美咲の章:2.恋の咲く場所
カップルになったはいいものの、私は何をすればいいか分からなかった。
別に直君が初めての彼氏というわけではなかったけど
最近、男というものは~と言うのが口癖になってた私のこと。
しかも、冷めた気持ちで告白したんだから当然と言えば当然。
どうして彼はokしたんだろう。
私のことを元から好きだったとか?
それが一番つじつまが合う考え方だけど、どうやらそうでもないらしい。
だって、直君も何をしたらいいのか分からないみたい。
学校ではお互い単独行動だし、一応、一緒に帰りはするものの
「疲れたね」
「そうだね」
「宿題、めんどい」
「うん」
「じゃ、また明日」
「うん、また明日」
こんな感じ。
相づちを打ってるのは私で、直君はそれなりに話そうとしてるみたいなんだけど。
そんな私たちを見かねて、遂に香奈が口を出した。
「何でこー、カップルらしくできないかなぁ」
「だって、興味ないもん」
「あんたが、直君直君ってキャーキャー騒いでたんじゃない」
「そうだけど、いいのは顔だけっぽいし」
「何で分かるのさ?それが分かるくらい話したの?」
「してなくても分かるの」
「あんた、決めつけおおすぎ」
「彼だって私に興味なさそうだし。スピード破局ってやつ?」
香奈は、チェッと舌をうち
「またまた私の出番が必要なのか。めんどー」
「いや、香奈はもう出てこなくていいから」
「んじゃ、来週の日曜、ダブルデート決定ね」
「聞いてないし」
「翔には私が伝えるけど、直君には美咲が伝えなね」
「どこ行くかも決まってないのに?」
「んなの、当日決めればいいじゃん。美咲と直君の相性が合う場所なんて分かんないし」
「翔君のご意向とかは?」
「いいの、翔は私といればどこでも幸せなんだから」
私はokした。
香奈は、言い出したら強行する性格だと言うのもあるけど
香奈と私は親友で、直君と翔君も親友。
上手くやれば、男&女の組み合わせじゃなくて
女&女、男&男の組み合わせでやり過ごせる。
香奈と翔君には悪いけど、あの二人は暇さえあればいつだって一緒にいる。
日曜日。
待ち合わせは、とりあえず渋谷。
香奈と翔君は、待ち合わせも待ち合わせて来たみたいで
私が駅に着くと、密着させていた体を慌てて離した。
「いいよ、そのままで」
今のうちにいちゃいちゃさせててあげよ。
私は、二人からちょっと離れた場所に立った。
ごちゃついた景色に目を向けていると、後ろから肩を叩かれた。
直君、登場。
初めて見る私服の彼は
きっちりしたジーパンに、海がプリントされた白い半袖Tシャツ。
左に丸みを帯びたグレイのショルダーバッグを、右にカメラを提げている。
「なんかあっち、声掛けにくくて」
香奈と翔君は、私のさっきの言葉をきっかけに、すっかり二人の世界に入り込んでる。
「香奈ー、直君、来たよ」
私たちは一つの場所に集まった。
「で、マジでどこ行くとか決まってないの?」
「うん」
直君の質問に私が答えてる先から香奈が口を出す。
「うちらは決まったけど、どうするの、あんた達は?」
「ちょっと待った、何、うちらはって?」
「翔と私、竹下通りぶらつく予定だけど、美咲、人混み嫌いでしょ?」
「俺は人混み、嫌いじゃないけど、さすがにあれはムリ」
と、直君。
「じゃ、美咲と直君は別行動ってことで」
あっけらかんと宣言する香奈に私は呆然とした。
「ダブルデート、じゃなかったの?」
「臨機応変って言葉もあるでしょ」
嘘だ、最初からこのつもりだったんだ。
香奈は、私に成功の笑みを向けると、翔君と駅の方に消えていった。
香奈と翔君が去って、一気に空気が静まる。
変に気まずい。
帰りたい。
それをどう言い出すか悩んでると、直君が口を開いた。
「どうする、帰る?」
まさに助け船。
私は頷いて、そうしよっかって言えばいいだけ。
なのに。
「せっかくだし」
私の口から出てきた言葉がこれ。
またやっちゃった。
直君は、私の返事に、ちょっと意外な顔をしながらも
「じゃ、どこ行く?」
「どこでもいいよ」
「まったり、公園とかどう?」
「いいよ」
私は、直君とデートするハメになった。
公園って言っても、この辺は地元じゃないし、デートらしい公園ってことでは
代々木公園しか思いつかず、そこに決定。
渋谷から代々木が近くて良かった。
じゃなかったら、電車に乗ってる間がキツかった。
間が持たないとか、そういう問題じゃないんだもん。
一応、何か言わなきゃいけない気がして
「それ、カメラ?」
と聞いてみたけど、見れば分かる的な質問をしたことに私は恥ずかしくなって
直君の
「うん。暇なときは、いつも持ち歩いてるんだ」
というボールを受け取れず、後は駅に着くまで、二人とも沈黙。
ケータイで遊ぼうにもそれは失礼だし
周りに目を向けてもカップルばっかり。
