第12話 君の名を呼ぶ
勇者として選ばれた少年が“声”に呑まれ、世界に背を向けられる瞬間。
そして、それを傍で見つめる少女が、“奪われたくないもの”をただ叫び続ける。
運命の継承とは、過去に屈することではなく、自分自身に問い続けること。
運命と自分自身について、問いかける話を紡ぎました。
「ユウト……?」
私はそっと名前を呼んだ。けれど、彼は答えない。まるで自分自身と戦っているかのように、頭を抱え、苦しげに膝をついていた。
「……うるさい……やめろ……!」
うめくような声が漏れる。額に汗が滲み、普段の穏やかさは影を潜めていた。私が知っている、誰かのために拳を握る優しい彼の姿ではない。
私は一歩、彼に近づいた。
そのときだった。
『魔王を滅ぼせ』
『魔王を滅ぼせ』
『魔王を滅ぼせ』
――声。無数の声が、空間を満たす。男も女も、老人も子どもも。まるで魂そのものがユウトに囁いているように。
「うわあああああっ!」
ユウトが絶叫した。地面に両手をつき、爪が石畳に食い込む。彼の背中から、淡い青白い光が漏れはじめていた。
それは冷たくも神聖な光で、私の赤い魔力とはまるで違う。見ているだけで胸が締め付けられそうな、鋭い輝きだった。
私はただ、彼に手を伸ばすしかできなかった。
だが、そのとき――
「……殿下は、魔王の娘に籠絡された」
低く、冷えた声が空間を断ち切った。振り返ると、護衛たちが剣に手をかけていた。
ユウトは、彼らの中には、海軍時代から共に過ごした仲間もいると言っていた。そして、私にとっても、魔王軍がネレイアを襲い、船での旅を一緒にした、仲間でもある。
「……!!!
申し訳ありません。ですが、今や殿下は……国家の象徴とは呼べません。魔王の血に情を通じたと知れれば、民心は……」
護衛たちは、唇を固く噛み締めながら、その剣が一斉に抜き、ユウトに向かう。
「やめてッ!!」
私は叫んだ。赤い魔力が爆ぜ、空気が熱を帯びる。兵士たちがたじろぐ。
「お願い……彼を奪わないで……!」
一瞬、空気が止まったように感じた。
私の赤い魔力に呼応するかのように、ユウトの身体が再び震えた。
青白い紋章が彼の背に浮かび、空間が軋むような音を立てる。
『使命を果たせ』
『魔王を滅ぼせ』
『世界を救え』
声が、また彼を覆っていく。
その声の波に呑まれれば、ユウトはもう、ユウトではなくなる気がした。
「ユウト!」
私は駆け寄り、彼の手を握った。赤と青の光が混じり合い、眩い閃光が部屋を包んだ。
その中心で、ユウトが静かに目を開いた。
いつもの爽やかな笑顔が、私を落ち着かせていた彼の顔からは、滝のような汗が滴っている。
「……僕は……誰だ……?」
かすれた声が、光の中に溶けていった。
……彼は、「ユウト」でいられるのだろうか。
私は彼の隣に座り、そっと囁いた。
「あなたの名前は、ユウト。
優しくて、強くて、私を何度も助けてくれた人。
そして……私が、何度も呼びたかった名前」
その声が、彼の心の奥に届くことを祈って――
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
今回のお話、「声」では、ユウトの中に響き始めた“勇者たちの声”と、それに抗おうとする彼自身の姿を描きました。
同時に、かつて仲間だった者たちが、信じていた“正義”の名のもとに剣を振るうという、もう一つの悲劇も挿入しています。
この章で重要だったのは、「サクラが力で守るのではなく、“叫び”で繋ぎとめようとする」ことです。
それは、彼女が“魔王の娘”ではなく“サクラ”として、誰かを想う姿そのもの。
そしてユウトもまた、自分が“誰であるか”を問われ、崩れながらも答えを探し始める。
二人の運命は、いま大きく交差し、そして揺らぎ始めました。
この“覚醒”が、世界とどうぶつかり合うのか――次のお話では、そのあたりについて言葉を紡いで参ります。
次回、「勇者の覚醒」
続きを楽しみにしていただければ嬉しいです。
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