第14話 君との別れ
もし、誰かのために運命すら拒む強さがあるとしたら。
もし、その選択が世界に否定されるものであったとしても――
愛することは、時に“世界を敵に回す”ことなのかもしれません。
「やめて、お願い、ユウト!」
私は叫んでいた。声が枯れても、喉が裂けても、かまわなかった。
けれど、彼の動きは止まらなかった。
剣が、私の胸元へと向かってくる。
ーー切先が、私の身体に吸い込まれそうになった瞬間
ユウトの瞳が、大きく見開かれた。
「……っ!」
彼の手が、震える。剣の先が揺れ、光が脈打つようにきらめいた。
「僕は……僕は……!」
彼の目が揺れていた。ほんの少しだけ、“人間の光”がそこに戻った気がした。
「愛する者を滅ぼすくらいなら……」
「僕は勇者になんかなりたくない!!!」
「……僕はーーユウトだ!!」
その叫びと共に、青白い光が弾け飛んだ。
床に刻まれていた神聖な紋様が砕け、空間が震えた。
彼の身体から、すべての“力”が抜け落ちていく。
勇者に選ばれた者としての輝きが、皮膚の下から音もなく消えていく。
そこに存在するのは、私が心から望んだ――“ユウト”だった。
息を切らし、震える腕を下ろし、彼は私を見ていた。
その目に、ようやく私の姿が映っていた。
そのことだけで、胸がいっぱいになった。
ーーそのとき、空気が凍った。
風が止まり、音が消え、世界が、息をするのをやめた。
何かが、そこに“在った”。
見えない。聞こえない。けれど、“そこにいる”と、私の魂が叫んでいた。
私の中の魔力が怯え、震え、後ずさろうとする。
ユウトを見下ろすーー”それ”は、ただ静かに、決定を下した。
『輪廻に抗った者……調和を乱す異物……排除開始』
意味だけが、私の脳に刻まれた。
ーーその瞬間、ユウトの輪郭が、崩れ始めた。
私は、咄嗟にユウトのもとへ駆け出した。
「ユウト!」
叫ぶ。全力で走る。
ーーけれど。
ーー彼の指先が、透けていた。
輪郭が、にじむように揺れている。
まるで、そこに“存在してはならないもの”を消すかのように、世界が彼を拒んでいた。
「待って、行かないで……!」
私はその腕を掴もうとした。けれど――
手が、ユウトの身体をすり抜けた。
触れられなかった。
ユウトに触れられないのだ。
「やだ……やだ……ユウト、やだよ……!」
彼の姿は、徐々に薄れていく。
光の粒が、彼の身体からこぼれ落ちるように舞う。
ーーまるで星屑のように、美しく、冷たく、儚く
そんな中で、彼はかすかに微笑んでいた。
「サクラ…泣かないで」
「君と、海を一緒に旅できて、楽しかった。」
「やめて……お願い、行かないで……!」
声が震える。言葉が詰まって、何も言えない。
……彼の姿は――
もう、半分も残っていなかった。
「ユウト……お願い……私を置いていかないで……!」
「……ありがとう、サクラ」
ちゃんと“私の名前”を呼んでくれた。
「……僕は……君を……」
光が、彼を包んだ。
夜の空へと溶けるように、彼は散っていった。
その声も、息も、体温も、全部――風にさらわれて消えた。
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私は、その場に崩れ落ちた。膝が砕けるほどの力で地面に突っ伏した。
指で土を掴み、地面をひっかき、何かを取り戻そうとした。
でも、何一つ、手のひらには残らなかった。
ユウトがいなくなった。
ユウトが消えてしまった。
胸が裂けそうだった。涙が止まらなかった。
何かが――心の奥底から、あふれ出していた。
それは、悲しみとも、痛みとも違った。
もっと深く、もっと大切で、もっとどうしようもないものだった。
ーー私は、彼を愛していた。
私は、ユウトを愛していた。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
まず、お伝えしたいのが、この物語は、ハッピーエンドにします。なので、心配しないで下さいね⭐︎
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勇者として覚醒したユウトが、“使命”を拒み、“人間”としての心を選ぶ。
その瞬間、彼は世界から拒絶され、サクラの目の前から消えてしまいます。
この喪失が、サクラにとって“本当の愛”を知るきっかけとなり、
やがて彼女は、その愛を胸に世界と向き合っていくことになります。
今回のお話で描かれたすべてが、のちに物語の原点へとつながっていきます。
ここまで読んでくださった方に、心から感謝を。
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