どのカップルも、腰に手を回したり、目だけで会話してみたりしてる。
香奈と翔君も、今きっと同じ状態。
私は視線を落として、ちらっと直君をうかがったけど、直君もうつむいてるだけだった。
やっと着いた代々木公園は、路上ライブで賑わっていた。
みんな、等間隔で、それぞれの歌を歌ってる。
私は、やっぱり直君と話すこともなく
話しかけられても、相づちを打つだけで、ただ歌だけに耳を傾けて歩いていった。
愛を歌う歌、友情を歌う歌、夢を歌う歌。
次々と耳に入ってくる、色の違うフレーズを勝手に結びつけて妄想にふけっていた私は
直君が横にいないことに、すぐには気付かなかった。
「あれ、直君?」
振り返ってみると、遠く彼方に直君が見える。
私が小走りで直君の元へ戻ると、直君はカメラを手に、しゃがんでいた。
近くで、女の子がギターを持って歌ってる。
「何撮ってるの?」
「それ」
直君が指を指したとこを見ると、そこには、小さな黄色い花が咲いていた。
とても地味。
私は、ふうん、と返事をしてから
「歌ってる人は撮らないの?」
と、聞いてみた。
直君は、まだその地味な写真を撮っている。
「時々、撮るけど」
「花の写真が好きなの?」
「人の写真も好きだけどさ」
直君は、カメラにふたをし、立ち上がって私を真っ直ぐ見た。
「人の写真は結構、難しいんだよ。俺にはまだまだ」
どうして、と聞きたい気持ちはあったけど
直君のその視線と、悔しい言葉の裏にある、どこか眩しい響きが私の口をふさいだ。
それから、私はまた無口になったけど、今度は、直君の後ろをついていくようにした。
直君は、ちょっと歩いてはすぐ立ち止まって花や風景を撮っていく。
たまーに、歌ってる人を撮ることもあったけど、首を何回も傾げて
花の写真を撮るときより多く、シャッターを切る。
その顔は、悪くなかった。
こうして、全ては一応、無事に終わった。
翌日はもちろん、香奈の質問責め。
「どうだった、どうだった?なんかあった?」
「何もないって」
「なんにもない分けないでしょ、一日中一緒に歩いたんでしょ?」
「一日中って言ったって、直君が写真撮るの見てただけだし、帰る方向も違うし」
「でもさー、ほら、どんな話したかとかさー」
「なんも」
「でもさー、写真について聞いたとかくらいあるでしょ?」
香奈は、でもさー、を連発し、ちょっとした変化も見逃すまいとしてる。
「まぁ」
「ほら、してるじゃん。で?」
「花の写真をよく撮るんだって」
「そかそか。あとは?」
私は、他に何か聞いたかどうか記憶をたどる。
花・・・。
あ。
「そういえば、普通の花壇とかより、雑草の方が好きだとかなんだとか言ってたな」
そう、直君が、この花きれいだね、って話しかけてくるのは、雑草ばっかりで
私が、こっちもきれいだよ、撮ったらって花壇の花を指したら
そんなことを言ったんだった。
「ほう。それで?」
興味深そうに聞いてくる香奈に、私は首を横に振った。
(人の写真って結構難しいんだよ。俺にはまだまだ)
直君のその言葉も思い出してたけど、なんだかそれは言いたくなかった。
ふうん、と、つまらなそうにする香奈に私は罪悪感を覚えて
「でも」
「でも?」
「悪くなかった、かも」
香奈の目が、にやっと笑った。
あ、バレた。
普通に感想を言ったつもりだったのに。
香奈には適わない。
直君とは、挨拶だけ交わす、いつもと変わらない日が続いて、数日が経った。
敢えて変わったことと言えば、直君を見てることが多くなったこと。
ううん、それもちょっと違う。
今までは、直君を見るって言うと、それは鑑賞を意味してたけど、今のは観察に近い。
今までも笑った顔もよく眺めてたはずなのに、今の直君の笑顔は全然違って見える。
そんなわけで、その日、直君が私に向かって来たとき、私は真っ先に目が合った。
直君は、手に持ってた小袋を私の机に置いて
「こないだの写真。見るかなって」
見ない、とは言えない。
「うん、見る」
私が小袋に手を伸ばすと、直君は、近くにあったイスを私の机に寄せて座った。
写真を一枚ずつめくっていくと、紙に閉じ込められてるはずの花たちが動いてる。
そんな気がした。
動く写真なんて、見たことがない。
『ハリーポッター』の映画ではそういうのがあったけど、少なくとも現実では。
最後の一枚は、あの黄色い小さな花だった。
私が見たあの花は、とても地味だった。
なのに、直君の写真では、とても大きく、派手って言ってもいいくらい、光を放ってる。
「どうだった?」
直君が、私が見終わるのを見計らって聞いてきた。
「あの、すごい、と思う」
もっと感じたことはあるのに、とっさに出た言葉は、どの感じ方とも違うものだった。
直君は、そか、と言って、自分の席に戻ろうとした。
私は慌てて
「あの」
