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【完結】「補助金申請は領収書付きでお願いします!」 ~ 死に戻り転生女王は「領収書」で国家再建を目指す ~  作者: 白うさぎの子


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第5話 私の中にあるもう一つの記憶

「園田さん、ソリューション技術部の交通費精算の領収書はどこにある?」


 ──えっ?


 『私』は王宮資料室のようなところにいた。書類が入れられた沢山の箱が、金属製の棚の上に置かれている。しかも、その書類の紙は、王国では見たこともない真っ白で上質なものだ。


 ──今、話し掛けられたのって私かしら? ここって、どこ? 天井の一部が棒状に光っていて凄く明るいけど、あの熱くない光は何?


 私が頭で考えていることとは関係なく、『私』は棚に並んだ箱のうち、「ソリューション技術部」とラベルが貼られたものを指差す。そして、胸に垂れ付きリボンがある奇妙な服を着た三十代ぐらいの女性に答えた。


「ソリューション技術部の領収書は、こちらの箱に入っています」


 すると、目の前の女性が、手に持つ書類をパラパラをめくりながら、続けて私に質問を投げ掛けてきた。


「この帳簿と突き合わせ作業をしないといけないんだけど、いつ、どこの誰が経費請求をしたか分かる?」


 もう一人の『私』はコクリと(うなず)いた。


「はい。ポケットファイルに月別のタグを付けてありますので、経費精算日をもとに、その月のポケットファイルから取り出せます。それから、領収書の数が多い部署は、四半期毎にいくつかの箱に細分化してあります。帳簿に合わせて準備しますので言ってください」


 私が棚から箱を一つ下ろして中身を見せると、目の前の女性が輝くような笑みを浮かべた。


「わぁっ! さすが、園田さん! 凄く分かりやすいわね! 優秀な若い同僚を持つと、仕事の効率が上がるわ~!」


 その言葉に、私の胸に今まで感じたことがない嬉しさがこみあげてきた。


 ──あれ? 『私』、この人の言葉に喜んでるの?


 『私』は徐々に熱を帯びてきた(ほお)を隠すように、少し(うつむ)いた。


「いえ、とんでもないです。……でも、小林先輩にそんな風に言っていただけると嬉しいです。やる気が出ます」


 『私』は顔を上げると、「小林先輩」という女性の顔を見てニコッと微笑(ほほえ)んだ。


    ◇ ◇ ◇


 ──ここは異世界みたいだけど、私の「過去世」の記憶の中なのかしら?


 「過去世」などという、あるかどうかも疑わしい概念が私の胸に自然と浮かんでくる。しかし、すぐに、この場面は私が女王として処刑される一つ前の過去世であり、私の名前が「園田詩織(しおり)」なのだと分かった。


 ──異世界の存在なんて信じられない……。だけど、私自身が処刑されてから生まれ変わったことを考えると、多分、これもあり得る事実なのよね……。


 私は、自分の意思と関係なく動く身体(からだ)の五感だけを感じながら、じっと周りを観察する。


 視線を思い通りに動かすことはできないが、目に入ってくる光景や話している内容から考えると、私はどこか大きな組織の財務を管理する部署にいるようだ。地位は女王のように高くはなく、むしろ低い。おそらく、ローゼンハイム王国でいうところの平民なのだろう。


 私が「バインダー」というものに挟まれた帳簿を確認しながら、多くの書類が入った箱を棚から床に下ろしていると、小林先輩も同じように書類の箱を床に下ろしながら、私に話し掛けてきた。


「園田さんは謙虚で真面目だし、本当にいい子ね~。今、何歳なの?」


「えっと、27歳です」


「わぁ~、一番いい時だね。今の時代、こういうことを言うのはハラスメントでダメなんだろうけど、園田さんは良いお嫁さんになると思うよ~。私みたいに行き遅れないようにね」


