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「新人を引き入れたそうだね? しかも女だとか。君は本当に厄介者を好むね」


 魔塔の幹部会議は10名の参加者があった。

 魔塔を取り仕切る魔塔長と、各課長。広報課、管財課、用度課など魔塔の存続に必要な部署にそれぞれの課長がおかれている。その課長らが、魔塔のさらなる発展(自称)のために出席する会議だ。


 ヴォルペは教養課長兼、粛清課長の役職を担っている。


「厄介者というのは、性別ですか。それとも保有する魔力量の件ですか?」


 ヴォルペは耳に髪をかけながら、目もくれずに言った。

 机上の議題が書かれた紙を見つめる。こういうところは変わらずに紙を使い続けるのだなと思いつつ、ぼんやりとする。


 魔塔の利益のために、手軽な任務の任務料をもっと上げろだとか、重い任務はヴォルペ班に回したほうが効率がいいだとか、実力の低い班は休みを増やして福利厚生が充実していると広報しようだとか、どこぞの国のどこぞの貴族と交渉して魔法使いを常駐派遣し、莫大な派遣料を取ろうだとか、若い魔法使いを貴族と結婚させて、貴族への力の影響を拡大させろだとか。


 ヴォルペにとって実にくだらない内容の会議がつらつらと進んでいく。実に興味を抱けない。実に無駄な時間。


 つまり、ヴォルペはこの時間が異様に嫌いである。


 ああ、ルースはなにをしているのだろう。

 初めてのルースの休日と外出を共に過ごしたかった。ルースはなにを求めて街に行ったのだろう。綺麗な洋服だろうか。靴か。下着か。宝石か。なにもかも足りなかったのか? なにか不便でも? それとも趣味に合わなかっただろうか。好きな色だけでも聞いておけばよかった。

 なにか食べたいものでもあったのだろうか? 食堂の料理では足らない? レパートリーが少ない? いつも食堂に一緒に行ってあげられれば自分のトレイにルースの分も乗せてやれるのに。

 それとも誰かに会いに行くのだろうか? いや、そんなことはない。ルースの身辺を調査したが、あの子には親も兄弟も友人もいない。その日暮らしで、首の皮一枚繋がり続けているような過酷な毎日を過ごしてきたはずだった。純潔を奪われずに生きてきたことが奇跡に近かった。

 あるいは、あの体に秘められた魔力量が無意識に男達の警戒心を煽ったのか。


(ああ、なんでこんなクソみてえな会議に──)


「聞いてるのかね!? ヴォルペ課長!」


 まったく聞いていなかった。

 先のヴォルペの問い掛けになにやら返事をしてくれていたらしいが、このゴミクズ達がルースに興味を持つことさえ怖気が走る。

 机上で組んだ指を眺め、ふと気付いてシャツの袖を引っ張った。全身に広がる刺青の氷山の一角が、ほんの少し覗いていたのだ。

 ルースは刺青に気付いただろうか。

 気付いただろう。あの子は意外と周りを見ている。


「ルウスは役に立ちそうかと聞いているんだ!」


 まだ喚いていたのか。

 ヴォルペは隠そうともせずに大きく嘆息ついた。


「ルースです」

「なんだと!?」

「彼女の名前。ルウスではなく、ルースです」

「そんなことどうでもいい! 些細なことだ!」

「部下の名前がどうでもいい、ですか」


 髪を耳にかける。

 それは衝動を抑える行為に近かった。興奮、憤怒、欲情。それらの感情に任せていると手が先に出てしまうから、そして一度動き出すと止めるのに苦労するから、そうならないための、理性を保つために編み出したヴォルペの癖。

 それを知っているのは、果たして誰かいるのだろうか。


「それで!?」

「はい?」

「ルウスは役に立つのかと聞いているんだ!」


 てめぇよりかはな。

 そう言うのを、また髪を耳にかけて抑えた。


「鍛えれば」


 むしろ既に才能を開花させつつあるのだが。

 興味を持たせてはならない。

 あの子は才能の塊であり、努力をする根性まで持っており、それでいて心は清らかで豊かだ。

 そして、深い傷を負っている。


 ヴォルペはそういう人材を育てることに異常に興奮する質だった。


 傷を隠して明るく振る舞い、努力して才能をさらに開花させ、周囲を平伏させる。


 ルースは一体何人を跪かせるだろう。

 ヴォルペはかつて見た、自分が死体の頂点に立つ光景を思い出した。動かない血肉の積乱の上に君臨する自分。ゴミどもが敗北した瞬間を足の下で感じながら血が沸騰するほどの興奮を覚えた。もしかしたら勃起さえしていたかもしれなかった。


 ああ、ルース。

 君にも味わわせてあげる。頂点に立つ快感を。

 ネーヴェやパンテーラもいい線を行っている。しかし、頂点には立てない。

 僕がいる限り。

 だがルースなら──。


 魔塔長は吐き捨てるように言った。


「ならとっとと鍛えろ。使えなかったら、ルウスをましな見た目にして貴族と結婚させろ」

「それは無理です。」


 即答した。

 あってはならない提案だった。

 あれほどの逸材にスカートを履かせて男の陰に隠れていろだと?