「ん?」
「あの」と「ん?」の1秒にも満たない間、私は、ぴったりの言葉を探そうと必死。
それでやっと出たのが
「あの、なんか温かい写真だね」
今度は正解。
直君は、それを聞くと、顔をくしゃっとさせて
「ありがとう」
と言った。
その笑顔も、嬉しくて自慢したい気持ちを抑えきれずに弾んだ声も、私は初めて聞いた。
女の子って、一度、恋心に繋がるものを見つけたら
後はどんな些細なことでも、それは独立して一人歩きするみたい。
そしてそれは、私の体を乗っ取っていく。
だって私ってば、気付くと直君の側に行こうとしてる。
今までの無礼な態度から、いきなり気軽に話しかけることは、さすがにためらわれたけど
幸いなことに、直君は毎日、写真を持ってきて見せてくれるから
話のきっかけには困らなかった。
花の写真は、もちろんいっぱいあって、次に多いのは動物の写真。
野良猫とか、散歩中の犬とか、番犬とか。
一番少ない写真が人。
みんな笑顔でいい感じ。
直君が好きだから、彼が撮る写真まで素敵に見えただけかも知れないけど
どの写真もみんな、私は好きで
それなのに、ありきたりの感想しか言えない自分が悔しかった。
「この犬、可愛い」とか、「この花、きれい」とか、「このネコの柄、変」とか。
私は小学生か。
そう思っても、直君と話したいのが先立って、こんなことしか言えなくなる。
それでも直君はいつも嬉しそうに、うんうんって言ってくれて、ますます好きになる。
香奈に
「あんた別人なんじゃないのー?」
って、からかわれても、直君とこうやって過ごす休み時間は、手放したくなかった。
表面的な関係しかできなくて、もどかしくも大切な時間がいくらか過ぎ去ったある日。
「はい、これ今日の写真」
私が、いつものように写真をめくっていくと、それは全部タンポポの写真だった。
「タンポポ、好きなの?」
「特別好きってわけじゃないけど、たまに、適当にテーマを決めて撮るんだ」
「そかぁ」
直君は、じっくり写真を眺めてる私をしばらく待ってから席を立った。
「ちょっとごめん、トイレ行って来る」
直君は、私が全部、写真を見終わっても帰ってくる気配はなかった。
私はもう一巡、写真をめくっていった。
それから、私は机の上に写真を一枚ずつ並べていった。
まずは、5,6本のタンポポがかたまって咲いてる写真。
道路の脇に1本だけ咲いてるタンポポの写真。
アップで裏側のガクから斜め方向に撮った、黄色と空の青がちらっとのぞいてる写真。
私が次に並べる写真を選んでいると、直君が帰ってきた。
「何してるの?」
私は手を止めて答える。
「写真絵本、かな?」
「何それ?」
「んー、絵本の挿し絵を写真にするって感じ?ストーリーは後付だけど」
直君が、ふうんと言ったから、私はドキドキした。
なんか変なことしてるのかな、私。
「面白いことするね」
私が直君の反応を心配してると、直君は興味深そうに、そう続けた。
直君に興味を持たれることは初めてだったから、私は再び手を動かし始めながら答えた。
「直君の写真って表情があるから、やってみたくなったの」
一本のタンポポを正面から撮った、ありきたりで、ちょっと平面的な写真。
遠くから撮った、形が認められるだけの、ぼんやりしたタンポポの写真。
風に揺れて斜めったタンポポの写真。
3分の2が青い空で、下の方の真ん中にタンポポの黄色い部分が見えるだけの写真。
そして、上から撮った、ただただ真っ黄っ黄な花の部分しか見えないタンポポの写真。
私は手を止めた。
「終わり?」
「うん」
「どんな話?」
私は写真を一枚ずつ指で指しながら直君に説明する。
「タンポポが楽しそうに集まってるのに
このタンポポは一人っきりで
寂しくてしょうがないの。
で、ある時、この一人っきりのタンポポはみんなのとこに行こうとするんだけど
もちろん、植物だから歩けない。
そしたら、風が吹いて
上を見上げると、風が漂う青い空があるの。
それで、風とか青空とかに気が付いて自分は一人じゃないんだって笑顔になるって話」
ああ、なんて陳腐なんだろ。
説明を進めるたびに、自分が情けなくなってくる。
せっかく直君が興味を持ってくれたのに。
私はとにかく恥ずかしくて
写真で埋められた机からのぞく茶色い部分に目を落とした。
そんな私に直君の言葉が耳に入ってきた。
「いいじゃん」
目を上げると、直君は私が並べた写真たちをまだ見ていた。
それで、今度は私の顔を見て、もう一回、同じことを言った。
「いいじゃん。こういうの、面白いよ」
「こういうの」が、ストーリーを指しているのか、この行動のことを指しているのか。
ビミョーなところではあったけど、一喜一憂ってこのこと。
私も真っ直ぐ直君の顔を見ることができた。
「ありがと」
声は小さかったかも知れないけど
