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ヴォルペの不機嫌さの圧がすごい。
ヴォルペ以外の3人が互いに視線すら合わせられないのは、舞い込んできた任務の内容のせいだった。
「汗かいてきました」
「俺も」
と、ひそひそと言い合うのはルースとパンテーラ。
4人がいるのは、貴族が集まるパーティー会場。
4人はなぜか正装をしていて、唯一の女性であるルースはネーヴェの器用さを発揮して化粧もばっちり、髪型もばっちりの完璧な淑女と化している。ただし、強調する胸がないのと、痩せ過ぎな体を隠すため、ドレスのデザインはかなり露出をおさえてある。
4人が受けた依頼は、このパーティー会場で瘴気に汚染された美術品がお披露目されると噂が出回ったからだ。
少しの汚染ならば影響はさほどないが、健康に害をなすほどに汚染レベルが高いらしく、その美術品の浄化が今回の任務内容だ。貴族ばかりのパーティーで、貴族ばかりが被害にあっては魔塔の沽券に関わるうえ、浄化のために魔塔がいると知られてはいい顔をされないという理由からの潜入である。
浄化はネーヴェが誰にも気付かれないように行わなくてはならない。
他の3人はネーヴェが美術品に近づけるためのカムフラージュだ。
「あらかじめ浄化しておけなかったんですかね?」
「どうせ自分が収集したものにそんな汚点があるわけないっつう貴族のプライドで聞く耳持ってもらえなかったんだろ」
「迷惑ー」
「マジでそれ」
「というか、なんでパンテーラさん? イメージ的にこういうエスコートってネーヴェさんのほうが合ってそうなのに」
「えっ。いや、まあ、ネーヴェは隠密に動かねえといけねえから。ほら、一番浄化もうめえし」
「ふーん?」
この任務で問題なのは──ルースのエスコート役がパンテーラだということだ。
もちろん指示したのは、公私混同せずになにが効率がいいのか、誰がどの役を担うのが適任なのかを判断したヴォルペなのだが、感情までを切り捨てるには至らなかったらしい。
会場スタッフになりすましたヴォルペからの視線が痛いほど背中に突き刺さってくる。ネーヴェもスタッフになりきって、うろうろと美術品を探し回っているはずだが姿は見えない。
パンテーラの左腕に添える右手がぷるぷると震えてくる。
「視線だけで殺されそう」
「マジでそれ。こんなにあからさまに不機嫌になるなんて、今までねえんだけど。なに、どういうこと? 付き合ってんの? 恋人になったのか?」
「うーん……多分。いや、断ったんですけど、断り切れず。だってパンテーラさんとネーヴェさんが気まずくないです?」
「いや、別に。あそこまで明らかにお前のこと気に入ってるの前面に出してたら、いつかこうなるんだろうなと思ってたし、驚きゃしねえけど……まあ、ちょっと意外と早かったか、くらい? てか、断るってことはお前はヴォルペを好きじゃねえの?」
「いやー……わかんないんですよねー。好きは好きですけど、恋とは違うような?」
「終わったわ、それ。ずるずる流されて終わり。まあ、ヴォルペに気に入られた時点で終わりだよ。逃げられねえもん。絶対無理。回避不可。」
「特に気に入られる要素もなかったはずなんですけどねぇ。ふたりに迷惑かけないように頑張ります」
「まあ、多分、俺もネーヴェも思うことはひとつだろうな」
「……ヴォルペさんの機嫌を損ねないこと、とか?」
「マジでそれ。特に、絶対浮気なんてすんなよ。殺されるぞ」
「任務中とかどさくさに紛れて?」
「ちげえよ。相手が殺されんだよ。ルースはよくて監禁だ。しかも拘束されて監禁。トイレにも行かせてもらえねえぞ、多分。ぜんっっぶヴォルペの世話になる以外に自由をなくされるぞ」
「ひええええ」
顔には笑みを携えたまま、小声でやりとりをしていくうちにパーティーは進み、美術品のお披露目となった。
ごろごろと台車に乗せて運ばれてきたのは意外にも小さく、布がかけられていて中身がわからない。
ホールの中央におかれ、主催者がグラスを鳴らして注目を集めた。
ネーヴェを見つけた。
なんと美術品を運ぶスタッフではないか。これでは怪しまれもしない。
万が一の失敗のときのために、ヴォルペも所定の位置に陣を取る。
(ここで、私が騒ぎを起こして──)
と、話し合っていたトラブルを巻き起こそうとルースが胸を張ったときだった。
「パンテーラ?」
会場に驚きの声が響いた。
残念ながら、その声はかなり目立った。
パンテーラの左腕が急に強張ったのを感じる。皆の視線が美術品から声の主へと移った。
その間にネーヴェが動いたのを視界の端で見る。
(なんだか予定と違うけど、うまくいきそうだ)
ルースはほっと息をついて、やはり皆と倣って声のほうへと顔を向けた。
誰だろう?