 馬鹿なことを。これだから地位だけ得て知能の低い人間は困る。


「なに!? 私はこの魔塔の長だぞ!? 命令に逆らうのか!?」

「ええ。僕の部下なので。それから、粛清課は、魔塔に属するすべての人間を平等に扱うので、たとえ魔塔長だとしても理不尽さを貫こうとするなら仕事の対象になることをお忘れなく」


 いまぶっ殺してやりてえがな。

 ここにいる全員。僕がやりたいことの邪魔をするなら、粛清するだけだ。


 誰も何も言わない。なにも言い返せないのだ。

 しかし負けたくはないのか、魔塔長は小さく呟いた。


「ちっ……。だから死刑囚を引き入れるのは嫌だったんだ。おぞましい」


 それが精一杯の反論だった。

 それからしばらく、誰も何も言わなかった。誰もヴォルペの魔力が重くなったことを指摘しなかったし、誰もそれに耐えられる体が限界だとも弱音を吐かなかった。

 これが終いの合図だろうと、ヴォルペが立ち上がる。


 去り際に警告した。


「どうしても結婚させろというなら、僕がルースと籍を入れます。僕の教育について、邪魔しないでください」


 ヴォルペに敵うものはいない。

 名目上は課長であっても、実質の魔塔長はヴォルペであるのは魔塔に属するほとんどの者が知っている。

 知らないのはルースだけ。



◇◆◇◆◇◆



 ヴォルペは、自分の立場をルースに知られたくなかった。

 人は地位に敏感すぎて、頂点に立つ人を神のごとく崇めるか、蹴落とそうと躍起になるか、我関せずと避けるか、そのいずれかであることが非常に多い。

 ヴォルペが求めているのは、そんな人間ではない。

 頂点に立つ快感こそあれど、崇められても鬱陶しいし、蹴落とそうと絡まれても死体が増えるだけでつまらない。


 求めているのは──なんだろう?


 ふと考えて、わからなくなる。

 自分がパンテーラやネーヴェに声を掛けたのはなぜだったか。なにかを見出せそうな気がしたのだったが、なんだっただろう。


 不愉快な会議で漏れなく不愉快になったヴォルペは、ルースの部屋に来ていた。


 まだ帰ってきていない、静かな部屋。

 そのまま帰ろうと思えるゆとりはなかった。あの子と会話がしたかった。

 椅子に座って待つことにした。


 不思議とこの椅子は眠くなる。

 知らぬ間に、ルースが睡眠導入魔法でも掛けたのではないかと思えるほどに、この椅子は眠気を誘う。


 ヴォルペは欲求のほとんどが失せている。

 食欲も睡眠欲も。休みたいとも、遊びたいとも思わない。食事をすると腹の中をいじくり回されている気分になるし、眠ると何が起きているかを察知できなくて即座に対処できないし、休んでいる間にも依頼は舞い込んでくるし、そういえば遊ぶってどうするのだっけ?


 なのに、この椅子は休息を思い出させる。



「ヴォルペさん、ただいま戻りました!」


 背後から駆け寄ってくる足音と声がする。

 それが少しわざとらしいことに気付くのは2回目だ。彼女はきっと気を使える子なのだった。


 立ち上がって振り返る。

 そして驚く。ルースはすっかり身なりの整った女の子になっていた。


「髪を切ったんだね」

「そうなんです! さらさらにしてもらいました!」


 さらさらー、さらさらー! と毛束を遊んでみせるルース。ヴォルペは同様にして、暖簾をそうするように髪に手を滑らせた。


「本当だ、さらさらだね。楽しかった?」

「はい! そしてお土産です! でけでん!」


 妙な掛け声と共に差し出された小さな包み紙。

 ふわりと柔らかな香りが鼻を突いた。


「……紅茶?」

「そう! ヴォルペさん、あんまりご飯食べない派なのかと思いまして! 私としてはちょっと信じられないんですが……。この前淹れてくださったので、今度は私が淹れます! 美味しい紅茶の淹れ方を店員さんに聞いてきました! メモまで書いてくれたんです! えっと、えっと……」


 ポケットからごそごそと取り出した四つ折りの紙を広げる。そういえばルースは──。


「しまった、難しい文字読めない! 簡単なのならなんとか……」


 やはり、と思った。

 ふふ、と笑ってしまう。


 表情を見せてはならないと、誰に習ったのだったか。

 自分で、身に付けたのだったか。


 感情は弱みになるから、表情を見せない、崩さない。それが強さになるという考えが、どうしても体に染み付いて離れない。


 ヴォルペは微笑んで、ルースの頭を撫でた。つやつやですべすべの小さな頭だ。


「店員さんと仲良くなれるのはすごい才能だね。見せてくれる? 僕が読んであげる。一緒に淹れよう」

「あら、おもてなししたかったのに残念……。でも美味しい紅茶のほうがいいですもんね! くよくよしない! 確か、まず器を温めるところから始まるはずなんです! なんて書いてあります?」


 ルースの明るさに、ほっとする。

 どんよりと重い会議とは違い、腹の中がわからない奴らとは違い、ルースの明るさは同じくヴォルペを軽くする。

 手渡されたメモをふむふむと読み進めると、最後の一文を二度見してしまった。


「……店員さんって、女性だった?」

「はい、女性でした!」


 やはり、と思った。

 “新婚おめでとう!“と書いてある。どんな会話をしたのだろう。

 気になる。

 それにしても──。


「……新婚か」


 耳障りに感じない響きである。

 なんでだろう。気になる。


「シンコー? そんな器具つかうって言ってたかなー」

「ううん、なんでもない。読み間違えたみたい」


 ルースに求めてるものって、見出したなにかって、なんだっけ?

 気になる。

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