あのときの直君みたいに、嬉しさを顔いっぱいに表せたかも分からないけど
やっと同じ壇上に上がれた気がした。
直君が私を写真撮影に誘ってくれたのは、まもなくだった。
私は、もちろん、二つ返事でok。
初デートは
初デートは、そりゃ、客観的に言えば、香奈が段取りしてくれたあの公園だけど
一緒にいるとときめいて、「好き」という気持ちがあって、楽しいっていう意味での
初デートは、直君の近所の公園だった。
やっぱり公園。
しかも、若い二人にはどうなのよっていう、地味なデート。
でも、それでいい。
それがいい。
私が直君を、お、って思ったのは、公園だったから。
直君の近所の公園は割と大きくて、池を中心に緑が囲んでいた。
直君は、前と同じようにカメラを構えて、私はその後ろをついていった。
会話もあったけど、それだけじゃ、また、つまらない女に見られるように思えて
私も指でカメラの枠を作って写真を撮る振りをしてみる。
直君は相変わらず、花のところで足を止めてる。
私は、花も嫌いじゃないけど、目の前に動くもの
散歩中の犬とか、池を泳いでる水鳥とか、そういうものに、偽のカメラを向けてしまう。
直君はそんな私にすぐ気付いた。
「動物、好きなんだね」
「うん」
「犬派、ネコ派?」
「ん、犬、かなぁ。猫も好きだけど。直君は?」
「俺も犬かな。カメラ向きのヤツ、多いしね」
「カメラ目線してくれる?」
「うん、自然な動き撮りたいときは困るけど」
その時、ちょうどよく中型犬が通りかかった。
ふさふさの毛をした、黒くてちょっと小太りな犬。
尻尾は短くくるんと丸まっていて、お尻だけグレイがかってる。
そのお尻を左右にぷりぷり動かして歩いてる犬を見て
「ねぇ、あの子の後ろ姿、タヌキっぽくない?」
そう、私が言うと、直君はプッと吹きだした。
「ほんとだ」
優しい笑顔でもなく、嬉しい笑顔でもなく、本当に笑った笑顔。
そして、それと同時に、くっくという初めて聞く笑い声。
直君が笑ってくれたことが嬉しくて、私も笑った。
それから、私はしょっちゅう直君の写真撮影に同行するようになって
どうせだから、私もカメラを買ってみた。
直君のみたいに本格的なカメラじゃないけど、直君を写すのには十分。
だけど、直君は私がカメラを向けると
手で顔を覆ったり、そっぽを向いたり、即真顔になったりする。
「何で撮らせてくれないのー?」
「俺、撮られるの嫌いなの」
「医者の不養生?」
「まぁ、んな感じ」
「んもぅ、一回でいいから撮らせてよー。ほら笑って笑って」
直君は真顔になって、すっすと私に歩み寄ると、私の手をカメラから放し、抑えた。
そして、異様に顔を近づけて聞いてきた。
「何で俺が気に入られる写真撮れるか知ってる?」
いつものドキドキが何百倍にも増えたのを感じながら、私は首を横に振った。
直君はにっと笑って
「魂、取って食ってるから」
瞬時に妄想した憧れのシチュエーションとは裏腹のその言葉。
きょとんとしてる私をよそに直君は
「俺、魂食われたくないしー」
言いながら、元の位置に戻ってく。
私ははっとして
「君になら魂食われてもいいけどね、とか言えないのー?」
本気とも冗談ともとれるように、はっきりと、だけど、鼻にかかったような声で言った。
直君は、それでまた笑った。
直君はほんとによく笑う人で、私はそれが一番撮りたかったから、何度も挑戦した。
だけど、どれも失敗。
その度にさっき言ったような会話を繰り返して
そのうちそれは、二人だけの遊びになっていった。
そんなわけで、明るい日々が過ぎ、夏休みになった。
だからといって、愛する二人が離れられるわけもなく、私は直君と毎日一緒。
夏休み万歳。
デートは相変わらず公園で写真撮影コースが多かったけど
大きい公園は、動物園と繋がってることもあって動物園デートコースもちょっと増えた。
8月下旬、井の頭動物園の帰り。
閉園時間までいて、追い出されるように出てきたから
公園の方を、行きと同じにもう一度、ぐるっと回っていく。
「ここ、サルとかアライグマとか出るんだってね」
「あ、それさっきすれ違った人が言ってたー」
「情報源は一緒だったか」
「何となく動物の名前が出てくると、耳に入っちゃうの」
「らしいね」
「でも、それ、動物園から逃げてきた子だったりして」
「俺もそう思うよ。俺の小学校からのダチがワニの子供、買ってきてさ」
「ワニの赤ちゃんは可愛いもんね」
「うん。一目惚れだったらしいんだけど、あれよあれよと1m近くになって」
「大変」
「餌も生きたヒヨコとか、ハツカネズミとか食うようになって」
「うわぁ、やだなぁ」
「でも、俺がヤツんちに行ったときはいなくてね」
「うん」
「どうしたんだよ、って聞いたら、なんか言いたくない感じだったからやめたけど」