 私は作業をしたまま小林先輩には視線を向けず、眉尻(まゆじり)を下げて苦笑した。


「先輩、本気で言ってます? 私、この会社では無愛想で有名な女ですよ? 私のあだ名は『氷の女』です。……彼氏もいませんし、結婚できるかどうか分かりません」


 私の言葉に、小林先輩の動きが止まる。そして、ゆっくりと私の方に顔を向けた。


「まさか……」


「はい、そのまさかです。男性社員からの評判は私にも聞こえてきます。女性社員がトイレで私の悪口を言っているのも知っています。私は『ブスで性格の悪い女』だそうです」


 私は棚から箱を下ろしながら、それが何でもないことのように話す。しかし、小林先輩はばつが悪そうに「あちゃ~」と小声で言いながら、私をフォローするように口を開いた。


「まぁ、経理部の担当者って損よね。社員にガミガミ言う役回りだから、どうしても色んな人に嫌われちゃう。……でもね、園田さんは噂とは全然違うと思う。私はちゃんと見てるよ」


 私は棚から箱を下ろす手を止めると、頬を赤くして(うつむ)く。そして、小さく「ありがとうございます」とだけ答えた。


 それからしばらくの間、私達は無言で作業を続けた。


 手元の帳簿を見ながら、それに対応する書類が入った箱を床に下して、帳簿と紐付(ひもづ)けるために手書きのラベルを貼っていく。


 その作業を始めてから約一時間半ほど経過した時、私の横から、小林先輩の「はぁ~」っという大きな溜息と共に、箱をバンッと叩く大きな音が聞こえた。


「もうっ! やってらんない! なんで、うちの会社、電子化してないのよっ!!」


 私が小林先輩に視線を向けると、彼女は棚の上に置かれた目の前の箱を両手でバンバンと叩いている。


「九月末のこの忙しい時期に内部監査とかありえない! そりゃまあ、こういう多忙な時期に社員の不正は起きるんだろうけど、もう少しこっちの事情を考えて欲しい! ここ最近、私、帰ってすぐ寝るだけの生活だよ! (うるお)いが全く無いよ!」


 どうやら『私』は「内部監査」というイベントのために作業しているようだ。しかも、多忙な時期に重なっているようで、『私』の五感を通じて、私の身体に疲労が溜まっているのが分かった。


 私は小林先輩の言葉に(うなず)く。


「そうですね……。昼間は上半期の締めがあって他の事をしている余裕はありませんから、監査の準備はどうしても夜の残業になっちゃいます。それに、他部署の社員の手前、事務室で不正の疑いがある案件を話すわけにもいきませんしね……」


「そう! そうなのよ! この悩みは経理部の人間にしか分からないよね!」


 私は小林先輩の愚痴を聞きつつ、ラベルを貼り付け終わった箱を監査用の大会議室に運ぶ。


「この書類だってさ、監査では細かく見るわけじゃないと思うのよ。どうせ、『そこに入ってるなら良し』って感じでしょ。この作業はどうせ無駄なのよ。無駄、無駄、無駄!」


 小林先輩の怒りはなかなか収まらないが、経理部内で役割分担した業務を放棄するわけにはいかない。私達は倉庫と大会議室を何度か往復して、監査に必要な書類の箱を運んでいく。


 そして、最も数が多い「営業部」の箱を大会議室に運び終えた時、小林先輩が神妙な表情を私に向けた。


「……ねぇ、園田さん。うちの営業部の経費、どう思う?」


 私はその発言の意図が分からず、首を(かし)げた。


「何か問題でもあるんですか?」


 小林先輩は、会議室の机の端にお尻を乗せて座ると、手を(あご)に当てて考える仕草をした。


「あそこの桐谷部長、営業部員と頻繁に接待に行ってるでしょ?」


「言われてみれば、夕方になると、営業部の人は一斉にいなくなることが多いですね」


「そう。でも、その割に会社に対する経費精算が少ない。……だから、なんとなく『裏金』を作ってる気がするのよね」


 小林先輩の思ってもみない言葉に、過去世の『私』は思わず目を大きく見開いて彼女を見た。


「……どうして、そう思われるんですか?」


 小林先輩は自分が持ってきた営業部の箱から、ある会社との取引がまとめられたファイルを取り出す。


「この会社からの請求書と領収書を見て」


 私は、小林先輩がファイルから取り出して会議室の机の上に置いた一組の請求書と領収書を見た。いずれも保存のために電子書類から紙にプリントアウトされたもので、準委任契約に関する書類だった。


