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 ところでルースは抱き締められている。

 パンテーラの大きく逞しい体に、これでもか、これでもかときつく抱きすくめられている。

 苦しいくらいの抱擁。



 事の発端は13分前に遡る。



◇◆◇◆◇◆


「いいか、生後半年の赤ん坊でもわかることを今からこの俺が懇切丁寧に言葉巧みに教えてやるから、一言一句聞き漏らすんじゃねえぞ」

「頑張ります……!」

「まず、魔法を発動するときどんな感覚がある?」

「んー……?」


 それほど意識したことがなかった。

 ストリートで魔法が発動したときも、こんなふうに風が吹いて濡れた髪が乾けばいいのになぁと考えていたらいきなり風が吹き始めたし、雨を待つことなくここに水が溜まってくれたらいいのになあと考えていたら桶に水が湧いてきた。

 むしろ事象の発生は超常現象に近く、自分が発生源だと気付くのにかなりの時間を要したほどだった。

 つまり、力を発した自覚がない。

 しかしヴォルペやパンテーラが言うには、発するからには、どうやら感覚があるようだった。


 じっくり考えてみて、強いて言えばこんな感覚があるかもしれないということを思いついた。


「撫でられてる感じ……とか?」


 深い溜息をつかれた。がっくりと項垂れてしまう。テーブルの上で組まれた腕はヴォルペよりも野性的だった。筋肉質で、古傷が多い。──刺青はない。


「ほんっっっっとに鈍感なんだな……」

「なんだか、ちょっとこう、ぞわっとする感じです」

「どこが?」

「背中から腕とか、くらい?」

「魔法発動させたら、その感覚が消えんのか?」

「消える」

「なんでだよ……。その、不快感みたいなのがどこかに残らねえのか?」

「残らない」

「そんなはず──……いや、ちょっと待てよ……。前に文献で読んだことがあるな。稀に切り離し型の使い手がいるって……。もしかして、それか?」


 不愉快そうな顔が、急に思案顔になった。

 顎に指を当て、ぶつぶつと呟きながら考えている。

 正直なところ、パンテーラが文献を読むどころかその内容を覚えていることも意外だった。勉強などそっちのけで、実戦あるのみ! のタイプだと思い込んでいた。

 どうやら勤勉であるらしい。


「こんなぶきっちょがそんな希少な存在なわけ……いや、でも確かに魔力量が多い使い手に限定的に見られる傾向ありって載ってたような。あー、どの文献だったかな」


 ぽこん、ぽこん、とテーブルの上に分厚い本が何冊も現れては積まれていく。パンテーラはパラパラと本を捲ってはこれでもない、これでもないと次々に本に手を伸ばす。

 どれも古くて、硬い表紙の本だ。埃をかぶっていないところを見るに、頻繁に読み返しているようにも思える。


 どれほどの時間、そうしていただろうか。

 興味本位に本を触ろうとするのも躊躇われる集中力だった。

 そこで手を止めた。


「これだ。人体の耐久力を凌駕する魔力量の使い手は、()の使い手よりも多くの魔法発動が可能。ゆえに繋がりが多数になるとコントロールができなくなる。そのため発動したあと無意識に繋がりを切断してしまう傾向にある。よって切断後の魔法のコントロールは吸収を伴って実施する。はー……マジかよ。吸収かよ……」


