20
「へー! 女性隊員は貴族と結婚させられるんですか!」
「魔法使いとの繋がりを保つのは貴族にとっても、魔塔にとっても利益がありますからね」
だから女性がいないのか、と天井を見上げながら思う。
ここはルースが使う女性用の浴室。
ルースは真っ裸で肩まで湯船に浸かり、温まっている。
その傍らにはネーヴェ。
しばらくの間そうしていたが、ルースはとうとう言った。
「ねー、もういいですってー」
「もう少しやってみます」
「えー」
ルースは頬を膨らませた。
張ってある湯はきらきらと白い光を放っている。というのも、ネーヴェはいつまでもルースの太腿の傷を気にしていて、傷痕が消えないか試行錯誤を繰り返している。魔法書を読んでは次の方法へ、次へ、次へ。今は湯そのものに治癒力を込めて、それに浸かった体の傷を治す方法だった。
しかし、どう見てもネーヴェの負担が大きそうだ。
湯に右手をいれ、なにやら魔力を流し込んでいるらしいが、ネーヴェは肩で息をして、冷や汗が額に滲んでいる。
「もう大丈夫ですってばー」
「でも、まだ傷痕が消えてません」
「だいぶ薄くなりましたよ」
「それでも残っています」
「全然気にならないですよ、ほらこんなに薄く──」
「私が気になるんですよ!」
がつんと湯船を殴り付けたネーヴェは、項垂れた。怒りを爆発させたからか、それとも疲労か、肩が大きく上下して息も荒い。
湯船がまだ僅かに振動しているのを、ルースは肌で感じ取る。
「すみません、感情的になりました」
俯いたまま一度深呼吸すると、ネーヴェはもういつものネーヴェになっていた。
こうして裸でネーヴェと対峙するのは、もう何度目になるだろう。彼の努力はルースの傷痕をなかったことにはできていないが、限りなくゼロに近付けている。
ルースは恥ずかしげもなく立ち上がった。
肌から湯が流れ落ちて、太腿を撫でる。
「ほら、もう見えないですって。もう十分です。ありがとうございます」
「いえ、次は回帰が残っています。部分的に回帰をして……いや、そうすると今までの治癒も無効になってしまう……? となると回帰の時間をかなり遡って……」
「ねえ、もう本当に大丈夫ですってば。足も普通に動くし、肌はつるつるぴかぴか、ご飯もたくさん食べて栄養満点の健康体そのものですもん。傷痕は私の自業自得ですし──」
「いえ、私の教え方が悪かったからルースさんがそのような考えに至ったわけですから、私の責任です。私が傷つけたも同じです」
責任を感じているわけか。
そんなもの、感じる必要はないというのに。
ルースは理解してもらえないもどかしさを感じながら湯船を出て、タオルを体に巻いた。
どうしたらわかってもらえるのだろう。
「ネーヴェさん」
「はい?」
ぶつぶつと呟きながら魔法書を捲るネーヴェを呼ぶと、ネーヴェは視線をこちらに向けもせずに返事をした。
「多分、ネーヴェさんの教え方がうまくても、私は自分の体で練習したと思います」
言うと、やっとネーヴェが振り仰いできた。
瞳が揺らいでいる。
「不器用なんです」
へへ、と笑ってみせた。
ネーヴェの唇が歪んだのは、彼が噛み締めたからだろうか。
「ネーヴェさんの教え方でコツを掴んでも、きっと私は何度も自分の体で練習しましたし、傷痕も同じくらい残ったはずです。だから、ネーヴェさんのせいじゃないです。私が傷を塞ぐことを覚えなければいけない限り、私は絶対にこうしてました。
怒られるとしてもね」
また、へへ、と笑ってみせると、ヴォルペのことを言っているとわかったのか、ネーヴェも苦笑した。
「もう十分です。むしろ、頑張りすぎです。もう大丈夫ですから」
言うと、やや間があってから、ようやくネーヴェは小さく頷いた。自分を納得させるように、何度か頷いて、分厚い魔法書を閉じる。
「戻りましょうか」
「はい!」
ネーヴェの提案に頷くと、ネーヴェは指を鳴らした。
◇◆◇◆
そしてヴォルペと鉢合わせする。
半裸のルースと、湯気と汗に濡れたネーヴェと、ヴォルペと。




