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 傷を塞ぐ訓練に失敗したらしいとは聞いた。

 パンテーラはそれから何回も依頼を片付けに班で行動したが、パンテーラの言うとおり失敗したという負い目を持つネーヴェとのぎくしゃくした関係も、ルースの明るさで持ち直した。

 助けられた、というのか。


 どちらかといえば、素直に謝れなかったネーヴェにきっかけを与えてやったのが、ルースだったといえるかもしれない。

 ルースがそんなふうに意識をしていたわけではないのだろうが、結果的に4人はいつもどおりの4人になった。


 やはり鈍感なルースには教え方を考えてやらねばなるまい。時期尚早だったのだ。

 どうやって教えてやるかは、ヴォルペが名案を提示してくれるだろう。

 それまでは3人でカバーしてやればいい。


 と、パンテーラは思っていた。



 ──ふと床のシミに気付くまでは。



◇◆◇



 食堂へ誘おうとルースの部屋に立ち寄ったパンテーラは、ベッドにルースがいなくて手持ち無沙汰になった。

 待とうか、いやひとりで空腹を満たすか、ネーヴェを誘うか、ひとりで空腹を満たすか。


 最近、一緒に飯も食っていないしな。と思って待つことにしたパンテーラがふと視線を落とすと、床に黒いシミがあるのを見つけた。

 大きくない。ホクロのように小さいというわけでもない。


 見覚えがある──なんだっけ、これ。そしてこの微かな匂い。


「あ、あれ!? ぱ、パンテーラさん、どうしました?」


 そこへ戻ってきた部屋の主。

 振り返ると、何やらを後ろ手に隠した。隠し切れずに見えてしまっているそれはシーツだ。


 シーツだけを交換する理由──生理だろうか?

 いや、ネーヴェが、ルースは栄養失調の期間が長すぎて女性としての身体の機能がまだ養われていないと言っていた。


 ならば──


 パンテーラはそのシーツを毟り取った。

 やはり、濡れている。


「なんで濡れてんだ? 洗ったのか?」

「へ! あ、はい! 汗かいちゃって!」


 嘘がヘタクソである。

 心の底から、へったくそ。


「寝具は週に一度自分ですべて洗うのが規則だ。なんでシーツだけ洗った? めんどくさがりのくせに」

「えーっとぉ、汗かいたから、シーツだけ1週間経たずに洗おうかなーなんて……」


 どこだろう。

 このルースが()()としたらどこだ?

 上半身はない。どうしても片手になってしまうから。感覚を掴みにくいルースは、両手を使いたがる。それでいて腹や胸など胴体はレベルが高すぎる。背中は論外。


 なら下半身。座った状態で、最も両手を置きやすいところ。


「服を脱げ。下だけでいい」


 言うと、ルースはあきらかに後退りした。パンテーラはシーツをベッドへと投げ捨てて、さらにルースに距離を詰めた。


「早く脱げよ。なんなら脱がしてやろうか」

「い、いや、恥ずかしいなーなんて」

「はあ?」

「ちょっと寒いかなーなんて」

「ふざけんな、はったおすぞ」


 一歩も引かないつもりで問い詰めると、一歩も引かないとルースは察したらしかった。

 おずおずと服を脱いでみせた。


 その太ももには、案の定、自傷の跡。


 そして、それらは全てへったくそな魔法で塞がれている。傷痕だらけだ。美しかった肌の上を形の歪なミミズが何匹も這い回っている。



「おいテメェ!!」


 込み上げた怒りを吐き出しながら、ルースの胸倉を掴む。ルースは即座に言い訳した。


「だだだだだだだって! 他人の傷だと焦っちゃうから……! 自分の身体だったら、ゆっくり考えながら時間をかけて練習が──」

「ヴォルペか!? ヴォルペが言ったのか!? それともネーヴェが自分の身体を傷付けて練習しろって言ったのか!? 俺が知ってるふたりは、そんなこと言わねぇけどなぁ!?」

「い、言われてないです……! 私が、勝手に!」

「あ!?」

「で、でも! うまくなりました!」


 ルースがパンテーラの手を振りほどき、拘束から逃れながら言った。


「練習のおかげで、傷を塞ぐのうまくなりました! 多分、他の人の体で練習しようとしても……えっと、塞ごうと思っても無理でした! ゆっくり、こうじゃない、そうじゃないって考えながら練習できたから、もうすっかり塞げるようになったんです!」


 こいつは、なにを言ってるんだ?

 パンテーラが理解できずにルースを睨んでいると、ルースは弁明を続けた。あからさまに動揺している。


「えっと、えっと」


 そしてルースは思案のあと、なんの躊躇もなく自分の右足の内腿を切りつけた。魔法で作り上げた氷のナイフで、ためらいなく。

 すかさず両手を当てて、傷を塞ぐ。


 血が僅かに床に滴った。──黒いシミ。


「ほら! 上手(じょうず)になったでしょ!? ね!?」


 言葉が出てこない。

 なにから伝えればいいんだ、どうしたらその行動の異常さを理解してくれるんだ。


 自分ひとりでは対処できない。

 パンテーラはすぐにヴォルペに魔法で連絡をとり、ルースの部屋に来るよう伝えた。ルースにはまだ高度な魔法だから、なにをやったのかはわからなかったはずだ。

 緊急事態であるらしいと察したのか、電光石火のごとく駆け付けたヴォルペ。


 ヴォルペは状況を察する天才だ。


 パンテーラがなにも報告しなくても、ルースの傷を塞いだ痕だらけの足を見てすべてを察したらしかった。


 笑顔が消えた。



「ルース」


 ヴォルペが詰め寄ろうとすると、またルースは一瞬の迷いさえなく足を切りつけた。


「見て! ほら、塞げるようになりました! ()()()その練習です! ほら! ほら!」


 言い訳するルースを見ているのが苦しかった。

 彼女は必死に練習の成果を見せつけてきたが、その異様さにはなんら疑問を抱いていないように見えた。

 (それがどれほど俺達を苦しめるのか)


 ヴォルペは一瞬、いつものような笑顔に戻った──ように見えた。


「そうだったね、ルースは頑張り屋さんだもんね」


 ヴォルペの言葉に、ルースの顔がぱっと明るくなった。

 理解されたと勘違いしたらしかった。


「すごいでしょう? 頑張ったんです! たくさん練習をして──」

「……()()()()?」


 気付け、ルース。


「そ、そうです! いっぱい練習して、ここまでできるように──もっと大きな傷でもできます!」


 そうしてまた自分を切りつけようとするルースの右腕を、ヴォルペは瞬く間に間合いを詰めて問答無用で捻り上げた。あと少しでも持ち上げれば、ルースの肩は外れていただろう。ルースが痛みに顔を歪めながら、それでも表情を驚愕に染める。

 優しいヴォルペがこんなことをするなんて──そんな顔だ。


 ルース、気付け。


 ヴォルペがキレてる──。



「傷痕だらけになるからダメだって、言わなかったっけ?」



 パンテーラは、自分で解決できればよかったものの、ヴォルペの力を借りるべきだと判断したことに迷い始めていた。


 こんなに怒っているヴォルペは久しぶりだった。

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