁った、憎悪の塊だった。
「こんな世界なんて、いらない……!」
私は空を見上げて叫ぶ。
「私からユウトを奪ったこの海も! 空も! 世界も!!」
――魔力が爆ぜた。
大地が軋み、空が悲鳴を上げる。
海が震え、波が逆巻き、黒い嵐が天を覆っていく。
「……海なんて、なくなってしまえばいい!」
放たれた魔力が、海へと広がった。
赤と黒が混じり合い、禍々しい炎のように波を焼き、潮を蒸発させる。
魚たちは浮かび上がり、空は裂け、星すら見えなくなった。
世界が悲鳴を上げる音が聞こえる。
地殻が砕け、海底が隆起し、海という名の命が――失われていく。
私は、止めなかった。
止める気すら、もうなかった。
「……ユウト……」
その名前を呟いた時、意識が、ブツリと途切れた。
⸻
……どれほど時間が経ったのだろう。
目を開けた時、私は知らない場所にいた。
空は灰色だった。
重たく、何層にも雲が積み重なっている。
あの旅の途中に見た、夜明けの青さも、星の光も、どこにもない。
そこにあったのは――
かつて海だった何か。
巨大なクレーターがいくつも穿たれ、塩の結晶が地表を白く染めている。
水は干上がり、海は死に絶えていた。
「……これは……私が……」
足元を見れば、ひび割れた大地。かすかに水の跡が残るその景色に、胸が締めつけられる。
風が吹く。
その風に混じって、どこか懐かしい声が響いた気がした。
「ありがとう」
かつて、港町で出会った少年の顔が、脳裏をかすめる。
ネレイアの人々は…………無事だったのだろうか。
知る術は、なかった。
何もかもが、私のせいだ。
膝をついた。
手を地面に突き、吐き出すように息をする。
身体が、崩れ始めていた。
魔力の暴走。
世界を滅ぼすほどの力。
その代償が、今、私の身に返ってきている。
皮膚が灰のように剥がれ、血も涙も流れない。
「……ああ……もう……私には、何もない」
この世界に存在する意味も、価値も、残っていない。
「……ユウト……あなたに、会いたい」
声はかすれ、風にかき消された。
その時だった。
「……サクラ……我が娘よ」
不意に、深く、低い声が響いた。
振り返ると、そこに立っていたのは、私の父――魔王アドラメレクだった。
最愛の人を失ったサクラが、その絶望と怒りの果てに起こした“世界の終わり”。
けれどその破壊は、ただの絶望ではありませんでした。
その奥底には、「名前を呼んでくれた」ただ一人を、もう一度この手に取り戻したいという、たった一つの祈りがあったのです。
終わったはずの世界で、想いが巡り、名前が呼ばれ、再び物語が紡がれていきます。
どうか、これからも見届けてください。
ーーサクラの“旅”が、今度こそ終わるその時まで。