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美咲の章:3.現実と夢の間に

悲しいと言うより、信じられないと言う気持ちが先立って


直君のお通夜でも、私は一粒も涙をこぼせなかった。


直君のお母さんと目があう。

 

直君のお母さんは、目も鼻も真っ赤にさせて肩を落としていたけど


私を見ると、目をぎろっとさせて睨んだ。


私は目で会釈をし、席に戻った。


次の日。


学校はいつも通り、いつもの時間に始まった。


私は眠さを我慢して、休み時間を心待ちにする。


休み時間はもちろん、直君とお喋り。


「後ちょっとだね、指輪まで」


「うん」


「メッセージも入れようね」


「うん」


「何にしようかな、直君は決めた?」


「秘密」


「愛してる、とか?」


「秘密だって」


直君が笑った。


「美咲は?」


「決めてあるけど」


「何?」


「それはできてからのお楽しみ」


「分かった、楽しみにしてるよ」


直君が笑ってる。


笑ってる。


翔君と話してた香奈が私のとこに来た。


「美咲、どしたの、ぼーっとして?」


「直君と指輪の打ち合わせ」


「美咲?」


香奈が、驚きの混ざった不安げな顔をした。


「直君、きっとね、クサいセリフ考えてると思うんだよね」


香奈は私を見つめてる。


「クリスマスには余裕で間に合うと思うし、楽しみ」


「美咲・・・」


これ以上、香奈を不安にさせちゃいけない。


「心配しないで」


知ってるから。


直君って口にしてれば、直君がそこにいる気がするだけだから。


香奈は心配そうに席に戻った。


それから香奈は、翔君との時間を割いて私といてくれるようになった。


だけど、空虚だった。


街に流れる幸せいっぱいの恋愛歌が


楽しそうに散歩する犬が


道端にこっそり咲いてる花が


しおれかかってる花が


みんな鬱陶しい。


時々、大丈夫?という視線を向ける香奈にまでイライラする。


大丈夫って聞かれたら、大丈夫だよって答えるしかないじゃない。


それでも涙はまだ出てくれなくて、直君への罪悪感だけが募っていった。



クリスマス、お正月。


直君と過ごすはずだったイベントが次々と終わっていって


ついにバレンタイン。


恋する女子が愛を確かめる日。


私はぽーっとピンク色に染まった教室を眺めながら考えてた。


もし、直君が生きてたらどんな話をしてたんだろう。


どんな笑顔で、どんな笑い声で。


はっとした。


直君の声が思い出せない。


直君の、あんなに好きだった直君の笑顔が思い出せない。


直君は色んな風に笑ってた。


くしゃっと。


くっくと。


にっと。


ふっと。


不適に。


くすくすと。


にこっと。


優しく。


言葉では思い出せるのに、声も顔も再生できない。


家に帰ると、私は今まで撮った写真をかき集めた。


直君はいた。


だけど、どれも不鮮明で笑顔の写真はなかった。


気付くと、私は直君の家に向かっていた。


直君のカメラになら、私が撮った直君の笑顔がある。


駅について


あの改札口を通って


あの公園を通って。


直君が溢れてる場所のはずなのに


やっぱり直君がついてこない。


どうして。


息をあげながら着いた直君の家は、まだ夜も早いというのに、シンとしていた。

  