 頭をぽりぽりするパンテーラ。

 読み上げられた内容をルースが要約する。


「つまり私は切断型で、切り離したあとの魔法は吸収することで繋がりを復活させて、コントロールできるようになると、そういうことでしょうか?」

「馬鹿じゃねえんだな」

「よし、褒められた!!」


 けなされてばかりだったぶん、大きな褒賞だった。

 そこまで褒めてはいないと言いたげな顔をされたけれど、気にしない、気にしない。ポジティブ、ポジティブ。

 ひょいっと人差し指の動きだけでパンテーラは本をどこかに消し去ってしまって、切り換えるように手をパンと胸の前で叩いてみせた。


「おし、やることはわかった。吸収を覚えさせりゃいいんだな」

「お願いします。でも、さっき切り離した魔法をどうこうするのはよくわかりませんでしたよ」

「直接俺が魔力を流し込んでやる。それを吸収してみろ。引き寄せるイメージだ。それでついでに魔力の流れもわかんだろ。手ぇ、出せ」


 大人しく両手を出すと。左手はいらねえとペシッと軽くたたかれた。

 言葉で言えばいいものをと思いつつ、残した右手を握られる。


 沈黙。


「……うん? もしかして既になにか始まってます?」

「は!? いや、俺がいま魔力送ってんのわかんねえの!?」


 再度、掌に集中してみる。

 パンテーラの体温以外になにも感じない。


「わからん」

「はあ!? 左手だせ!」


 結局両手かい、と毒づきながら左手もテーブルにのせる。するとパンテーラは左手もしっかりと握った。


「あー……若干……? 掌が温かくなっているような? でも体温ともいえるような……?」

「それ! それが魔力! それを吸収しろ! 掌で掴むような感じ! 握り締める感じ! ……いや手の力強めてどうすんだよ、そうじゃねえよ! 物理じゃねえ、感覚だ!」

「む、難しいー……」

「やべえ、あと2分でヴォルペがくる! おい、こっち来い! 全身のほうがわかりやすい! またなにもやってねえって疑われて、俺がぶち殺される! 早く!」

「は、はい!」


 焦っているパンテーラに釣られてしまったのか、言われるがままルースも慌てて立ち上がり、勢い余って両腕を広げるパンテーラの胸に自ら飛び込んでしまった。


 両腕を広げる、パンテーラに?


 逞しい胸に飛び込んだルースは、パンテーラの両腕が力強く閉じて包みこまれても、その現実に気付くのに一瞬遅れた。


 ルースは抱きすくめられていた。

 全身をパンテーラの香りに囲まれて、毛布以外にはこんなに体を温めてくれるものなんてなかったと思うほどに熱い体温に包まれて、後頭部や腰をぎゅうぎゅうと抱き寄せられて、少しの隙間もなかった。少しの隙間も許されなかった。


 熱いシャワーを浴びているみたいだった。


 降り注ぐこの熱がルースの全身をぐるぐると巡る。


「魔力、わかるか?」

「わ、わかります。なんだか、ジャージャー降ってくる」

「ったりめえだ、かなり流してやってんだ! こっちも疲れんだぞ! とにかく吸収してみろ! 掌に集めて、掴む感じ! 皮膚に浸透させられれば尚よし!」


 目を強く閉じる。

 流れていくだけのシャワーを堰き止めて、両手に引き寄せてくる。

 難しい。木箱に閉じ込められたパチンコ玉を穴に落とさないようにゴール地点まで持っていくボードゲームみたいに、すごくもどかしかった。流れは掴んだ気がするのに、集まらない。


「んー……うまくいかないな……!」


 自然と体が強張ってしまう。

 ゲームのコントローラーを画面通りに動かしてしまうみたいに、ルースも思い描く動きをしてしまう。


「お、おい……!」


 ルースは思わずパンテーラを抱き締め返していることに気が付かなかった。ルースとしては掌に魔力を集めることに集中していて、体が勝手にイメージ通りの動きをしてしまっているだけでなんら意図はない。

 それでも、パンテーラの背中を力強く抱き寄せていた。


「あー、うまくいきそう!」

「おま、力抜けって……!」

()()だ! できた!」


 掌にシャワーを集めることに成功した。


「よし! その感覚覚えとけ! 掌にずっと掴んでる感じ!」

「あー! わかった、オッケー、オッケー! できそう!」

「よっしゃあ! これで怒られねえ!」


 浸透させるという感覚もなんとなくわかった。

 これで終いだと、ふたりが互いに体を離そうとすると、至近距離で目が合ってしまった。それはさながら鼻先と鼻先が触れ合ってしまうほどで、互いに目をパチクリする。

 その距離で少しの間見つめ合うと、どちらともなく飛び離れた。


「ちちちち近ッ!! びっくりした……!」

「お、お前が俺を離さねえから……!」

「ええ!? 私ですか!?」


 ふたりとも赤面しているけれど、互いに目を合わせられないのでどちらもその表情に気付かない。


「説明してくれる?」


 いつからいたのか、ヴォルペが椅子に座っていた。

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