第39話 女王の責任、貴族の責任
私は旧公爵領から金貨・銀貨を回収するための案を説明し終えると、円卓に座る面々に目を向けた。
「世の中、想定通りに物事が運ぶことは稀です。計画遂行に際しては、多くの前提をクリアする必要がありますから、私の案が成功する可能性は高くはありません。もし皆に意見があれば、是非この場で発言してください。身分は一切問いません」
私の言葉に、皆が僅かに吃驚した表情を浮かべた。ローゼンハイム王国では通常、公の場で国王に意見することが許されていないため、私の言葉が信じられない様子だ。
「反対意見でも、対案でも構いません。省庁の役人にも発言を許します」
私がそう言っても、発言する者はいない。しばらくの間、会議室に沈黙が流れた。
なお、私の案はそれほど複雑なものではない。
まず、反乱軍がこれから実施しようとしている「宴」を利用する。将兵が五万人も集まる宴会ともなれば、必要な食料品と物品は膨大だ。当然、それらが駐屯地に存在するわけがなく、反乱貴族領各地から調達する必要がある。
しかし、ローゼンハイム王国の食糧庫とも言えるウェルズリー伯ら四人の貴族領は、私達国王派に属している。加えて、残りの穀倉地帯の貴族領も、半分は国王派だ。
さらに、国王派と旧公爵派の領地の境界は閉鎖されているため、反乱貴族領の食糧事情は厳しい。内戦の兆しが見えてからというもの、供給不足に陥っている反乱貴族領の穀物の値段は既に上昇し始めていた。これは貨幣価値によるインフレではなく、需要と供給による市場価格の変動だ。
この状況を利用し、「国王派も軍事教本に従って宴を行う」という偽情報を流して、私達は各地の食糧を王都に集める。国民にはしばらく耐えてもらう必要があるが、これによって穀物の価格をさらに上昇させることができる。
食糧価格が上昇することが分かれば、後の対処は簡単だ。
「栄えある王国軍の宴」を成功裏に終わらせたい元上級貴族達の自尊心とプライドを刺激してやれば良い。将兵達が宴を楽しみにしているという噂を流すだけで、体面を重んじる彼らは必死になる。
元上級貴族達は「食糧や物品を何が何でも期日までに調達せよ」と命令を下すだろう。そして、彼らは商業貴族に多くの金貨・銀貨を預けると予想できる。
私達はダミーの商会を国内外に複数設立し、商業ギルドを通じて、反乱軍の商業貴族達に食糧在庫に関する情報を流す。
商業貴族達は、元上級貴族の面子を潰すわけにはいかないため、初めて見る名前の商会であっても取引に応じる可能性が高い。そもそも食糧は戦地で消費し、元上級貴族に納めるわけではないため、品質にはあまり拘りはないはずだ。
そして、私達は商業ギルド経由で、複数の商会から商業貴族に大量の食糧を卸す。ただし、その際、食糧を一割増しで売却する代わりに、支払いは金貨・銀貨を条件とする。通貨払いの場合は割引はしない。
一般の商人達は今リセラに不信感を持っているため、私達の商会が金貨・銀貨を支払い条件にしても、商業ギルドや商業貴族達は違和感を感じないだろう。
こうして物価を意図的に跳ね上げ、穀物を高く売り捌いて、元上級貴族達の金貨・銀貨を回収するというのが私の案だ。
回収できる金貨・銀貨は決して多くはないだろうが、一度取引を行えば、その信用をもとに二度目・三度目の取引を行うことができる。このルートは後日、追加の金貨・銀貨の回収以外にも、様々な工作に利用できる──。
私は皆に視線を向けるが、誰も発言する素振りはない。仕方がないため、私は歯に衣着せぬ物言いのフェルナー伯に視線を向けた。
「フェルナー伯。何か考えていることがあるのではありませんか?」
私がそう問うと、フェルナー伯は両手を左右に開いて、困ったような表情を浮かべた。
「女王陛下は、私達が陛下に遠慮して発言しないとお考えのようですが、それは違います。単に陛下の案が難しすぎて、どうしてそのような展開が予想できるのか、私達には理解できないのです。意見など表明しようがありません」
会議の参加者が、フェルナー伯の言葉を肯定するように頷いた。
──もしかして、皆、話の前提にある物価上昇の仕組みとかが分かっていない?
