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【瓦礫ストリート】での出会い

【瓦礫ストリート】


この地域一帯はそう呼ばれていると老人から聞いた。僕がここに来たのはつい数日前のことだ。元々いた場所がブラックホールに飲み込まれそうになってきたので、はるばるとこの地域へとやってきた。


「ふう……」


一息ついて、額の汗を拭う。

世界は壊れかけているというのに、汗はかく。お腹も空く。トイレだって行きたくなるし、この顔についている鼻は臭いにも敏感なままだ。

世界が衰退していくのに従って人間の機能も衰えていけば良いものを、僕の体はそうはいかなかった。


さーっと目の前を砂埃が舞った。


口元を隠しているスカーフのお陰で、埃を吸い込むことはなかったが、目に砂が入り、少しだけ目が痛くなった。片手だけ手袋を外し、目を擦る。

再びピューと風が吹いては、瓦礫の山に残る埃が舞う。参ったもんだ。

僕は少しだけいまのいる位置から移動し、建物の庇に入った。ここならば多少なりとも砂埃を防ぐことができる。


改めて辺りを見回した。

散々荒れ果てた地域は見てきたが、ここはどことも違う。

高く聳え立つビル群は、半分から上が消えてなくなっていたり、燃えた後のように煤が残っていたりする。壊れた建物達の瓦礫は山となり道を塞いでいた。かつては栄えていた中心都市だったという。きっと灰色の道路と車の外気音。夜になると灯りがネオン看板の明かりがポツポツと灯り、人が賑わっていたに違いない。今となっては瓦礫ストリートと呼ばれているが。


さて、ここに住んでいた人たちはどこに消えてしまったのだろうか。


僕がここに来てからいまこの瞬間まで出会ったのは、老人ただ一人だけだった。

否、世界がブラックホールに包まれるまで後4日という情報を耳にしてから、出会う人の数は減少していった。おおかた、僕のように各地を散歩する程度の気持ちで、歩き回っている輩がほとんどだろうが。

だって、あと4日しかないんだよ? どうせならさ、今までしたことないことしたいよね。

僕なんて恋愛もしたことないよ。

しかも4日で終わるって。

まだ生まれて17年しか経ってないのに。ああ、来世ではどうか幸せな世界に生まれたいな。

魔法なんかない、平和で静かな世界に。


「さて………」


僕は服についた埃を軽く手で払い、手袋をはめなおした。スカーフでしっかりと口元を覆い、軽くキョロキョロと頭を動かす。僕の目当ては、ゴーグルだった。目元を覆うことができる何か万能なものはないかと、探すが、そう運よくものは見つからない。

仕方なく、ゴーグルなしで砂埃の中へ飛び込もうと、口元を引き締めた時だった。

頭の片隅に残っていた記憶を辿って、背後を振り向いた。

大部汚れがついているので、建物の壁につけられた看板の文字を読むのは難しいが、微かに懐かしい文字が見える。

「よかった。ここにならありそう」

看板によると、ここの建物はかつてレジャー施設の用品を売っているビルだったらしい。

レジャー施設ということは、スキー用品や工具の販売エリアへ行けば、何かしら残っているはずだ。

もっともここに住んでいた人たちが買い占めていたら、話にもならないのだが。

今は時間が惜しいわけでもない。

僕はただ世界の終わりをこの体と一緒に迎えたいだけだ。やりたいことなど散歩ぐらいしかないのだから、ゆっくりと店内を見て回ろう。そう思い、僕はドアをなんとかこじ開けて店内へ足を踏み入れた。



昼間とはいえ、案の定店内は暗かった。

いや、まあ、昼という概念も消えかかっているこの世界で、明るいも暗いもよくわからなくなっているが。

僕は誰もいない店内に少しだけ恐怖を感じながら、どうにかしてゴーグルを見つけた。意外にも新品のゴーグルが残っていた。埃被った箱からゴーグルを取り出し、再び外へ出る。

心なしか先ほどよりも砂埃が増している気がするが、今は最強の仲間を手に入れた。

ゴーグルをつけて、ストリートを歩く。やはり誰ともすれ違わない。


ごおーという重圧音がして僕は顔を上げた。


すぐそこにはブラックホールがある。また何か一つ吸い込まれていった。今回はなんだろうか。どこか知らない土地が消えていったのだろうか。それとも僕の知っている場所だろうか。

全て、吸い込まれていく。

あのブラックホールは何もかも、僕らから奪っていく。

残された僕らはこんなにも、無力なのかと思い知らされるのだ。



僕はしばらく立ち止まり、一度深く息を吐いた。そして再び歩き出した。お腹が空いた。

足元が悪い瓦礫ストリートではだいぶ神経を使う。瓦礫を乗り越えなければならない道もあったりすると、足腰に負担がかかる。17歳の分際で何を言っているのだと思うかもしれないが、僕はこう見えてずっと自分の魔法に頼って生きてきた。それを今や使わないとなると、自分の身体能力の低さに少しだけ驚いたりする。

僕らは、魔法は、その人に与えられた神名だと伝えられて生きてきた。

魔法がうまく使えるようになるのには、人それぞれ時期が異なるが、魔法を使わずして生活するなどと言った選択肢は、はなからない。水を操るのが上手な人は、消防士になったりする。物を操るのが上手い人は、その分野に特化した職業に就いたりする。

僕だって本来は、したいことがいっぱいあった。でも残念ながら、戦争にいくための兵士研修所からよばれてしまったので、所謂”そういう”使い方しか知らない。

そんな自分に今は嫌気がさして、使用していない。たぶん、これからも。


ビル群を超え、平野が見えた。

ここから先は何ストリートというのだろうか。




「そっち、行かないほうがいいよ。…まあ、死にたいなら止めないけどね」


久しぶりに聞く、若い人の声。僕はすぐに声のした方を振り向いた。

そこにはこちらを見つめる女の子がいた。いや、ぱっと見年は自分と変わらないように見える。

帽子を深く被り、かろうじて目元が見える。

僕と同じように首元にスカーフを巻き、口元を隠し、履き潰したスニーカーを履いている。

僕は、彼女の元へ駆け寄り、辺りを見回した。

「数日前にここへ来たばかりなんだ。土地勘がなくて、正直ここがどこかもわかってない」

軽く肩をすくめると、彼女は僕の手を掴んだ。

突然、手袋越しに手を掴まれたので驚いたが、もちろん顔には出さない。彼女は慣れた様子で、顎をくいっと動かす。

「こっちおいで。安全な場所案内してあげる」

僕はこくりと頷き、彼女の後に続いた。



「君、名前は?」

いくつか瓦礫を避け駆け足で歩きながら、彼女の背中へ問いかけると、

「キト」と彼女は短く答えた。

”キト”という僕の地域では聞き慣れない名前を、僕は胸の中で唱え直す。すると彼女は急に立ち止まって僕の方を振り返った。


「あなたの名前は?」

彼女の瞳は、綺麗なエメラルド色をしていた。


「ルーカス。ルーカス・D・リリー」

これが僕の名前。

彼女は少しだけ微笑んだ……ように見えた。




今考えれば、僕とキトの出会いは、神様がくれた最後の償いだったのかもしれない。せめてもの、プレゼントだったのかもしれない。そう思いたい。

出会った時、僕は17歳。キトは16歳だった。

最後の1日にそれは変わるのだが。

それはまだ後の話。

僕らは4日、短いようで長い時間を過ごした。これは、それのほんの序章に過ぎない。




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