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直の章:2.焦燥の理由

夏休みはすぐに訪れた。


だけど、君は神田と会うことこそなかったものの、3日に1回はメールをした。


その内容は


「今日は区のお祭りでした。


割り箸でできた鉄砲で、お父さんをびっくりさせてやるんだって言ってる男の子がいたよ」


とか


「今日はフリマに行ってきました。


洋服、5枚で100円。山がバサって置いてあるだけだから、いいの探し出すの疲れた~」


とか


「今日は変な犬発見。


真っ白なトイ・プードルが頭の毛だけ刈り残されてピンクに染められてるの」


それで写真も添付。


神田からの返信は5回に1回くらいしかなくて、それでも君は送り続ける。


神田にメールを送るとき、君は必ず俺に


(神田君、こんなんで元気になってくれてるのかなぁ)


と話しかける。


大丈夫。


君のその優しさが伝わってないはずないよ。


夏休みが終わって君と神田はまた授業を共にするようになった。


神田は君の言葉への反応が良くなって、自分からもしゃべるようになってきた。


君もそれで神田が元気になったと判断したんだろう。


君は神田との距離感を取り戻した。


夏の暑さが、もう一踏ん張りしてる日の午後。


君は、構内にある高台の喫茶スペースで一人、お昼を食べていた。


目の前には、木々が鬱そうと茂ってる。


(コンビニのパスタも結構いけるよねー)


毎日、そんなの食べてたら、体に悪いよ。


プラスチックのフォークを口に運ぶたび、君は長い髪をかきあげる。


片方しかないピンクのドロップ型のイヤリングが揺れる。


どこかで落としたのだろうけど、君はまだ気付いていない。


美味しそうに君がもぐもぐと口を動かしてると、後ろから声が掛けられた。


「木村さん」


神田は、君の前に来て


「ここ、いい?」


君は、パスタの油でべとついた唇を拭いながら、頷いた。


神田は真向かいの椅子に座ると


「はい、これ」


君のもう片方のイヤリングをテーブルに乗っける。


「あ」


君は、耳を触って確認してからイヤリングを付け直した。


「ありがとう。どこに落ちてた?」


「402号室の前」


「これ、お気に入りなの。よかったー」


そう、それは俺たちが初めてキスしたときにつけてたイヤリング。


「うん、だと思って」


「え?」


「いや、よくつけてるから」


「よく見てるねー」


君は、俺を撫でながら、神田に、というより、俺に話しかける。


君が、人前で俺に話しかけるのは、大学に入ってからこれが初めてだね。


君は、神田が前にいるのに、俺から目を放さない。


きっとあの夜のことを思い出してるんだろう。


俺にとっても忘れられないあの夜のことを。 


神田は、そんな君を見て、じゃ、と、立ち上がった。


君は我に返って


「あ、ごめん」


苦笑する。


神田は、いいよ、と首を横に振って立ち去った。


(ねぇ、直君)


ん?


(もう一度、キスして欲しいな)