よくよく考えてみると、過去世で学んだ私の知識は、多くの学者の研究成果の上に築かれたものだ。この世界の人間は金本位制度で貨幣を発行したり、硬貨の製造方法に工夫を加えたりすることはできるが、貴族と言えども、今の私が当たり前のように持つ知識を得る機会がないのかもしれない。
通常、こうした際には「賢者」が会議の参加者に助言するのだろうが、ローゼンハイム王国やクライスト王国イザベル王女の独裁的な対応を見る限り、この世界の国にはそういう立場の人間はいないようだ。
もしくは、封建的な国が乱立する中で、過去世とは異なり、耳に痛い助言をする賢者らは自然と排除されてしまったのかもしれない。
私はそう推測しつつ、フェルナー伯の言葉に不満げな表情を浮かべた。
「それでは困るのです。もちろん批判を受ければ私は反論します。言われたことを何でも受け入れるわけではありません。私も人間ですから、馬鹿にするような物言いには感情的になるかもしれません」
そして、私は視線を会議の参加者にも向ける。
「ですが、私一人で考えられることには限界があるのです。意見をぶつける。それが会議です。是非思っていることを発言してください」
私がそう言うと、フェルナー伯は顎に手を当てて考え込み、しばらくして口を開いた。
「それでは、あまり理解できていない中で敢えて意見いたします。陛下の計画では、初期の食糧の調達や商会の準備をこちらの費用で行うことになります。しかし、回収する反乱軍の金貨・銀貨は元々王国の財産です。つまり、我々が追加で、それなりに多くの資金を出して借金を回収することになりますが、その点はどうお考えですか?」
私はフェルナー伯の言葉を聞いて、ニッコリと微笑んだ。
「ご意見、ありがとうございます。そして、とても良い質問です」
私がそう言うと、フェルナー伯は苦笑した。私は人差し指を立てて、説明を行う。
「資金を出す時、その投資によってどういう効果が得られるのか、投資した資金をどう回収するかは常に考えなくてはいけません。その意味で言うと、今回の最終的な目的は『金の回収』であり、金の価値そのものが投資の効果です。目的は借金の回収ではありません」
私は親指と人差し指の先を合わせて、お金を示す円を作った。
「金を手に入れれば、それを備蓄に回して、リセラを発行できます。つまり、クライスト王国がリセラを金に交換し続けても、リセラの総発行量を維持できる可能性が高くなります。また、金を採掘するわけでなく、精錬済みの金貨を回収するわけですから、採掘するよりも圧倒的に金の純度は高く、追加の加工をする費用も最小限で済みます」
フェルナー伯は私の説明に頷く。
「つまり、今回の計画が成功すれば、資金の拠出に見合うリターンは十分にあります」
私がそう答えると、フェルナー伯は軽く溜息を吐いた。
「女王陛下はまるで商人のようですね。私は戦争の謀略については多少の自信を持っておりますが、この手の話では、陛下に全く敵わないようです」
フェルナー伯の諦めたような言葉に、私は笑みを向ける。
「そのようなことはありません。今の議論で、ここにいる皆は初期投資が必要だと認識できました。前提を知ることは、話し合いをする上で大変重要なことです。その前提を基に、議論を発展させることができます。ですから、他の皆からも意見をどんどん出してください」
すると、ジャネットが申し訳なさ気に手を上げた。私は彼女に発言を許す。
「私が言える立場ではないのですが、王都の旧二大公爵邸やその備品の売却益を軍事費に回すことはできないでしょうか? 金は既に備蓄に回されていると聞いていますが、その他の利益を、今後の内戦に利用できるのではないでしょうか?」
