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 それはルースの一言から始まった。

 ──そういえば、他の人のお部屋に行ったことないなぁ。

 という、何気ない一言。


 ルースの部屋で食後の紅茶デートを楽しんでいたときの、ふとした疑問を口にしただけだったのだけども、ヴォルペには意外にも引っかかったらしかった。


「僕の部屋に来てみる?」

「……えっ! 部屋に入れろとかそういう意味じゃないです!」

「違うよ。ルースの初めてを僕があげたいんだよ」


 なんか、いやらしく聞こえてしまう。

 単に他の人の部屋に入るという初体験を、ヴォルペの部屋で体験してほしいということなのだろうけども。

 自分の想像力のやましさを首を振って飛ばした。


「しかし、いつ入ってこられてもいい人でないと入れちゃダメだって言ってましたし」

「うん。だからルースを案内してあげる。行こうか」


 そうして茶器の片付けも放置して、ふたりはヴォルペの部屋に立っていた。



 なにもなかった。

 書斎かと見紛うほどのなにもなさ。デスクセットのほかにはクローゼット。以上である。ベッドもない。ソファもない。窓はあるけれど暗幕で覆われて外も見えない。卓上のライトがぼんやりと部屋をオレンジに照らし、薄暗い。デスクの上にはライト以外になにもなく、だだっ広いデスクセットのみが置かれている状況は人が日々過ごしているとは思えない殺風景さだ。


「お風呂とトイレはついてるから便利だよ」

「え、べ、ベッドは?」

「ないよ。あまり眠らないから」

「えぇー……くつろげないですね」

「この部屋で過ごすこともほとんどないからね」

「そうなのかあ……私もあまり来ないほうがよさそうですね」


 言うと、ぴくりとヴォルペが動きを止めた。糸目が見つめ返してくる。


「どうして? 来てくれないの? いつでも来てほしいのに」

「だって、ふたりで並んで座ることもできないし、私が来たら立ったままになってお邪魔になりそう。あ、床にカーペットでも敷けば座れるかな。このままでは冷たいかも」

「家具を買いに行こう。どういうものがあればいい? ふたりで並んで寝転がれるベッドと、ふたりで並んで座れるソファと、あとは?」

「え、い、いや、そんなにたくさんは──」

「テーブルも必要か」


 なんて、ヴォルペはぶつぶつと言っている。

 そんなヴォルペを横目に部屋をぐるりと見ると、デスクに数字の羅列が掘られているのに気付いた。

 日付だった。


「ああ、それはね、人が死んだ日なんだよ。」

「え、誰が──いや、聞いちゃいけない?」

「ううん、大丈夫。ルースの前に僕たちの班の4人目になろうという候補者がいたんだよ。ルースほどではないけれど魔力量もあって、それでいてとても器用だった。自信に満ち溢れていて、なにも怖いものはないといったふうに任務に真正面から挑むような男の子だった」

「では任務中に?」

「そう。──ううん、違うかな。任務での失敗を引きずって、なんとか上達してやろうと無理に訓練して、自分の魔力に引きずり込まれてしまった。」

「魔力に……?」

「うん。そうだね、なんて言えばいいのか……人の形を保てなくなってしまったというのかな。とにかく魔塔の中で死んでしまったんだ」


 面接のときに、()()()()という言葉を思い出した。それはこの彼のことを言っているのだろうか。


「魔力量の多い人しか、そういう亡くなり方をしないからね。パンテーラやネーヴェもそれを心配しているんだよ、特にルースは魔力量が多いから。」

「なるほど。気をつけます。追悼の意味を込めて、ここに日付を彫ったんですね」

「ううん。彼の死以降、その日付を魔塔の全体訓練日に指定したんだ。その日だけは任務をなにも受けずに、全員で訓練をする。誤って任務を受けないように気をつけているだけ」

「えっ」

「え?」

「ん?」

「ん?」

「弔いの気持ちは……?」


 問うと、ヴォルペは糸目のまま、滑らかとはいえない動作で小首を傾げた。


「彼には、いなくなってほしくないと思うことはなかったかな」


 その言葉が、どれほど冷たい言葉であるのか無自覚なようだった。


「あ、明後日が訓練日だね」


 ヴォルペが言う。


(なにも聞いてないんですが?)


