第6話 過去世からの贈り物
しばらくして、私は奇妙な「夢」から目覚めた。ゆっくりと開けた私の瞳に、薄暗い王宮資料室の景色が映り込む。
──今の夢って……。
私は上半身をゆっくりと起こす。すると、瞳から零れた涙が、頬をツーっと伝っていった。
──あれは『夢』じゃない。私の過去世の記憶だ。異世界の「経理部」という組織で働いていた「園田詩織」としての記憶……。不摂生が原因で、若くして命を失ってしまった私の情けない人生……。
私は目から零れた涙を指で拭う。
──お父様、お母様……。私はかつて遠い異世界で、お二人を置いて早世してしまったのですね……。だから、今度は私が、お二人に置いて行かれる番なのでしょうか……。
私は、片方の手をもう一方の手で包み込むようにして握り、両目を閉じて、その握った手を胸に押し当てた。
──今回のやり直しの人生でも、お父様とお母様は既にいない……。私には、お二人と共に人生を過ごす資格はないのでしょうか……。それとも、私には罰が足りないのでしょうか……。
私はゆっくりと目を開く。しかし、当然ながら、私の前に私の問いに答えてくれる両親はいない。
──これもまた、王国を滅ぼした私が背負う、因果応報の結果なのかな……。
私は心の中で発した「因果応報」という言葉で、ハッと気付いた。
──もしかして、私はやり直すためじゃなくて、また処刑されるために生まれ変わったの? 私の命令で死に追いやられた前世の民衆の恨みが、私に二度目の女王としての人生を与えたのだとしたら……。一度、首を斬って躯を灰にしたぐらいでは、私を許さないと……。またお前を処刑してやると……。
私は現状を勝手にそう解釈して、深く落ち込んだ。
──多くの人々を苦しめた「無自覚の罪」がこんなにも重いなんて……。
俯いた私の目から、ポタッポタッと涙が落ちる。すると、木製の机に、私の涙が染み込むように広がった。私は罪悪感に苛まれながら、ボーッとしつつ、その涙に人差し指を当てる。
──今度こそ人生を変えようと思ったのに……。戴冠式で王国や民衆を守ると誓ったのに、私には財政資料すら読めない……。それに、私には誰も味方がいない……。
私は財政資料の表紙にそっと手を置いた後、「国の一般会計・特別会計」という文字列を指でなぞりつつ、軽く溜息を吐いた。
──やっぱり馬鹿な私じゃ、二度目の人生も変えることはできないそうにないみたい……。
私がそう思った瞬間、目の前がパチッと輝くと共に、身体の中に温かい何かが流れ込んだ。
──えっ?
その何かは、私の王族としての記憶に「園田詩織」の知識を物凄い勢いで重ねていく。園田詩織の人生を全てハッキリと思い出すことはできないが、過去世で得たものがどんどん私に融合されていくのが分かった。
しばらくして、身体の中をかき混ぜるように動いていた何かが、スッと抜け出した。
「……今のは何?」
私は自分の手の平をじっと見つめた。しかし、肉体には何の変化もない。
私は不思議に思いつつ、再び手元の財政資料に視線を移す。すると、その資料が、私が過去に何度も読んだことがあるもののように思えてきた。
──どういうこと? 今ならこの資料を読める気がする。
私は半信半疑で、ゆっくりと「国の一般会計・特別会計」の資料を一ページずつ捲っていく。
──読める……。過去世の『私』の知識で、資料に書いてある数字の意味が分かる……。
私は貪るようにして必死に資料のページを捲っていった。
王国の財政資料は、過去世のものに比べたらずっと簡単だった。園田詩織の過去世でいえば、小さな店舗レベルの資料と言ってもいい。
資料の表は稚拙なものばかりだったが、過去世の資料と同様に、貸借対照表の後に、業務費用計算書や資産・負債差額増減計算書などが続いていた。そして、そこから分かる王国の財政状況に、私は目を丸くした。
──なんてことなの……。これが本当の財政状況だとしたら、王国は既に破綻してるじゃない……。
私は眉間に皺を寄せて片手で頭を押さえながら、貸借対照表に戻る。
──これ、本当に正しい数字なの? 「公債」って、この世界の商人への借金よね? こんな高額な借金、前世の女王の時には聞いたことがない……。事実確認のために国王向けの説明資料と比べないと。
私は急いで椅子から立ち上がって、執務室から持ってきた国王向け財政資料を机の上に並べた。そして、机の横に立ったまま、二つの資料を開いて、その数字を比較する。
──なにこれ……。国王向けの資料は数字が全然違う。お父様に報告されていた数字は「黒字」。「国の一般会計・特別会計」での計算結果は「赤字」。……どうやったら、こんなに数字の差を作れるの?
私は国王向けの資料を急いで捲っていった。国王向けの資料は報告と承認に特化しているため、ページ数も少なく、全体的に簡易な記載だ。
私は収支が記載されたページで手を止めた。そして、国王向けと財政資料を見比べる。
──前世では全く気が付かなかったけど、ページをまたぐと数字が合わない……。「国の一般会計・特別会計」の数字とも違う。もしかして、国王向けの資料は一般会計だけの数字? そんなことあるの? それとも、お父様も上級貴族に騙されていた?
私は机に両手を突いて、「う~ん」と唸った。
──だけど、前世のウェルズリー伯の話からすると、叔父様が横領を始めたのは、私が女王になってからみたいだし、聡明なお父様が官吏に騙されていたとは思えないけど……。
目の前の信用できない数字の羅列に、私の心が全く落ち着かない。これが私が処刑された理由なのだと思うと、怒りとも戸惑いとも言える思いが私の心を支配した。
──もうダメ、限界。ちょっと頭を冷やして、情報を整理しないと……。
私は、資料室の出入口付近に控えていた侍女を大声で呼んだ。
「ねぇ! ちょっと、こっちに来てくれない? お願いしたいことがあって!」
「はっ……はいっ!! ただいま参りますっ!!」
侍女が慌てて、私のところに駆け寄ってくる。
その侍女は、前世の王女・女王時代に良く見た顔だが、今さらながら、私は彼女の名前を知らないことに気付いた。まだ見習いらしき雰囲気で童顔のためか、駆け寄ってくる姿が子供のように可愛い。
私は軽く笑みを浮かべて、彼女を見た。
「あなたのお名前は?」
「エリーでございます。何なりとお申し付けください」
エリーは両手をお腹の前に重ねて、丁寧にお辞儀をする。しっかりと侍女教育がなされているようだ。私はそんなエリーに感心しつつ、声を掛けた。
「エリー、顔を上げて。急に大声で呼び付けちゃってごめんね」
「えっ……?」
エリーは私の言葉を聞いた途端、顔を上げて目を丸くする。私はそれを不思議に思いつつも、そのままエリーにお願い事を伝えた。
「悪いけれど、私にお茶を用意してくれるかな? 色々な資料を見ていたら疲れてしまって……」
「かっ……かしこまりました」
エリーは怪訝な表情を浮かべたまま、部屋を駆け足で出て給湯室に向かった。