ジャネットは、自分の費用が旧二大公爵邸に関係する売却益から出ていることを知っている。つまり、様々な罪悪感から、自分の生活をもっと慎ましくしても良いと言いたいのだろう。
私はジャネットの案に頷いた。
「ジャネットの意見は尤もです。確かに、旧二大公爵邸に関係する売却益を利用するという考え方はあります。しかし、旧二大公爵邸の売却自体が簡単ではありません。そんなにまとまった資金を用意できる人間はいないでしょうから、おそらく内戦が終結するまで、旧二大公爵邸は売れないでしょう」
私はそう言うと、ジャネットに軽く笑みを見せた。
「それに、今売却すると大損です。こんなに国情が不安定な最中で売るなんて、きっと商人に足元を見られ、その餌食になってしまいます。内戦に勝利してから屋敷を取り潰し、更地にして分割して売る方が儲かります。まあ、美術館に改装して、当面は入場料を取って維持費の一部としても良いかもしれません」
私の発言に、ジャネットや他の参加者が首を傾げる。どうやら「美術館」が分からなかったようだ。
私は軽く咳払いをすると、質問をされる前に話を続けた。
「ただ、アジュール公が話を出した通り、王国において原資は常に課題です。何かを始めるためにはお金が必要です。ですから、資金の調達に関しては、金貨・銀貨を回収する以外の手も打ってあります」
私が外務省の役人に視線を向けると、その役人は立ち上がって外交使節団に関する説明を始めた。
外交使節団の目的は基本、ローゼンハイム王国への内政不干渉を依頼するためだが、同時に私の書簡を各国の王族に届けるという使命も持っていた。私はその書簡の内容を皆に話す。
「私は、三か国に合計で、一兆リセラの借款を要請しています」
私の言葉に、外務省以外の参加者達が驚いた。ウェルズリー伯が口を開く。
「私が知る限り、一兆リセラと言えば国家予算とほぼ同額です。王国の財政はまだ厳しいのでしょうか?」
ローゼンハイム王国の貨幣価値は過去世の日本にとても近いが、人口・経済力・裕福度が全く異なる。中世に似たこの世界で、一兆リセラはとてつもない金額だった。
「今、王国の財政は持ち直している……と言ったら嘘になるでしょう。会計改正法を施行したとはいえ、たかだか一年で王国の財政赤字を解消できるほど、世の中は甘くはありません。先程話に出た旧二大公爵邸から接収した金やその他の調度品の売却益などもありますが、赤字を解消するには雀の涙ほどです」
私は視線を財務省の面々に移した。
「とはいえ、今回の内戦に関しては、財務省による緊縮財政の効果や納税庁の尽力もあり、現在の王国財政下で当面の戦費を出せる目途はあります」
「それでは、なぜ借款を……」
「実は、借款を依頼した本当の目的は別でした。しかし、現時点においての借款の目的は、『ローゼンハイム王国のリセラの価値を守ったまま現金を増やすため』です」
私がそう言うと、会議の参加者が不思議そうな表情を浮かべた。私は説明を補足する。
「先程、金の備蓄を増やさないままリセラを追加発行することはできないと言いました。これはリセラの信用を担保する上では絶対です。このルールを無視してリセラを発行すれば、信用不安が起き、貨幣価値は暴落します」
私は人差し指を立てて、説明を続ける。
「一方で、リセラを金に交換したいという商人や富裕層がいます。リセラの貨幣価値を維持するために、彼らの要求を拒否することはできません。すると、先程ギルバートが懸念を示した通り、リセラの総発行量が減ってしまい、経済に悪影響が出ます。二律背反のこの状況、どうしたら良いと思いますか?」
私が会議参加者の面々に視線を向けると、皆が私から視線を逸らした。
私は軽く笑みを浮かべる。
「答えは簡単です。第三国からお金を借りれば良いのです」
