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(うーわ、不機嫌そー)


 無言の部屋でルースは所在なさげに下唇を突き出した。

 テーブルを挟んだ向かい側の席にはパンテーラ。ルースに正対することなく、窓のほうに椅子を向け、長い足を豪快に組み、テーブルに片腕で頬杖をついている。不愉快そうに細められた目にやる気はなく、ヴォルペが『攻撃魔法のほうが合っていそうだから、まずはパンテーラに教えてもらって』という授業の指示を守るとは思えない。


 時間の流れもわからないルースの部屋で、どのくらいこうして過ごしただろう。

 朝食は済んだが、昼食はまだ。しかし腹の具合からすれば、そろそろ昼時だろうか。


「あのー、そろそろ魔法の使い方をー……」

「あ゙!?」

「なんでもないでーす。忍耐力を高めてるところでーす」


(ポジティブに、ポジティブに)


 しかし、このままなにもせずに終わるとヴォルペは怒るのではないだろうか。

 ネーヴェがあまりヴォルペを怒らせるのは得策ではないとかなんとか言っていたような気がしないでもないのだけれど。怒られたら、さらにパンテーラのご機嫌に悪影響をもたらすかもしれない。

 なんとか授業をしてくれないだろうか。


(あ、積極性を見せろ的なタイプか?)


 かつての教師に、教えてもらう立場ならまずはお願いしてみろだとか、やってみせろだとか、そんなことを言うタイプがいた。パンテーラもその類なのではないだろうか。

 善は急げ。ポジティブ!


「じゃあ魔法を使ってみるので、どこが悪いのか教えてください!」


 無反応。心が折れそうになるも、ここで負けてなるものか。

 昨日は風が強すぎたから、風を使ってみよう。

 掌に風車を作るイメージで──発動したのだけれど、風の玉はねずみ花火みたいに暴れ回り、掌だけでは収まりがきかなくなってしまった。おっとと、と捕まえようとするも敵わず、テーブルを転がり、床に転がり落ちる。それでもまだ踊った。


(あ、あれ? どうやって消すんだったかな)


 小さな台風は部屋の中を逃げ回り続けている。

 ちらりとパンテーラを窺い見るも、我関せずで灰色の窓の景色を見たまま微動だにしない。


(自分でなんとかするしかない。ポジティブ、ポジティブ。やればできる)


 ヴォルペにサポートされながら、どうやって魔法を止めたのだったか記憶を遡る。しかし、かなり混乱した状況下での出来事だったからなのか、あまり記憶に残っていなかった。


 とりあえず風がなくなるイメージをしてみる。

 だが、なかなか台風は消えない。

 そうすると焦り始めるのが凡人である。消さないと怒られる。きっとこの部屋を完成させてくれたのはあの3人のうち誰かであるし、たった1日で汚してしまったら気分を害するだろう。こんな小さな台風も消せないならと、せっかく手に入れたこの部屋と共に見限られてしまうかもしれない。


 動き回るのを止めるには?

 逆回りの風を当てるのはどうだろう。先のねずみ花火は時計回りをイメージしたから、その逆を想定して魔法を発動させる。


「あらあらあら?」


 すると何故か風の玉達は融合してしまい、一回り大きな竜巻に成長した。風が吹いていると感じるほどには育ってしまっている。


「本当に不器用」


 吐き捨てるようにぼそっと呟かれた現実。じとりとした横目で視線を向けられる。心底、呆れている表情だ。


「なんでそんなこともできねえの? 魔力を抑えればいいじゃねえか」

「どうやってです?」

「いま発動させたやつの力を抑え込むんだよ、何回も言わせんなヘタクソ」

「抑え込むって……どうやって?」


 言うと、本気でこいつはなにを言ってやがんだという顔を向けられた。


「はあ? 抑える以外になんて言うんだよ! 小さくすんだよ! 縮小! 抑制! 減圧!」

「もう既に手から離れてるものを、どうやって?」

「離れてねえだろうが。体から魔法に繋がってる感覚があんだろ?」

「ないです」

「あるに決まってんだろ!? 自分が発したものなんだぞ!? 魔力が引っ張られてるみたいな感覚! それが繋がってる1点!!」

「そんな感覚ないです」

「なんで!?」

「なんでと聞かれても……」

「もう魔法なんか使うな! お前だめ! 周りに迷惑かけて被害者出す! 諦めて帰れ! てめえには無理だ! 鈍感! ぶきっちょ! ヘタクソ!」

「そんなこと言われても……しょんぼり」


 肩を落としてみせる。ひゅう、ひゅうと情けない風が吹いてくる。


「しょんぼりじゃねえよ、ふざけてんのか!?」

「ふざけてません! ポジティブに受け止めようと努めているんです!」

「そこは落ち込めよ!」

「ポジティブじゃないと死んじゃうんです!」


 ぎゃーすか怒鳴り合っているところに、ヴォルペが登場してくれた。まさに捨てる神あれば拾う神ありである。部屋の中を好き勝手に歩き回っている竜巻を見てから、糸目を崩さずにパンテーラとルースを見る。


「いい授業をしているとは言えなさそうだね?」

「怒られていたところです」

「チクんなよ!」

「どうして怒られたの?」

「魔力の繋がりがわからなくて」

「ああ、そういうタイプなんだね。昨日は僕が抑えられるように掌からサポートしてあげてたし、まだ感覚が掴めてないんだよ。1から教えてあげて、パンテーラ」

「教えてる! けど理解できねえんだ、こいつが!!」

「パンテーラ、魔力の流れから教えてあげてくれる?」

「そんなの乳児でもわかる──」

「もう一度言わないといけないかな? パンテーラの耳はどこにいったんだろう。困ったなぁ」


 ぴしっ──……。

 空気の温度が急降下した。冷たいというよりは凍りついてしまって、ルースはどちらの目とも合わないように天井に視線を移してみる。パンテーラの表情はわからないが、目をぱちくりさせているに違いなかった。無論、ヴォルペの表情が崩れることはないだろう。

 やや間があってから、パンテーラが咳払いをしてみせた。


「……わかった、教える」

「いい子だね、パンテーラ。また来るから、期待してるよ。ルースが魔力の流れを認識できるようになるまで何分必要?」

「5分──いや、コイツぶきっちょだからな……」


 ルースは「むむむ。」と僅かに反抗してみせるが、パンテーラは意に介してもいないようだった。


「15分でいけると思う」

「そう。じゃあ15分後に。ルース、頑張ってね。きっと出来るようになるからね」

「はい! 頑張ります!」


 元気よく返事はしたものの、せめてふたりきりにはしないで欲しかったなと思わなくもない。

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