そう言って、君は、金属の俺に柔らかい唇を当てた。



その日の夕方、君が、いつものお気に入りの場所から立ち上がったとき


目の前の図書館から神田が出てくるのを見つけた。


「神田君」


「あ、木村さん」


「さっきはありがとね、これ」


君がイヤリングに触れる。


「うん」


君たちは、自然と一緒に駅へと向かう。


外はまだ明るい。


駅への道は人がいっぱいだ。


信号で君たちが止まった。


話も途切れて、君たちの間に静けさが流れている。


その時、後ろの方から、しわがれた声が聞こえてきた。


「散歩なんだから、ちゃんと歩きなさい」


その声に振り返ると、茶色のダックスフンドが、老人の膝に必死に前足を掛けている。


「抱っこして欲しいんだね」


君はダックスフンドを目を細めて見る。


可愛いね。


信号が青になった。


老人が、ダックスフンドを抱き上げる。


「ダックスちゃんの勝ちだね」


君が神田の方を見た。


神田は、少し呆れながらも嬉しそうにしている老人の方を見ていた。


その目の奥には、微笑みが浮かんでる。


そして、言ったんだ。


「いい顔してるね」


君が神田の顔を凝視する。


神田が


「どうしたの?僕の顔に何かついてる?」


「ううん、なんでもない」


だけど、君は、それから黙り込んだ。


その時、俺は、俺たちの、俺と美咲の関係に、くっきりした影が差したのに気付いた。



いきなり君に黙り込まれて神田が気にしないはずがない。


翌日、神田は例のベンチで君を見つけるなり、走ってきた。


君は、さっきからずっと俺を撫でてる。


「木村さん」


神田が、人一人分の間をあけて、君の横に座った。


息が上がっている。


「探したよ、木村さん。授業、サボるなんて珍しいね」


「たまには、ね。で、何か急用だったの?イヤリングは落としてないけど」


今日の君のイヤリングは、ぷっくりしたピンクのハート型。


ピンクのラインストーンでハートをかたどった模様が真ん中にあるシャツに合わせてる。


「いや、用はないんだけど」


神田が言いよどむ。


君は、神田の顔をじっと見る。


「昨日から、僕の顔、じろじろ見てどうしたの?」


神田の口調が怪訝に変わる。


君は意を決したように


「神田君のメイク落とした顔、見てみたいなって思って」


神田は、いきなりの君の申し出に、きょとんとした。


「なんでまた?」


「ん、なんとなく」


俺はその理由を知ってる。


神田は、首を強く横に振った。


「無理だよ」


「無理って?」


「これは、僕のおまじないだから」


「おまじないって、赤い糸を財布に入れてると運命の人と出会えるとかしか知らないよ」


神田は、微笑を浮かべながら


「そっちのおまじないじゃないよ」


少し、間をおいて


「これしてれば、強くなれる気がして」


君は神田の顔を見続けてる。


神田は、気まずそうに君から目を外すと


「なれてないから、ほんとに気のせいなんだけど、木村さんと話せるのもこのおかげだし」


君は、分からない、と言った仕草で続きを促す。


「僕ね、小学校の時、イジメにあってて」


神田は、それには言及せず、話を続ける。


「中学校も馴染めなくて、高校は中退して」


君は、じっと神田の話を聞いている。


「でも、高校の時の唯一の友達が、大学はクラスがないからお前でも大丈夫だろって」


神田のそのぽつぽつとした話し具合は、いつかの君に似ていた。


「それで、1年かけて大検、取ったんだ」


君が初めて口を開く。


「あ、じゃ、神田君って年上だったんだ?」


神田が肩をすくめて頷いた。


「私、年上には敬語を使う、が信条だったのに」


君の笑顔につられて神田が笑う。


「でも、大学入っても、やっぱり孤独で。学問が趣味だったらちょうどいいんだろうけど」


「つまんない授業は、つまんないもんね」


「うん」


「姉はヴィジュアル系が好きでね」


神田の話が飛んでも、君は先を急がさない。


「僕が入学したとき、ちょうど就職して、化粧品も増えて」


「うん」


「僕、その化粧品の実験台にされたんだ」


「化粧品って人にした方が善し悪しが分かるからね」


神田が君をちらっと見た。


「ある日、姉が僕をビジュアル系に仕立てて遊んで、言ったんだ。あんた、似合うよって」


続けて 


「それで、ちょくちょく自分でもやってみたら、なんだか自信が沸いてきて」


神田は、遠い昔の楽しいことを思い出すように


「菜々美ちゃんに逆ナンされたのも、このメイクで来たときだったし」


君は、神田の話が一区切りつくと、顔を前に戻した。


「私もね、小4の時かな、イジメらしきものにあってたんだけど」


俺はどきっとした。


そんな話、初めて聞く。


「まぁ、ただ無視されるだけだったんだけど」


神田が俺の変わりに相づちを打った。


「でも、香奈って子は、それには加わらなくて」


ああ、それで。


「かと言って、同情とか、大げさにベタベタしてくるわけでもなくて」


うん。


「私が話しかけると、相手してくれるだけだったけど、それが嬉しくてね」


君は、少し幼い笑顔で 


「私、香奈に懐いて、今では大親友。直君がいなくなったときも、香奈がいてくれて」


君が優しいから、香奈ちゃんみたいな友達ができるんだよ。


君は、小さな声でつぶやく。


「香奈がいなかったら、私もド派手なメイクするしかなかったかもね」


神田が何を言うべきなのか迷ってる。


君は、そんな神田を気にする風もなく、ベンチを立った。


「さすがに次の授業までサボるわけにはいかないよね」


そして、立ち去り際、君はベンチの神田に言った。


「顔だけが神田君じゃないでしょ」


君は、もしかしたら悪意のない小悪魔なのかも知れない。


そんなことがあってから、神田は、いつもより君の近くに座るようになった。


隣の隣ではなく、すぐ隣に。


化粧もまだしてるものの、こころなしか薄くなってきている。


君は、それを喜んで、俺を撫でながら


(神田君、自分に還れるといいね)


なんて、話しかけてくる。


たまに、神田と一緒に帰ることになると


君と神田は、他愛もない話しで盛り上がり、駅についても、電車を1,2本逃す。


君たちが一緒にいる時間は、細切れだ。


だけど、君たちの心が緩やかに繋がっていくのが俺には分かる。


そして、決定的な事件が起こった。


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