黒板に書かれた地図で、周辺の三か国を順に指差す。
「他国が出す通貨の価値は、他国が保証しています。彼らも自国通貨の価値を落とさないように、日々努力していることでしょう。ですから、私達はその力を借りて、手持ちのお金の量を増やすのです」
私はそう言いつつも、自分の言葉を蔑むように自嘲した。
「まあ、そうは言っても、貸し倒れになりそうな私達にお金を貸してくれる国は無いでしょう。内戦後に、貸主の国に一部の商業特権を付与することを条件に出してはいますが、私達が勝利する保証はありません。ですから、私達にお金を貸しても、貸し倒れにならないと証明する必要があります」
私は少し視線を落とすと、両手を拳にしてギュッと握る。
「……正直な話、私はこれから話す方法を採用するかどうか迷いました。ですが、これ以上の私の迷いは我儘であり、王国の恥です。私は女王です。内戦に勝利するためには、どのような手段も取らなければなりません」
私は少し間を置いてから、ゆっくりと顔を上げた。
「今から一週間半後を目途に、反乱軍の集結拠点から最も遠い反乱貴族領を、一つ二つ滅ぼしたいと考えています」
私はウェルズリー伯達に視線を向ける。
「王国の軍事教本には、『味方が攻撃を受けている時、その救援に向かう』ということが美徳として記載されていますか?」
「はい。その内容は記載されています」
「それでは、それを利用して、反乱軍の内部分裂を誘いましょう。攻撃を受けている反乱貴族は自領の救援に向かうはずです。加えて、反乱軍の一部がそれを支援するのではないですか?」
ウェルズリー伯は私の言葉を肯定した。今度は、会議の参加者達に視線を向ける。
「これは他国に対するデモンストレーションです。私達こそがローゼンハイム王国の内戦に勝つのだと示すのです。貸したお金は必ず返ってくるのだと、貸主の国に思わせなくてはいけません」
私は再度、会議室前方の黒板に指先を置き、周辺の三か国からローゼンハイム王国に向かうように指先を動かした。
「他国が私達に貸付を行うのであれば、他国は私達をローゼンハイム王国の支配者として認めたということです。私達は国内外にそれを喧伝でき、反乱軍の優位に立てます。実は、私が借款の依頼をした本当の理由は、これが目的でした」
私は再びウェルズリー伯達に視線を向けた。
「国王軍連合司令官達の観点で、小規模な軍隊で迅速に滅ぼせる反乱貴族領を選んでください。領地の留守を任されているのは、おそらく、後継者となる子供達でしょう。質問ですが、彼らを排除すれば、軍の主力がいないその領地を制圧することは容易でしょうか?」
私の問い掛けに、ウェルズリー伯とフェルナー伯が同時に頷いた。
「分かりました。領主一族は、全員暗殺してください。女子供関係なしです。手法は任せます。ちなみに、反乱貴族領を占領する必要はありません。反乱軍本体を分断し、他国に国王軍の実力を見せるのが目的です」
私はそう言いながらも、思わず視線を落として唇を噛む。
──前世の非公開裁判で、私はウェルズリー伯に「国王は王国と一心同体」だと言われた。同様に、貴族の子供にも、その家を背負う責任と義務がある。でも、私の意思で人の命を奪う命令を出すのは、やっぱり辛い……。
私が少しだけ顔を上げてジャネットを見ると、彼女は私を気遣うような目で見た。
私は軽く首を振った後、顔を上げて会議参加者に視線を向ける。
「私は国民の生活のためにも、この内戦を短期間で終わらせるつもりです。反乱軍の先手を取り続けて、常に勝利することを目指します。当面は大変だと思いますが、皆さんの尽力に期待します」
私の言葉を受けて、その場の全員が起立し、胸に手を当てて敬礼した。
こうして、ローゼンハイム内乱は本格的に幕を開けた──。