パンテーラを少し──いや、かなり柔和にした顔立ちの男性が、両親を伴って立ちすくんでいた。
父親のほうがパンテーラにそっくりだ。髪色は母親か。
もしかして──ちらりとパンテーラを見ると、あきらかに表情が緊張している。
ようやくパンテーラがエスコート役を任されたことに合点がいった。
彼は元々貴族に違いなかった。
どう反応をするのだろう。どうすれば──無意識にヴォルペを見ると、ヴォルペもルースを見ていた。
落ち着いて。そんな仕草を目と顔とで指示される。とりあえず、パンテーラに合わせておけばいい。そんな意味合いのようだ。ルースはヴォルペにしかわからない程度に頷いてみせ、パンテーラの家族に向き直った。
もう目の前にいた。
こういうときは、先に挨拶を──
「初めまして、わたくしルースと申し──」
「まだ魔法の勉強なんてしてるのか!?」
完全に無視。
下げかけた頭をどうしろというのか。このまま下げきったほうがいいか? いや、どうせ無視されて視界はいつまでも床になるのが目に見えている。ここは、挨拶しかけたけれども無視をされた可哀想なルースを演じておこう。
カーテシーを中断して、視線を落とす。
観察するようにパンテーラの家族をそのまま見上げた。
話しかけてきたのは兄か?
パンテーラよりも少し年上だ。体躯は圧倒的にパンテーラが恵まれている。
「お久しぶりです」
(ええ!? 敬語!? 今、敬語!? パンテーラさんが敬語使った!?)
ルースが目をひん剥いてパンテーラを見やる。なんと頭まで下げているではあるまいか。
もうパニックである。
あのパンテーラが、ヴォルペ以外の人間に頭を垂れる未来が来るとは思わなんだ。
俄には信じられない状況にまたヴォルペを見る。
浄化が終わったのか、ヴォルペの横には不安そうな顔をするネーヴェがいた。
「質問の答えになってないじゃないか。魔法をまだ続けてるのか? なぜ帰ってこない? どうしてここにいるんだ? どこで爵位を得た?」
「この会話は、今この場ですべきではありません。パーティーを開いてくださっているかたに大変な失礼に当たりますよ」
指摘されて、ようやく相手はグラスを持ったままの主催者に目をくれた。
ごほんと咳払いをして、取り繕うような笑みを浮かべる。
「数年ぶりの弟がいたもので、つい声を上げてしまいました。大変失礼いたしました。」
一言、二言、美術品を楽しみにしているだのなんだのと言って、パンテーラを強引にパーティー会場の隅の方へと押しやる。
まさか、こんな行為をパンテーラが許すなんて。
放せとか暴言が出てこないなんて。
ルースはパンテーラの腕から手を離すべきか迷って、ついぞ出来ずに仕方なく付き添った。
会場の隅で、兄がパンテーラの至近距離で睨みつけてくる。
「子どもじみた反抗はもうやめて、家に戻ってこい! 公爵家に婿入りとなって、家を継ぐものがいないんだ。パンテーラが継ぐのが筋というものだろう?」
そこから3人の言葉による猛攻は止まらなかった。
直接的な罵詈雑言ではないものの、じわり、じわりとパンテーラの自尊心を傷付けて体の大きなパンテーラが萎れていくのが目に見えてわかる。
パンテーラの筋骨隆々な左腕に力が消え、今にもだらりと垂れ下がってしまいそうだった。
「どうせ役にも立ってないんだろう?」
その言葉に、ルースはとうとう前に躍り出た。
「ちょっと、ちょっと。もういいんじゃないです?」
「ルース」
「パンテーラさんも、なにを黙って聞いてんですか。こんなの聞いてなくていいんですよ。早く帰りましょう」
「でも──」
とパンテーラが会場を見る。
「もう終わってますよ。帰りましょう」
「君はどこの令嬢だ? 挨拶がないが」
「あんたらが無視したんですよ、さっき! パンテーラさん、帰りますよ!」
パンテーラの腕を引く。ぐるりと背を向けて、出口のほうへ背を押した。まだ迷っているのか、パンテーラの足取りが重い。
「待ちなさい、まだ話は終わってな──」
パンテーラと家族との間にルースが挟まれる形になったからか、家族はルースの肩に手を掛けて制止しようとした。
そこへ、ヴォルペとネーヴェが割って入った。
主にヴォルペが。特にヴォルペが。
圧倒的にヴォルペが。
ルースの肩に置かれていた手を捻り上げ、いつもの糸目の笑顔で相手を見下ろしている。
「触らないでいただきたい」
みし、みしと肩の骨が聞こえる。
それは間違いではなかった。相手の顔が歪んでいる。
そこへネーヴェの援護射撃が入った。
「パンテーラが伴っている女性です。どこに所属しているのか、容易に想像がつくはずです。触れるということは、我々の活動への抗議とみなしてよろしいのですか」
兄の抵抗がなくなったのか、ヴォルペはその手を離してやった。痛そうに肩を撫でているところに、両親が寄り添ってやる。
パンテーラがかつて欲していた家族の形。
今のパンテーラの前は、ヴォルペを中心にルースとネーヴェが脇を固める。
3人には迫力があった。
「帰るよ」
本当は徒歩で会場を出てからのはずだったのに、1秒でもそこにいたくなかったのか、わざとらしくヴォルペが指を鳴らした。
パチン──……。
パーティー会場から4人の姿が忽然と消えた。