「これは私が経費処理した案件ですね。営業支援で来ているパートナーさんの準委任契約の書類ですよね?」


「うん、そう。営業部に来てる若い男性の書類よ」


「事前に見積書と検収書類、請求書を確認しましたけれども、特に問題はありませんでした。ですので、普通に経費処理しましたけれども、ダメだったのでしょうか?」


 すると、小林先輩が首を左右に振る。


「ううん、大丈夫よ。この一連の書類は全く問題ないわ」


 私は思わず目を丸くして小林先輩を見た。


「えっ? 問題ないのですか? じゃあ、私が処理したこの書類の一体何が問題なのですか?」


 私の責めるような口調に、小林先輩は思わずたじろいだ。「氷の女」である私の悪い癖が出てしまったようで、小林先輩を見つめる視線も鋭くなっていたかもしれない。


「ごめん、ごめん。えっとね、ここから先は私の想像なんだけど、この書類は『問題ないように見せかけている書類』だと思うの」


 小林先輩は人差し指を軽く振って、説明を続けた。


「この請求金額を見て。要員一人の契約金額にしては少し高いと思わない?」


 私は請求書を見る。小林先輩が指摘した通り、その金額は一人月(一人が一ヵ月働いた時の労働量)の費用としては、やや高いものに見えた。


「確かに技術エンジニアの相場と比べると、営業支援の要員にしては少し高めに感じますね……」


 すると、小林先輩がコクリと頷く。


「園田さんは、あの若いパートナーの男性が営業部で何の仕事をしてるか知ってる?」


 私は首を左右に振る。すると、小林先輩が私の耳元に口を近づけて、声をひそめながら答えた。


「……社内で、顧客に出す見積書の作成だけしかしてないって話よ。しかも、間違いが多いって噂」(小声)


「えっ!? そんな新人みたいな仕事しかしてないんですか!?」


 私はつい大声で叫んでしまい、慌てて口を押さえた。


「……でしょ?」


 小林先輩は私の耳元から離れて苦笑する。


「でもね、小売価格のある製品の売買と違って、私達には要員単価の妥当性を判断できない」


 小林先輩はそう言うと、請求書に視線を落とした。


「費用の比較対象が少なくて適正価格が分からないから、法外な金額じゃない限り、監査に引っ掛かることはないわ。人間の価値は、金額では測れない部分が大きい。営業部が『彼は営業支援者として価値がある』って納得して検収をちゃんと終わらせてるなら、文句は言えないのよね」


「そうですね……」


 私も請求書に視線を落とす。


「……営業部の裏金は、この盲点を突いた手法だと思う。委託先と共謀して、事前に要員単価を高めに設定した後、何重にも再委託をして、一番下の下請けにマージン分をストックさせてるんじゃないかな。……まぁ、これは一昔前に私が別の会社の友人から聞いた手法だから、今は違うかもしれないけど」


 私は小林先輩の説明に言葉を失った。初めて聞いたその話に、私は驚きを隠せない。


「……そんな裏金を作って、一体何に使うんでしょうか?」


 私のその質問に、小林先輩は一瞬驚いた表情を浮かべた後、すぐに苦笑いした。


「園田さん。さすがにそれは想像できるでしょ? ……顧客の接待とか営業部の連中で使うんだから、会社に経費請求できないような、エッチなお姉さんがいる怪しいお店に行くに決まってるじゃない」


「あっ……」


 顔を真っ赤にする私に対し、小林先輩は軽く溜息を()く。


「……まぁ、私達はそれを告発できるような証拠を持っていないし、それを調査する義務もないんだけどね。ましてや、これは私の勝手な想像だから、本当は裏金も存在していないかもしれない」


 小林先輩はそう言いながら、監査用の大会議室を出て、再び倉庫に戻っていく。


 私がその後を追い掛けていくと、彼女は私の方を振り返ることなく、前を向いたまま口を開いた。


「……凄く(しゃく)だけど、問題ない書類なら私達は普通に経費処理するしかない。でも、もし仮に、私達の給料の何倍も『裏金』があって、一部の偉い人達がそのお金で遊び歩いているんだとしたら、世の中は本当に汚くて理不尽だなって思う」


 悔しそうに話す彼女の言葉に、私は前世の民衆の怒りを見たような気がした。


    ◇ ◇ ◇


 ガシャッ!!


