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リストラされた男

作者: 苺大福

負けるが勝ち。あるかも知れません。

だから人生は面白い。

リストラされた男


 神奈川県横浜市のとある中小企業


 時代は現代。


 「須田部長、君に頼みたい事がある。君の課から

ひとりだけリストラしてほしいんだ。この不景気で

どうしても全員に給料を払うのが困難になった。

もうこれ以上給料を下げるのも限界にきている。

苦渋の選択となるだろうがリストラ宣告人となって

ほしい。」


 社長は重苦しい表情で言った。


 須田一郎54歳、仕出し弁当会社の営業課の部長を

している。昨今の不景気により売り上げも激減し、

一食350円の安い弁当でさえとうとう売れなく

なっていた。

 現在、須田を含め営業課には5人の営業マンが

いる。


 一人目、

 和田敏一24歳、男、入社2年目、

父が癌で病院に長期入院している。

 

 二人目、

 鈴木弘一31歳、男、入社10年目、

今年待望の子供が出来たばかり


 三人目、

 安藤貴之40歳、男、入社20年目、

離婚した前妻に子供の養育費を払っている。


 四人目、

 鳥海幸子27歳、女、入社5年目、

去年夫と離婚。5歳の子供を抱えたシングルマザー


 皆それぞれ家庭の事情があった。社長室から

出た須田は頭を抱えた・・・

 

 (いったい誰を辞めさせたら良いんだ?営業

成績はここ最近ほとんど差はないし、なにせほとん

ど新規の営業はとれないんだ。一番給与ベースが

高いのは、ベテランの安藤君だが・・・

毎月多額の養育費を前の奥さんに払っていると

聞く、自分は家賃3万のアパートに住み、風呂も

ないって言っていたな。そんな彼をどの面下げて

クビにできる?一体誰を辞めさればいい?)

 

 須田は自分の課に戻り机に座る、四人の部下が

一斉に須田を囲んだ。一番最初に口を開いたのは

シングルマザーの鳥海だった。


 「部長、社長の話ってリストラの件ですよね?

誰か辞めさせろって話じゃないんですか?

お願いです。どうか私は残して下さい。小さい子供

を独りで育てるのは大変なんです!」


 すると次に和田が言う。


 「僕だって大変なんですよ。父がずっと入院

していて高額の治療費がかかるんです。僕は

勘弁してください。部長お願いします。」


 すると安藤と鈴木も次々と


 「わたしも前妻に養育費を送っていてギリギリ

の生活なんです」


 「僕だって子供ができたばかりでお金が必要なんです」


皆が一気に懇願してくる。須田は厳しい表情

で言った。

 

 「仕方ないんだ。こういう状況だ。誰か犠牲に

ならなければ皆が共倒れするんだぞ。わかってくれ」


 それから1週間後・・・社長室にて


 「社長。リストラの件ですが、営業課で一番の

高給取りは私です。私が辞表を出します。」

 

 そう言って須田は社長に辞表を提出した。


 「なに馬鹿な事言ってるんだ!君が辞めてどうする?

考え直せ!」

 

 社長は怒鳴りつけた。

 しかし須田はまったく動じる事もなく

 

 「皆の事情を考えると、とても会社を辞めろ

なんて言えませんよ。これでいいんです。」


 そう言って須田は社長室をあとにした。


 それから二カ月後。須田が辞めた次の日、営業課

の残った四人は社長室に集められた。


 「須田君が辞めたよ。皆良くやってくれた。気の

優しい彼なら絶対、自ら辞めてくれると思っていた

よ。だが心配だから一応君らにも彼に辞めさせない

でくれと懇願させたのが正解だったな。」

 社長が言った・・・


 営業課の4人と社長は初めから須田を

リストラする計画を立てていた。

 

 一番新人の和田が言った。

 

 「どうして、社長がはっきり言わないんですか?

一言クビって言えば終わる話ではなかったのでしょ

うか?」

 

 社長は苦笑した。

 「お前にはわからないかも知れんが、昔は本当に

小さなただの弁当屋だったんだ。三〇年も共に働いて

今では工場を持てるほどになったんだ。ここまで

一緒に会社を大きくした仲間にクビなんて言えるか?

須田君には少し退職金に色をつけた。それがせめて

もの詫びのつもりだよ。」


 それからまた二年の歳月が過ぎた・・・


 結局仕出し弁当会社は倒産した。弁当の値段を

とうとう二五〇円まで下げたが、売れ行きも不調

となり利益がまったく取れなくなった。

 銀行の融資も受ける事が出来なくなり従業員

は退職金を一円たりとも受け取る事が出来ないまま

会社辞めざる得ない状況となった・・・


 同じ頃、神奈川県相模原市某所の小さな弁当屋

に須田の姿があった。


 「あなた!とんかつ弁当ひとつにハムエッグ弁当

ひとつ!」

  須田の妻がカウンターのレジから厨房にいる夫

に叫ぶ。

 「あいよ!」

 

 須田は会社を辞めた後、弁当会社にいたノウハウを

活かし、退職金を使って小さな弁当屋を始めていた。

 妻と二人三脚で始めた弁当屋は猫の額ほどの広さ

だが美味しい味と人柄の良い夫婦がやっているという

噂が広まり、そこそこ繁盛していたのだった。 


  須田は幸せな日々を今も過ごしている。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 「人間万事、塞翁が馬」。ほっこりと心が温まりました。前書きの「負けるが勝ち。」、良い言葉ですね。 「勝者の呪い」という言葉があるのをご存じですか? きっと、「勝つことで逆に不幸になってしま…
[一言] 途中で「え~?」と思わせておいて・・・という展開が大好きです。 スッキリさせていただきました。
2010/03/17 23:16 退会済み
管理
[一言] これ、いい話ですね。とても好きです。 やはり、神様はいるのかもしれない。見てるんですねえ。 ありがとうございました。
2010/03/17 22:51 退会済み
管理
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