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「へー! 女性隊員は貴族と結婚させられるんですか!」

「魔法使いとの繋がりを保つのは貴族にとっても、魔塔にとっても利益がありますからね」


 だから女性がいないのか、と天井を見上げながら思う。

 ここはルースが使う女性用の浴室。

 ルースは真っ裸で肩まで湯船に浸かり、温まっている。

 その傍らにはネーヴェ。


 しばらくの間そうしていたが、ルースはとうとう言った。


「ねー、もういいですってー」

「もう少しやってみます」

「えー」


 ルースは頬を膨らませた。

 張ってある湯はきらきらと白い光を放っている。というのも、ネーヴェはいつまでもルースの太腿の傷を気にしていて、傷痕が消えないか試行錯誤を繰り返している。魔法書を読んでは次の方法へ、次へ、次へ。今は湯そのものに治癒力を込めて、それに浸かった体の傷を治す方法だった。


 しかし、どう見てもネーヴェの負担が大きそうだ。

 湯に右手をいれ、なにやら魔力を流し込んでいるらしいが、ネーヴェは肩で息をして、冷や汗が額に滲んでいる。


「もう大丈夫ですってばー」

「でも、まだ傷痕が消えてません」

「だいぶ薄くなりましたよ」

「それでも残っています」

「全然気にならないですよ、ほらこんなに薄く──」

「私が気になるんですよ!」


 がつんと湯船を殴り付けたネーヴェは、項垂れた。怒りを爆発させたからか、それとも疲労か、肩が大きく上下して息も荒い。

 湯船がまだ僅かに振動しているのを、ルースは肌で感じ取る。


「すみません、感情的になりました」


 俯いたまま一度深呼吸すると、ネーヴェはもういつものネーヴェになっていた。

 こうして裸でネーヴェと対峙するのは、もう何度目になるだろう。彼の努力はルースの傷痕をなかったことにはできていないが、限りなくゼロに近付けている。

 ルースは恥ずかしげもなく立ち上がった。

 肌から湯が流れ落ちて、太腿を撫でる。


「ほら、もう見えないですって。もう十分です。ありがとうございます」

「いえ、次は回帰が残っています。部分的に回帰をして……いや、そうすると今までの治癒も無効になってしまう……? となると回帰の時間をかなり遡って……」

「ねえ、もう本当に大丈夫ですってば。足も普通に動くし、肌はつるつるぴかぴか、ご飯もたくさん食べて栄養満点の健康体そのものですもん。傷痕は私の自業自得ですし──」

「いえ、私の教え方が悪かったからルースさんがそのような考えに至ったわけですから、私の責任です。私が傷つけたも同じです」


 責任を感じているわけか。

 そんなもの、感じる必要はないというのに。

 ルースは理解してもらえないもどかしさを感じながら湯船を出て、タオルを体に巻いた。


 どうしたらわかってもらえるのだろう。


「ネーヴェさん」

「はい?」


 ぶつぶつと呟きながら魔法書を捲るネーヴェを呼ぶと、ネーヴェは視線をこちらに向けもせずに返事をした。


「多分、ネーヴェさんの教え方がうまくても、私は自分の体で練習したと思います」


 言うと、やっとネーヴェが振り仰いできた。

 瞳が揺らいでいる。


「不器用なんです」


 へへ、と笑ってみせた。

 ネーヴェの唇が歪んだのは、彼が噛み締めたからだろうか。


「ネーヴェさんの教え方でコツを掴んでも、きっと私は何度も自分の体で練習しましたし、傷痕も同じくらい残ったはずです。だから、ネーヴェさんのせいじゃないです。私が傷を塞ぐことを覚えなければいけない限り、私は絶対に()()してました。


 怒られるとしてもね」


 また、へへ、と笑ってみせると、ヴォルペのことを言っているとわかったのか、ネーヴェも苦笑した。


「もう十分です。むしろ、頑張りすぎです。もう大丈夫ですから」


 言うと、やや間があってから、ようやくネーヴェは小さく頷いた。自分を納得させるように、何度か頷いて、分厚い魔法書を閉じる。


「戻りましょうか」

「はい!」


 ネーヴェの提案に頷くと、ネーヴェは指を鳴らした。


◇◆◇◆


 そしてヴォルペと鉢合わせする。

 半裸のルースと、湯気と汗に濡れたネーヴェと、ヴォルペと。

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