 倉庫から持ってきた箱を会議室の机に置く際、私は目眩(めまい)を感じて手を滑らせてしまった。箱が机から落ちて、書類が床に盛大にぶちまけられる。


「園田さん、大丈夫?」


 机に手をついて目眩(めまい)を耐える私に、小林先輩が駆け寄ってきた。


「……すみません。書類が入った箱を落としてしまいました」


 小林先輩は床に落ちた書類を拾いながら、私を見上げて微笑(ほほえ)む。


「いいの、いいの。気にしないで。毎日夜遅くまで残業してるから、疲れが溜まってるよね」


 私は机に置いた手で身体を支えながら、もう一方の手を(ひたい)に当てて目眩(めまい)が収まるのを待つが、なかなか症状が引かない。しかも、強い肩凝りと胸やけがする。息遣いもどこか荒い。


 小林先輩は書類を拾い終わると、箱を机の上に戻しながら私に声を掛けた。


「園田さん、少し椅子に座った方がいいよ。ほら、ここに腰かけて」


 私は小林先輩に身体を支えられながら、ゆっくりと移動してパイプ椅子に座る。


 目を閉じたまま、両(ひじ)を机の上について頭を支えるようにしていると、目眩(めまい)が徐々に収まってきた。胸やけも少しずつ軽減していく。


 私は目をゆっくりと開くと、小林先輩に視線を向けた。


「……突然すみませんでした。もう大丈夫です」


 私が無理やり笑顔を作ると、小林先輩が私の顔をじっと見つめてきた。


「……ねぇ、園田さん。大丈夫じゃないでしょ? ちゃんとご飯食べてる?」


 その問い掛けに、私は思わず視線を()らした。


「え~っと……、一応、それなりに食べていると思います」


 私の曖昧(あいまい)な返事に、小林先輩は私の視線の先に移動した。


「ホントに? 園田さんは、毎日家で何を食べてるの?」


 私は再び視線を外して(うつむ)く。


「……カップラーメンです」


「はぁっ!?」


 小林先輩の予想通りの反応に、私は頬を赤くしてさらに深く俯いた。


「なにそれ!? 若い女の子の生活としてはダメダメじゃん!!」


 私は深く俯いたまま、小林先輩に言い訳するように答える。


「その……、一人でネットとかゲームをして夜遅くまで起きていると、食事を簡単に済ませる(くせ)がついてしまっていて……。それに、どちらかと言うと、食事よりもお酒の方をよく飲んでいて……」


「お酒っ!? 園田さんって、お酒好きだったの!?」


「いえ……。実は、社会人になってから全然眠れなくて……。睡眠薬代わりに、つい何杯も……」


 小林先輩は軽く溜息を()いた。


「……正直なところ、真面目な園田さんがそんな(ひど)い生活をしてるなんて意外だった。夜更かししてゲームしてるなんて、園田さんもやっぱり若い子なのね」


 不規則な私生活を指摘されてしょげる私の肩に、小林先輩が優しく手を乗せた。


「ねぇ、折角だから、ちょっと休憩しない? もう夜の10時だし、少しぐらい休んでもいいでしょ」


 私は小林先輩の提案に、ゆっくりと顔を上げて微笑(ほほえ)む。


「……そうですね。内部監査のメンバーが来るのは明後日(あさって)ですし、事務室で残業してる経理部の皆さんを誘って、休憩室で軽くお茶しましょうか?」


「うん、そうしよう! 私、家からこっそり持ってきたイチゴ抹茶大福を食べる!」


 私をフォローするためか、小林先輩が子供のような笑みを浮かべた。それを受けて、私も軽く笑う。


「ふふっ、さすが小林先輩。もし良かったら、貧しい食生活の私に、一つ分けてくださいますか?」


「大福だけに、(もち)のろんろん!」(もちろん!)