「うん」
「その直後、ほら、俺んちの近くの公園、あの池でワニが目撃されたとかで大騒ぎ」
「怪しい~」
「ってか、確定でしょ」
そんな話をしながら、ちまちましたお店が立ち並ぶ道を下りていったら
ちょっと賑わいがおさまって、今度は閑散とした通りに入った。
「あ」
「ん?」
道路にはみ出た、指輪の写真が描かれている看板に私は近寄った。
後を直君がついてくる。
「ここ」
「ここがどうかしたの?」
「こんなとこにあったんだぁ。ここね、前、テレビに出てたの」
「へぇ」
「オーダーメイドでペアリングとか作ってくれるの」
「ほう」
感度イマイチの直君に、私はとどめを刺す。
「なんかね、指輪の内側に、直筆の文字とか、写真を入れてくれるんだって」
写真。
その言葉に直君の耳が動いた。
意外と分かりやすい。
「入ってみる?」
「見るだけでも大丈夫かな」
ベルを鳴らして入ると、口ひげを生やした40代くらいの店主さんらしき人が出てきた。
私が、テレビで見ました的なことを言うと
店主さんは、顔写真が入ったラブラブなカップルのペアリングをいくつも見せてくれた。
二人で一緒に写ってるものをペアにしているのも
彼氏の指輪には彼女の写真、彼女の指輪には彼氏の写真でペアにしているのもある。
どのカップルもみんな笑顔で指輪に刻まれてる。
「これつけてると、いつも一緒にいる感じになるって評判いただいてるんです」
店主さんの言葉に私はその気になって、何気に直君に水を向けてみた。
「いいね。こういうの」
「うん。みんないい顔してるし」
リングの写真を見る直君の目が柔らかい。
私は聞いてみた。
「一番安くておいくら位するんですか?」
店主さんが答えたその値段に直君と顔を見合わせる。
それは、ちょっとのバイトでも稼げるくらいだった。
店を出ると、直君は開口一番言った。
「あれって、別にプロが撮ってるわけじゃないんだよね」
「ん、指輪の写真の?」
「うん」
「スナップ写真でもいいとか言ってたしね」
「いいな。ああいうの撮れたら」
「うん?」
「俺、人撮るの苦手って言ったでしょ」
「うん」
「なんか、いいのが撮れない気がして」
「どして?」
直君は立ち止まって、頭上にある言葉を探すように上を見上げた。
「人間愛?じゃないけど、そういうのがないとダメな気がするんだよ」
「直君、人間嫌いじゃないでしょ?」
「うん。でも、もっと深い感じでさ」
「何で雑草が好きなの?花壇の花より」
今は関係ない質問のような気もしたけど、なんとなく聞いてみる。
「ん、雑草の方が一生懸命に生きてる感じがするから、かな」
「人間は?」
「もちろん、するよ。すげーなって思う」
「じゃ、大丈夫だよ」
「何が?」
「人間愛、持ってる持ってる」
直君はふっと笑った。
「まぁ、身近な人のだったら、いいのが撮れそうだけど」
続けて
「俺たちも指輪、つくろっか。すげー高いってわけじゃなかったし」
予期しない言葉に、私は何度も頷いた。
「写真は」
直君はそこでちょっと言葉を切ったけど、後は何のためらいもなく言った。
「写真は、美咲が俺のを撮って、俺が美咲のを撮るってどう?」
「いいよ」
直君が私に自分を撮って欲しいと言ってくれたことはもちろん嬉しい。
だけど、それ以上に事件だったのは、直君が私を初めて呼び捨てしたこと。
恋する女の子は、彼氏のことなら、どんな変化も見逃さない。
たとえ、普通に会話を続けていても。
「で」
直君にはまだ提案したいことがあるみたい。
「ん?」
「カメラだけど、俺、美咲の使っていい?」
「いいけど、なんで?」
「普通のカメラでも美咲を可愛く撮る自信があるから」
直君は不適に笑った。
今日はときめき事件がいっぱい。
どうせなら、行動系ときめき事件も加えて欲しい。
もちろん、そんな願望はお首にも出さないけど。
「じゃ、私は、直君のカメラ使っていい?」
「いいけど、これ慣れてないと使いこなせないよ?」
「大丈夫」
「使いこなせなくても俺を格好良く撮る自信があるから?」
「うん。ただシャッター切るだけで、ありえないくらいね」
シンクした私と直君の笑い声が心地いい。
「でも、どれくらいかかるかな。買えるまで」
「んー、もうすぐ学校が始まるから、バイトしたとしても、週2~3時間ってとこか」
「で、時給700円くらいが相場?ってことは・・・」
「3ヶ月くらいじゃない?」
直君は私より計算が早い。
「お小遣いとか入れたらもっと早く買えそうだけど・・・」
「うん、けどね」
けどね。
この3つの音に、お小遣いには頼りたくないよねっていう同意がこもってる。
「作るのにはそんな時間かからないって言ってたし」
「うん」
「できたら、いつでも一緒、だね」
「そんなタイトルのゲームなかった?」
「あったあった。私、持ってたよ。私、ずっと一人じゃ寝付けなくてね」