だけど私は、それに構わず、続けてインターホンを押した。


しばらくして出てきたのは直君のお父さん。


「夜分、遅くごめんなさい。あの、私・・・」


おじさんは、挨拶だけすると、ちょっと待ってのポーズを取って家に引っ込んだ。


次におじさんが出てきたときは、直君のお母さんも一緒だった。


私は改めて


「夜分、遅くごめんなさい。あの、覚えていらっしゃいますか?私、木村美咲です」


一言も発さず、ぼーっと私を見つめるおばさんの視線が痛い。


だから、私は一気に言った。


「今日はお願いがあって来たんです。直君が使ってたカメラを貸していただけませんか?」


おばさんの目が冷たく光った。


あのお通夜の時と同じ目。


それから、おばさんは初めて言葉を発した。


「あれはあの子の宝物ですから」


抑揚のない声だったけど、その裏には十分な冷気が感じられる。


「あの、ちょっとでいいんです。あれには私が撮ったのも入ってて、それを現像・・・」


「お断りします」


今度は強い、はっきりした意思表示。


私はどきっとして、でも、諦めきれなくて短く言った。


「お願いします」


「お帰り下さい。あの子はあなたが・・・」


おばさんは言いかけて、唇をきゅっと結ぶと、おじさんと家に入っていった。


残された私は、駅まで歩きながら、おばさんが何を言いたかったのか考えた。


ほんとは知ってる。


ーあの子はあなたが殺したようなものなのよー


そう。


もし、私があのとき、車に気付いていたら。


もし、私があのとき、あのスポットに興味を持たなかったら。


もし、私があのとき、デートに応じなかったら。


もし、私が、私が


直君に告白してなかったら・・・。


もし、が溢れて気持ち悪い。


私はその場にうずくまった。


夜の冷たい風がコートの隙間をくぐり抜けて


気持ち悪さで滲む汗を冷やしていく。


私は我慢できなくなって、うっと声を出した。


妊娠。


そんな言葉が頭をよぎった。


愛する人に死なれた悲劇のヒロインは


自殺をしようとするけれど


妊娠が判明して、生きる希望を取り戻す。


それがよくあるドラマの筋書き。


だけど、私と直君はそんなことはしてなかった。


私には何もない。


そう思った途端、涙がどっと溢れた。


直君がいなくなって初めて流した涙だった。



次の休日から、私は不鮮明な直君の写真を持って、直君とデートした場所を回った。


直君との一番の思い出の場所にでさえ、直君はいなかった。


だけど、私は、直君がもう一度でも私の前に現れてくれる場所を探さずにはいられない。


夢遊病ってきっとこんな感じ。


探し回って、探し回って、吉祥寺。


サルとかアライグマとか出る吉祥寺。


公園をぐるっと回って、ちまちましたお店が立ち並ぶ道を通って。


閑散とした通りに出て、私はあのジュエリーショップの前を通った。


夢に終わった直君とのペアリング。


私はフラリとお店に入った。


ベルがちゃりんと鳴って、店主さんが現れる。


店主さんは、私を見て、にこっとすると


「いらっしゃい。今日は、彼氏様は?」


私は曖昧に返事をして、4人掛けのテーブルに座った。


店主さんは、私の前に座って私が話し出すのを待ってる。


私はちょっと迷ってから、握っていた直君の写真をテーブルに乗せた。


「あの、こんなのしかないんですけど、できますか?」


店主さんが写真を受け取る。


「ええ、大丈夫ですけど、顔がよく分かりませんね」


「彼、写真撮られるの嫌いだったから、撮ろうとすると笑ったりもしてくれなくて」


深呼吸して、言葉を続けようとしたけどダメだった。


店主さんが、慣れた手つきでポケットティッシュを渡してくれる。


「そういう方もよくいらっしゃるんですよ」


私がちょっと落ち着いたのを見計らって店主さんが口を開いた。


「出来上がりには2週間ほどかかりますが、宜しいですか?」


私は頷いて、リングサイズを測ってもらってから店を出た。


リングがどれくらい、いつでも一緒感をくれるのか分からない。


だけど、藁にもすがる思いってこういうこと。


それから落ち着かない2週間が経って、荷物が届いた。


中には、ピンクのリボンがかけられた茶色い箱。


私は、ゆっくり箱を開けた。


シルバーのリングが光を放つ。


私は、そっとそれを取りだし、内側を見た。


写真を撮ってるときの優しい目をして笑ってる直君が入ってる。


息をのんで恐る恐る指にはめてみると、私は不思議な感じに襲われた。


温かい。


金属でできてるはずのそれは


私を抱き寄せてくれたときの直君の温もりを持っていた。


そこにはちゃんと直君がいた。


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