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 解散──と言われるよりも先に、パンテーラはネクタイを荒々しく外しながら姿を消してしまった。


「私がちょっと様子を見てきます」


 ネーヴェが言う。

 こういうときは任せたほうがいいのか、仲間で行ったほうがいいものか。付き合いの長いネーヴェひとりに任せきりにしてよいものか。

 逡巡していると、ネーヴェが言った。


「ルースさんはヴォルペの傍にいてあげてください」


 不機嫌ですから──と耳打ちされてヴォルペを見ると、長い指で髪を耳に掛けている仕草を何度かしていた。顔はいつものとおり、抜け目のない糸目に三日月の形をとる唇。

 しかし、どこか落ち着かない。

 ネーヴェがいなくなると、ヴォルペは待ってましたとばかりにすぐにルースの手を取って、指を鳴らした。


 そこは案の定ルースの部屋。

 するりと手が手から抜け出ると、そういえばひとりでドレスなんぞ脱げやしないと思い至る。これはこのままヴォルペに頼んだほうがいいのか、ネーヴェに頼んだほうがいいのか悩んで、ヴォルペだろうなと結論づけた。

 おそらく、ヴォルペが目の前にいるのにネーヴェを頼ろうと考えたら、ヴォルペにこっぴどく叱られてしまう。多分。いや、絶対。


「ヴォルペさん、ドレスを脱がせてほしいのですが……」

「うん。ちょっと待ってね。背中を向けてくれる?」


 滑らかな手つきでドレスが緩まっていくのを感じる。ぱさりと床にドレスが落ちると、次は髪を解いてくれた。どこになにが装着されているのか、覚えているのだろうか。すごい観察力だなと感心しながら、止まらないヴォルペの指を感じ続ける。


「お化粧も落とそうか」

「はい。じゃあ、私はお風呂に──」

「行こうね」


 え──……と戸惑う(いとま)もなく、ふたりは浴室に移っていた。

 ざぶりと湯をかけられて、湯船に浸からせられたあとで、ヴォルペがバスタブの傍に椅子を移動させ、なにやらに、なにやら液体を染み込ませているのがわかる。


「お化粧すると、違う人みたいだね」


 顔を仰がされ、瞼やら鼻やらを拭われる。染み込ませた液が冷たかった。


「慣れないです。鏡を見ても、自分じゃないみたいで変な感じでした」

「綺麗だったよ。ネーヴェはこういうのもうまいんだね。ルースはいつもは可愛いけど」

「はぇ」


 綺麗だの可愛いだのと言われて、なんて返事をするのが正しいのか。はい、とも、いいえ、とも言えずに、ましてや無視をするわけにもいかずに、ただ紡ぐ言葉がまとまらずに変な声を出すと、頭上でヴォルペの鼻が鳴った。

 笑ったのだった。

 少しは機嫌が治ったのだろうか。


「けど、パンテーラとお揃いのデザインのドレスにしなくてもよかったのにね。他の色でもよかったのにね。」


 機嫌は治っていないようだ。

 はは、と笑って誤魔化しておく。


「僕、できるかなぁ。これからも、ルースの隣に立つのが他の人のほうがいいって、ちゃんと判断できるかなあ」


 ちゃぷ、と湯が鳴る。

 ヴォルペがルースを抱きしめたのだった。自分の袖が湯に浸かるのも厭わずに、ヴォルペはルースの肩に額を乗せて瞑目している。

 袖口が濡れて、白のシャツが透けて肌に吸い付く。その下にヴォルペの地獄絵を見て、ルースは目を逸らした。

 未だに彼の言葉と心境の乖離の大きさに見当もつかない。

 彼はおそらく、心から善良な人ではない。

 自分にとっての善良な人が、他の人からも善良であるとは限らないのがこの世の理。


「……どうでしょう。ヴォルペさんなら出来そうな気がしますけどね。終わったあとで、あの、こう、こんなふうに、ふたりの時間を設ければ、なんて」

「うん。そうだね。……もし耐えられなくなったら、籍を入れてもいい?」

「……いやー、それはちょっと……」

「どうして?」

「どうしてと言われても……」

「なら大丈夫だね」


 いや、困る。

 中途半端な気持ちで結婚なんてしてはいけない。きっと、これがヴォルペではなくパンテーラやネーヴェであっても、強く押されてしまったらルースはきっと断れなかっただろう。嫌だと明言すると傷付けてしまうし、追い出されるかもしれないし、気まずくなるだろうし、けど3人以外に果たして一緒に生きていきたいと思える人が現れるのかもわからないし、と頭の中でぐるぐる考えていると、肩と首に軽いキスをされた。


「わからない」


 ヴォルペが呟く。呟きながら桶を使って器用に髪を流し始めてくれた。全身を洗ってくれるつもりのようだ。


(さては尽くすタイプか)


 愛する人には尽くす(たち)の人。ルースはそんなことを思いながら、好きにさせてやる。


「なにがわからないのです?」

「わからない。自分がどうしてこんな気持ちになるのかわからない。はっきりしない気持ち。あまり、いい気分ではないかな」


 パンテーラの左腕をずっと添えていた右手と、パンテーラの兄に掴まれた肩を異様に繰り返し洗われる。一度だけでは足らずに、2度目、3度目と。

 そこでピンときた。


「私が他の人に触れたことが嫌だとかです?」


 問うと、ヴォルペはルースの右の掌を洗う手をやめずに答えた。


「そうかもしれない。けれど、それだけではないと思う。わからない」

「他の男とお揃いの服着てたーとか? 他の男と喋ったーとか?」

「……うん、それもある。だって、恋人同士じゃないと手を繋いだらいけないって、ルースが教えてくれたのに」


 言いながら握り締められた手の親指には、ルースがはめてやった指輪が光っている。同じ輝きがルースの小指にもあった。


(こりゃあ、逃げらんねえな)


 と、諦念に達する。

 果たして諦めてしまっていいものなのかはさておき、ヴォルペを宥めることとする。


「ごめんなさい」

「僕の恋人でしょう」

「そうです。そのとおり」

「僕だけにして。全て。なんでも全て僕だけ」

「頑張ります」

「……()()()()……?」


 手を洗っていた動作がぴたりと止まる。

 おや、返事を間違えたと慌てて訂正する。


「約束します、約束します。任務でこうすべきってヴォルペさんが言わない限り、マジで本気でヴォルペさんだけにしか触らないです約束します」

「よかった」


 そう言いながら、項垂れて髪をくしゃりとするヴォルペ。


「あー……そんな指示したくないなぁー……」


 指揮官って色んな意味で大変なんだなとルースは思った。

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