「うん」
「それで、親が初めて買ってくれたゲームがそれで」
「うん」
「で、横になりながら、やってるうちに疲れて一人で寝れるようになったの」
「それまでは?」
「それまでは、お母さんが子守歌歌ってくれてたな。月の砂漠とか」
「俺、それ好きだったよ」
「アラビアンな感じだよね」
「でも、あれって日本が舞台らしいよ」
「シルクロードだって思いたいのに」
「そう言えば、あの店主、シルクロードが似合いそうだよね」
「うん。魔法の絨毯とか運んでそう。でも」
「ん?」
「どっちかと言うと、ラクダの方に似てる気がする」
直君は、頷く代わりに、くすくす笑った。
バイトは、お互い、自宅の近所のコンビニに決定した。
バイトの曜日だけは、水、金と一緒にするようにして、二人の時間も確保。
抜かりなし。
後は変わらず、写真撮影も順調に進んだ。
私は直君のカメラで直君を撮る。
確かに機能が多くて、どれをどういうときに使えばいいか分からなかったけど
そんなの使わなくても大丈夫。
直君は最初はぎこちなかったけど、そのうち、いつもの笑顔を撮らせるようになった。
こんな素敵な写真、私にしか撮れない。
ある木曜日。
直君は朝一番に言った。
「美咲、ごめん。今日、バイト入った」
「え?」
「なんか今日の担当、風邪引いたとかで、代わり頼まれちゃってさ」
「そかぁ、しょうがないね」
ほんとは、えぇ~って言いたかったけど我慢。
だけど、すぐにいいことを思いついた。
「あ、じゃ、一緒に行っていい?」
「ん、俺のバイト先に?」
「うん。邪魔はしないから」
「いいよ」
直君は席につきかけて、自分の耳を指さしながら
「今日のイヤリング、可愛いじゃん」
それは、かなり昔に、フリマで買ったピンクのドロップ型の石がぶら下がってる物だった。
派手すぎなければ化粧も、おしゃれもokの、緩い校則に感謝。
ということで、私はそのままの服装で直君のバイト先についていった。
専用のエプロンを付けて、はきはきとお客さんに応対する直君。
声色を変える女性にも愛想よくする直君にはちょっと、いらっとしたけど
格好いいのには変わらない。
かといって、ずっと見つめてるのは、暇アピールをしてるようで悪い気がして
私は、レジの目の前にある雑誌コーナーで、少女漫画を立ち読みし始めた。
恋愛ファンタジーにいつの間にか夢中になってると、肩を叩かれた。
てっきり直君かと思って振り返る。
そこには、私と同い年くらいの女の子を連れたアイツがいた。
「やっぱり美咲ちゃんだ。奇遇だね」
二度と見たくなかった顔。
私の最大の汚点。
それでも私は、何でもないように答える。
「久しぶり。ほんと、こんなとこで会うなんてね」
「ああ、ここ大学の帰り道だから」
だーれ、と目で聞く彼女に、彼は言う。
「高校の後輩。悪いけど、ちょっと先行っててくれる?」
彼女が軽く頷いて出ていくと彼は、ひっそりと面白そうに言った。
「今カノに元カノだなんて言えないよね?」
泳いだ視線が直君のものとあう。
最悪。
「にしても、そっちはここで何してるの?家、反対だったよね?」
「人待ち」
普通を心掛けようとしても、つい言葉少なになる。
「ふうん」
彼は辺りを見回した。
今度は、さっきからこっちを気にしてる直君と彼の目があってる。
もういや。
彼は、私が読んでた雑誌に目を移してから、口元をにんまりさせて言った。
しかも、わざと大きな声で呆れたように
「何、まだこんなお子さまのが好きなの」
続けて、直君にも見えるように、あからさまな成人雑誌を渡した。
「興味あるのは、こっちでしょ。もっと勉強しなきゃ彼氏に相手、されないよ?」
頭が熱くなる。
身に覚えがないわけじゃなくて、だから余計に恥ずかしくて。
うつむき加減で何も言えずにいると、彼の背後から成人雑誌が元の場所に戻された。
「お客さん、この子は18歳未満なんです。からかわないであげて下さい」
顔を上げると、直君が微笑んでる。
元カレはちょっとむっとした顔をしてから
「失礼しやしたね」
私におどけて、出ていった。
帰りは、直君が駅まで送ってくれたわけだけど、空気が違った。
直君、一言も喋らない。
今までもこんな時があったかも知れない。
直君といるだけで満足だから、特に気にしてなかっただけかも知れない。
そうも思ってはみたけど、やっぱり違う。
「おつかれさま」
「うん」
「疲れた?」
「うん」
「だんだん、暗くなるの早くなってきたね」
「うん」
何を聞いても、返事はうん、だけ。
私も特に大したことを言ったわけじゃないから、それしか言いようがないのかも知れない。
だけど。
「明日のバイトはどうなるの?」
「うん」
疑問符を付けてもこの返事。
私は直君の顔色をうかがった。
妬いてくれてるなら嬉しい。
