最終章:2.願いを閉じ込めて
私と翼はもちろん、仕事先は別で、それぞれ忙しかったけど
週末は必ず会った。
翼は、何年経っても包むような温かさで私を愛してくれた。
翼が、たまに私の家に来て
私が直君の指輪を大事にジュエリーボックスに飾ってあるのに気付いても
嫌な顔一つ、しなかった。
直君の命日には、一緒にお墓参りもしてくれる。
11月上旬。
私たちは、デートで歩くのに疲れて、近くの公園のベンチに座り込んだ。
「風が冷たいね」
「うん、私、昨日、暖かかったから薄着してきちゃって。失敗したなぁ」
私が首をすくめながらそう言うと、翼は着ている黒いコートを広げて、私をくるんだ。
「これで大丈夫?」
「うん」
静かな時が流れて、翼が口を開いた。
「ねぇ、美咲ちゃん」
「ん?」
「結婚しようよ」
私は、いきなりのプロポーズに驚いて翼を見た。
翼はあのときと同じ、真剣な眼差しで私を見つめてる。
私が、ゆっくり頷くと、翼は
「よかった」
いつもの静かな微笑みで、ためらいがちな口づけをそっと、私の額にくれた。
結婚式は挙げないことに決まったけど
指輪は作ることになった。
そうとなれば、私にはどうしても行きたい場所がある。
私は、喫茶店で翼に聞いた。
「ねえ」
「ん?」
「指輪、作るとこ、私決めていい?」
「どこ?」
「直君の指輪、作ったとこ」
ちょっと言いにくかったけど、翼はにっこりして
「いいよ」
と、言ってくれた。
次の日曜日、私は翼を連れてあのお店に行った。
ちゃりん。
懐かしい音。
久しぶりに見る店主さんは、あの時と同じ、口ひげをたくわえた姿で出迎えてくれた。
店主さんは私を見て、翼をちらっと見ると、再び私に視線を戻して
「いらっしゃい」
目の奥に優しい光を湛えてる。
ああ、この人、私のこと、まだ覚えてくれてたんだ。
私は、ゆっくりと、はっきり言った。
「結婚指輪を作って欲しいんです」
店主さんは、分かってます、というような笑みで
「おめでとうございます」
私たちの幸せを願ってくれてる人がここにもいる。
写真は、二人で一緒に写ったものを選んだ。
問題は、指輪に刻んで相手に送るメッセージを何にするかということ。
だけど、私も翼もすぐに決まった。
入籍予定日に指輪が届くようにしてもらって、私たちは外に出た。
「そういえば」
「ん?」
「あのお店の名前、どんな意味なんだろ。聞いたことないな」
「小人って意味だよ」
そういえば、翼はフランス語を専攻してたんだっけ。
私は、それで、指輪の直君が温かかったのに納得した。
ほんとに、あの指輪の中には小人が、直君が住んでたんだ。
入籍予定日は、2月14日で
指輪はその日、私たちの元に届いた。
私たちは、役所に婚姻届けを出し
外に出たところで、待ちきれず、指輪を交換した。
翼がくれた指輪のメッセージは、几帳面な文字で
「幸せになろう」だった。
そして、私が翼に送ったメッセージは
「一緒に」。
一緒に 幸せになろう
そう。
私は、神田翼と幸せになるよ。
きっと大丈夫。
だって、私たちの願いは、ちゃんとこの指輪に閉じ込めたから。
『エピローグ』
ここはある作業所。
愛ゆえに小人たちが生まれ
小人たちの願いが叶う場所。
実在するショップをモデルに書きました。
読後、温かい気持ちになって下されば嬉しいです。
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。