 私は電話で事務室の皆に休憩することを連絡した後、小林先輩と会議室を出た。彼女と話をしながら、休憩室に向かって真っ直ぐな廊下を歩いていく。


 そして、廊下をしばらく進んで、突当りの角を曲がった時、私は目の前の光景に足を止めた。


「えっ……」


 廊下の途中から先が、真っ暗な闇に包まれている。私が目を丸くして立ち止まっていると、小林先輩が私の方を振り返った。

 

「園田さん? 急に立ち止まっちゃって、どうしたの?」


 私は口を開いて小林先輩の問い掛けに答えようとするが、声が出せない。何度口を開いても息が出るだけで、思っていることを彼女に伝えることができなかった。


 次第に、私の視界が闇に包まれていく。呼吸がどんどんと荒くなり、私はその場に立っていられず、廊下の壁に手をついて、崩れるように床に座り込んだ。


「えっ、ちょっと!! 園田さん、どうしたの!? しっかりしてっ!!」


 私は座ることすらも(つら)くなり、冷たい廊下に横になった。そして、胸が締め付けられるような急激な痛みに、私は顔を(しか)めながら、手を胸に当てて(うめ)く。


「……っ、ぅぅっ……!」 


 私の(ひたい)には、瞬時にびっしりと玉のような汗が噴き出してきた。


 小林先輩が私に急いで駆け寄って、私の顔を覗き込む。


「大変っ!! もの凄く顔色が悪い!! 園田さん、胸が痛むの!? 息はできる!?」


「……ぅぅっ!」


「もしかすると、急性心不全かも!! 急いでAEDを持ってくるね!! 救急車も呼ぶから待ってて!!」


 小林先輩はスマホを取り出して119番通報すると、叫ぶように電話で話をしながら、駆け足でエレベータホールにAEDを取りに向かった。


 ──私、このまま死ぬのかな……。


 遠のいていく『私』の意識の中、その脳裏に、遠く離れた実家にいる両親の顔が浮かんだ。


 ──お父さん、お母さん……。


 『私』は、幻の中で、優しく微笑(ほほえ)む両親の顔を見つめる。すると、その顔が一瞬、事故で亡くなった国王と王妃の顔に重なった。


 『私』の目から涙がどんどん(あふ)れてくる。


 ──私は自分の不摂生(ふせっせい)が原因で死んじゃうのかな……。簿記試験に受かった時も、就職する時も、お父さんとお母さんはあんなに喜んでくれたのに……。二人よりも先に死んじゃってごめんなさい……。本当にごめんなさい……。


 『私』は横向きに寝たまま、定期的に廊下に胃液を吐いて咳込(せきこ)む。何も食べていないのに、胃から何かがせり上がってくる感覚が止まらない。加えて、嘔吐する度に胸に激痛が走り、呼吸するのが徐々に(つら)くなっていった。


 しばらくして、呼吸が止まって意識が朦朧(もうろう)としている私の耳に、廊下を走る何人もの靴音が近付いてきた。


「園田さんっ!! しっかりして!!」


 小林先輩が叫びながら、私の頬を何度も叩く。しかし、私はもう、その声に反応することができない。小林先輩は、私の手首や首元に指を当てて脈を取った。


「園田さんの脈が取れない!! ここでAEDを使うから、みんな、手伝って!!」


 小林先輩の指示で、経理部の女性達が上着を脱いで、他者の視線から私を隠すように目隠しを作った。


 その中心で、小林先輩が泣きながら、私のブラウスを(やぶ)くようにして脱がせる。そして、AEDを起動して、機械から伸ばしたパッドを私の素肌に貼り付けた。


 AEDが私の診断を開始して間もなく、電気ショックが必要な旨のガイダンスを発した。


「みんなっ、園田さんを上着で隠しつつ少し離れてっ!! あと、野次馬はこっち見ないでっ!!」


 AEDで電気ショックが与えられると同時に、私の身体がビクンと飛び跳ねるように動く。しかし、心臓は正常な鼓動を取り戻さない。


 ──小林先輩、ありがとうございます……。でも、私はもう、ダメだと思います……。


 私の意識は、既に肉体を離れつつあった。不思議なことに、意識はまだ身体に残っているにも関わらず、私の視線の先には、半目を開いて口から泡を吹いたまま、人形のように全く動かない自分の姿が見えていた。


 そして、数度の電気ショックの後、私と身体をつないでいた糸のようなものがプツリと切れると同時に、『私』の意識は完全に肉体から離れた。


 その瞬間、私の胸から一切の痛みが引いて無くなった。私は肉体から離れて空中に浮いたことで、皆の救命措置も(むな)しく、心不全でそのまま命を失ったのだと知った。


 この時の『私』の年齢は27歳。


 くしくも、革命で処刑された時の私と同じ年齢だった──。


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