でも、直君はそんな様子もなく、何か考え込んでる風もなかった。
どちらかというと、私が話し出すのを待ってるみたい。
無言の圧力に耐えかねて、私は口を開いた。
「あのね」
「ん?」
直君がこっちを見た。
「今日のあの」
あの、なんだろう。
あの元カレ、ではなんか変な感じだし、言いたくない。
本音は、アイツ、と言いたいところだけど、それじゃ口が悪い。
代名詞の選択から困っていると
「先輩?」
「うん、それ」
「うん」
「去年、付き合ってた人なの」
「うん」
「っていっても、3週間くらいだけど」
「そか」
これくらいまでは普通に話せる。
今時、13歳で初カレを作ってる子だっているんだから。
だけど、その後は。
私は一呼吸おいて
「いい人、には見えなかったでしょ?」
「うん」
今度はちゃんとした、うん。
「美咲が選んだ人には見えなかったね」
その口調は、深刻なものでもなく、愛想を尽かしたものでもなかった。
それは、ただの昔話に対しての軽い相づち。
私はちょっと話しやすくなって、ぽつぽつと続きを話し始めた。
先輩は黒髪メガネ男子で、モテる先輩ナンバー1で女子の間で有名だった。
そんな先輩が私に話しかけてきたのは、入学してから2ヶ月後。
まだ学校には慣れてなかった私でも、先輩のことは知ってたから、正直、何でって感じ。
女の子なんて、いっぱいいるはずなのに。
そういうわけで最初は警戒してたのだけど、先輩は、私を見かけると親しげに声をかけた。
親しくなるまでは年上とは敬語を使う。
これが常識だった私は、初めからタメ口で親しげにしてくる先輩に錯覚を覚えた。
この先輩と私は昔から親しいんだっていう錯覚。
それに先輩は、よく気付く人にも見えた。
一緒にファミレスに入って、お水のお代わりが欲しいのが言い出せない私を察すると
さりげなくウェイトレスさんを呼んでくれた。
そんなこんなで私はまもなく先輩に告白。
もうちょっと様子見した方がいいんじゃないっていう香奈の警告を無視して。
最初の2週間はよかった。
思った通り、先輩はさりげない優しさを見せる人で
先輩って響きも青春っぽくて、私は恋に酔った。
その夢が脆くも崩れ去ったのは、3週間目のあの日。
私と先輩は一緒に帰りの電車に乗っていた。
ここまではいつも通り。
違ったのは、いつもは降りない駅で、先輩が私の手を引っ張り降ろしたこと。
「どこ行くの?」
聞く私に先輩は甘い声で
「ついておいで」
言われたとおり後をついていくと繁華街に入っていった。
先輩が足をとめたのはラブホ。
「ここ、安いんだよね」
びっくりして足が動かなくなってる私を気遣う様子もなく、先輩は私の手を引っ張る。
もちろん、そういうことに興味がないわけじゃない。
思春期を迎えたカップルが、こういうとこに来るのは自然なのかも知れない。
だけど、だって、まだキスもしてない。
先輩に連れられて恐る恐る入った部屋は、最小限の物しか置かれてなかった。
ドアのところで立ち止まった私に先輩は、早く、と急かす。
それでも動かない私に先輩は業を煮やして、私を強く引っ張るとベッドに倒した。
服を脱がされながらのファーストキス。
ムードもへったくれもなかった。
引っ張られた腕が痛くて、悲しかった。
私が必死にもがいてると、先輩がうっと唸って力を弱める。
どうやら、ばたつかせた足が先輩の急所に当たったみたい。
その隙に私は逃げるように部屋を出た。
乱れた服装で受付の前を通るのはやだったけど、そんなの気にしてられない。
家に着いた後は放心状態。
だけど、翌朝になると、以前の先輩の姿が頭に浮かんだ。
そう、昨日のはきっと間違い。
何の間違いだか分からないけど、とにかく間違い。
私は早く先輩に会いたくて、いつもより1時間も早く学校に着いた。
そして忘れもしないあの会話。
私は校門で先輩を見つけるやいなや走り寄った。
「先輩、昨日はごめんなさい。ちょっとびっくりして、あの・・・」
私の予想では、先輩はこう答えるはずだった。
「ごめん。俺も焦りすぎたよ」
とかなんとか。
なのに。
「俺、ブリッ子って嫌いなんだよね」
続けて
「悪いけど、やらせてくれない女はいらないよ」
あまりにも爽やかな口調で言うから、先輩が姿を消すまでその意味が飲み込めなかった。
「こうして木村美咲は男性不信になりましたとさ。めでたし、めでたし」
直君はあれからじっとこの話を聞いているから、終わりというマークを付けるため
私はそう締めくくった。
気付くと、私たちは駅の改札に来ていた。
ラッシュで、人の波がすごい。
とりあえず、それをやり過ごすため、比較的あいてる精算機のコーナーに移動。
そこでやっと直君は口を開いた。
「やっぱり直接聞くと生々しいもんだね」
「え?」
「大体のあらましは翔から聞いてたから」