◇◆◇◆◇◆


「実戦形式の訓練とはこれいかに」


 訓練日。

 訓練場とはまたさらに一回り大きな広場に集められた魔塔のメンバーは、ルースが想像していたよりも少なかった。

 何万という人数で犇めき合うのかと悪い想像をしていたのだけれど、せいぜい大きな学校の全校生徒くらいだ。良くて2千人。若干下回るだろう。


「4人一組で行うチーム戦だよ。4人の中でひとりが魔力を満たした宝物を持っておく。それを奪われないために他の3人は守る。先に宝箱を奪ったほうが勝ち」


 ヴォルペが説明をしてくれた。トーナメント形式らしく、対戦表が貼り出されている。ヴォルペ班はシードもシード。決勝戦で横槍を入れる形で線が伸びている。


「あれ、アリなの? 皆から批判くるんじゃないです? もう少し下から対戦に挑んでいかないと怒られそう。毎年こうなのです?」

「これ4人一組がルールだから」


 と、パンテーラ。


「……つまり?」

「私たちは参加したことがないのですよ。4人ではなかったので」


 と、ネーヴェ。

 なるほど。ルースは頷き、ようやく合点がいった。それにしたってあのトーナメントはやりすぎではなかろうか。

 ほら、周囲からの批判の眼差しがすごい。

 ぎらぎらと睨みつけられる的はルースが大半で、残りはほんの少しネーヴェに向けられている。

 睨んでも抗議されなさそうな人を選んでいるのだ。卑怯者め。


「じゃあ今まで皆さんはなにやってたのです?」

「審判。怪我人の回収。その他諸々」


 と、欠伸をしながらのパンテーラ。


「ほえーーー。つまらなさそうー」

「そうなのです。ルースさん、試合を一目見ればわかりますよ。なぜ私たちが3人であっても矢面に立たされないのか」

「戦い方の参考にもなるし、一試合くらい見とけよ。一試合くらい」

「はーい」


 そうして観覧席で次々と行われる試合を観察する。

 おやまあ。宝物は光るのか。ならすぐに誰か持っているかわかるから、その人を狙いつつ、その人を守る人を攻撃しつつ。


「ちなみに回復役がいるから怪我させても大丈夫。殺しさえしなければなんでもありのルールだよ」


 と、ヴォルペ。

 ほえー。と感心しながら試合を見ていると、ふと気付く。


 どうやら誰が宝物を持っているのか、互いに気付いていないようだ。あんなに懐から光る魔力が洩れているのに。


「ん?」


 しかも遠慮しているのか、魔法のひとつひとつがかなり小さく、種類も少なく、数も少ない。シールドで防げてしまうくらいだ。もっと強く当てればいいのに、遠慮しているのだろうか?

 当の本人たちは必死の形相なのだけれど、ルースから見れば様子見のための時間稼ぎにしか映らない。


「……なんですか、これ。忖度?」

「これが、僕たちがトーナメント表であの位置にいる理由だよ」

「……つまり?」

「なあヴォルペ。ほんっっっっとうに結婚すんのこんな鈍感女でいいのか? 苦労しねえ? イライラしねえ?」

「楽しいよ」


 そんな会話がなされて、いよいよ決勝戦。

 つまり、私たちの出番がきた。


◇◆◇◆◇◆


「──私()()、とは」


 しかし、宝物を持つヴォルペを含む3人は一列になって後方に残り、ルースだけを最前衛に立たせた。


「なんで? どうして私だけ前? どうすればいいのです? なにやるの?」

「好きにやっていいよ」


 と、ヴォルペ。

(好きにと言われても)


「私が4人全員にシールドを張っておきますから」

「行ってこーい」

「……私だけ戦えって!?」

「始まるよ」


 どこからともなく開始の合図が鳴る。

 慌てて前を向くと、鬼のごとく(まなじり)を吊りあげた4人がわっと動き始めた。ルースひとりで戦わせること、決勝戦でいきなり横から入ってくることへの不満が満ち満ちているのがわかる。四方に散らばる敵陣。


「えええええ、いきなりー? どうしよ、どうしよ。あ、でも、あの人が宝物持ってるや」


 懐から魔力が洩れているのが見えた。

 ということは、あの人の動きを止めつつ、怪我しない程度に他3人に攻撃しつつ。


「だから、えーと、吹き飛ばしちゃえばいいか? どうせシールドを張るだろうから、3人にちょっと強めの風の魔法をかけて。避けられたら床でも壊して壁にして、とりあえず、ずどーん!」


 場外へ吹き飛ばされて姿形も見えなくなる3人。


「……あれ? シールドは?」


 キョロキョロとすると、ネーヴェがほれ、早く行けと掌で相手を指し示す。

(いいの?)

 しかしストップも掛からないので仕方なく続行する。風魔法と氷魔法の融合で宙に浮かせながら拘束した宝の持ち主の懐から、そっと宝物を取った。

 しかも、接近して手で取る。(これが屈辱的であるとはルースは知らない)

 ルースの掌には光る小さな宝箱。

 目の前には、宝物を取られまいと拘束から逃れるためにもがき疲れたひとりの男性。

 ルースは魔法を吸収し、解放してやった。


 沈黙。


「……取りました、けど……次はどうするの?」


 と、ヴォルペたちを振り返ると、3人だけがにこやかに拍手をしてくれていた。


(え、終わり?)

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