なぜ翔君。
私が不思議に思ったのを察してか、直君は言い直した。
「正確には、香奈ちゃんの話を聞いた翔から」
ああ。
「なんて?」
「悪い男に騙されてホテルに連れ込まれそうになってから男性不信になったらしいって」
「そか」
「無事だったんだし、美咲の最初の方の冷たい態度はいきすぎだな、とは思ってたけど」
「ごめん」
「いや、連れ込まれそうになった、どころじゃなかったんだね」
沈黙が流れる。
悔しい。
1年前のあのほんの3週間が、ほんとに大好きな人との日々を傷つけてる。
悔しい。
うつむいた私の目の下に、ほっそりした、温かい直君の指があてられた。
「怖いの、思い出しちゃった?」
言われて、自分が泣いてるのに気付いた。
気付かなければ平常心を取り戻せたかも知れないのに、もう止まらなかった。
「違うの。自分が悔しいの」
「どうして?」
「私、浅はかで軽くて」
しゃっくりしながら言うもんだから、呂律も回らず舌を噛む。
「だって、本気で好きだったんでしょ?」
「直君、直君ほどじゃない」
「美咲は悪くないよ」
その一言で、せめてこれだけは抑えようと思ってた泣き声が爆発した。
みんなが振り返るのが分かる。
直君は私を抱き寄せた。
「俺、美咲のこと軽いとは思ってないし、別にやじゃないよ、美咲の過去」
それから
「もし、万が一、美咲がアイツから逃げ切れなかったとしても、俺、美咲と一緒にいるよ」
直君は、私が落ち着くまでそうしてくれていた。
数十分後、我に返った私が真っ先に心配したのは化粧崩れだった。
自分でも意外なほど現実的。
私はさっきとは違う理由でうつむき加減に言った。
「そろそろ帰るね。今日はありがとう」
私が行こうとすると、直君が私の腕を引っ張った。
そしてちょっとだけ長めのキス。
乾ききってない涙と鼻水が口に入ってしょっぱい。
顔を離して直君を見上げると、直君はにこっと笑って言った。
「浄化」
セカンドキスという言葉があるなら、直君とのはそう。
だけど、それは私にとって紛れもなくファーストキスだった。
香奈と翔君とは違って、私と直君は、人前ではそれ相応の距離をとってるつもりなのに
あのことがあってから、香奈にまで
「あんたら見てると、こっちが恥ずかしくなるわ」
と言われるようになっていった。
バイトも順調で、指輪の値段に手が届くまで後ちょっと。
そんなある日のデート。
いつも公園ばかりじゃ味気ないからって散歩することになった。
秋も深まって、風が吹くとなかなか冷える。
きれいに咲いてる花だって少ない。
それでも直君は、写真を撮っていく。
きれいな花から、しおれかかった花まで。
しおれかかった花を撮ってるのはちょっと前から見てたから、質問してみる。
「しおれてる花って絵にならないよね?」
「俺は好きだよ。お疲れさまって感じで、愛しくなる」
愛しいだなんてクサいセリフ、本でしか聞いたことない。
でも、それをなんの気負いもなく、すらすらっと言えちゃうのが直君。
なんだか可笑しくて、幸せで、ふふっと笑った私に直君が、何?の眼差しを向ける。
私はそれを誤魔化すために話を変えた。
だけど、それはずっと聞いてみたかったことでもあった。
「ね」
「ん?」
「どうして私と付き合おうと思ったの?」
「親友の恋人が香奈ちゃんで、その親友だから、悪い子じゃないんだろなって」
簡潔。
「それに、翔を通しての香奈ちゃんの推薦具合が真剣だったし」
私の知らないところで香奈が活躍しまくり。
感謝します。
「じゃ、私を好きになったのはどうして?」
ここ最重要。
「私のどこが好き?」って言ってるのと同じなんだから。
それなのに直君は、目だけで笑って済ませた。
消化不良のまま、私と直君は道路に面した小さな鳥居の前を通りかかった。
鳥居の前にはお地蔵さんがいる。
隣は普通のビルがずっと続いてて、そこだけ時代が違うみたい。
「このスポット面白いね」
「うん、写真、とろっか」
「うん」
直君は私の安っぽいカメラを受け取ると
「じゃ、美咲、そのお地蔵さんの横に立って」
「ok」
私は言われたとおり、お地蔵さんの横に立った。
シャッターがなかなか下りない。
「んー、微妙にビル街が入らない」
直君はじりじりと道路の方に下がっていく。
「お、ここだ、じゃ、いくよ、美咲、可愛く笑って」
「何、それ」
直君の笑顔につられて私も笑ったその時だった。
直君が私の視界から消えた。
代わりに視界に入ってきたのは、ワンボックスカー。
ワンボックスカーの進路方向に目をスライドさせると直君が倒れてた。
ちょっとした軽い事故。
私が行ったら、直君は苦笑しながら起きあがるはず。
そう信じて、私は駆け寄り、直君の顔を覗いた。
口元には先ほどの笑みが残ってる。
だけど、その目はあらぬ方向を見ていた。
即死だった。