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【完結】「補助金申請は領収書付きでお願いします!」 ~ 死に戻り転生女王は「領収書」で国家再建を目指す ~  作者: 白うさぎの子


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第32話 セシル公爵令嬢ジャネットの秘密

お読みいただき、ありがとうございます。

今回は区切りの良いところで分割することができなかったため、投稿文字数が多めです。申し訳ありませんが、お好きなところで小休止してお読みください。

「女王陛下におかれましては、ご機嫌麗しく恐悦至極に存じます」


 警備が厳重に敷かれた王宮の応接室で、柔らかい雰囲気を持つ目の前の女性は、丁寧に頭を下げて挨拶をした。


 ジャネットは、天使のように美しい容姿を持つ公爵令嬢だ。加えて、その声音はまるでフルートの音色ようで、聞いているだけで心地良い。彼女は、令嬢達が(うらや)むものを全て兼ね備えた女性だった。


「ジャネット。久しぶり。今日は呼び出してしまってごめんなさい」


「いいえ。全く問題ございません。女王陛下の御身(おんみ)に起こったことに比べれば、私が馳せ参じることなど大したことではございません。その後、陛下の身体のお加減はいかがですか?」


 ジャネットの言い回しに、私は苦笑する。


「まぁ、大丈夫だけど……。その話し方、なんとかならない? 忌憚(きたん)なく話せるように人払(ひとばら)いをしてこの部屋を準備したんだから、昔みたいに話してくれていいんだよ?」


「……本当に良いのですか?」


「うん、問題ない。私がそうして欲しいと言っているんだから」


 私がそう言うと、ジャネットは太陽のような笑みを見せた。


「シルヴィアがよろしければ、そういたします」


 セシル公爵家の長女ジャネットは、私の従姉妹(いとこ)であり同い年の幼馴染だ。


 私は王宮から出ることを許可されていなかったため、幼少期の頃は、ジャネットの方からよく王宮に遊びに来てくれた。私とジャネットは二人で王宮の庭園を走り回ったり、かくれんぼをしたり、自室で一緒に王族流のままごとをしたりした。


 私はジャネットに困った笑みを見せる。


「王宮の生活はいつも堅苦しいやり取りばかりで、正直なところ、疲れるのよね」


 私がそう言うと、ジャネットは柔らかく微笑(ほほえ)んだ。


 ──ジャネットは昔から本当に綺麗。女の私から見てもとても魅力的だし、優しそうな雰囲気につい甘えたくなっちゃう。……こんなに魅力的なのに、どうしてジャネットは結婚していないんだろう?


 私は部屋の中央にあるテーブルを手の平で指し示す。


「じゃあ、まずは座って。悪いけど、誰もいないから自分で椅子を引いてね」


「はい。分かりました」


 私とジャネットは向かい合うように座る。


 私は紅茶の入ったポットを持って、一客目のカップにお茶を注ぐと、それをクルクルと回すように揺らしてから、中身を隣に置いたボウルに捨てた。


「えっ? 注いだばかりのお茶を捨ててしまうのですか?」


「あっ、うん。……実はね、私、カップに付けられた毒で殺されそうになったから、こうして最初に注いだお茶は捨てるようにしてるの」


 私は苦笑いすると、二杯目のお茶を注ぐ。そして、ジャネットに視線を向けた。


「ねぇ、ジャネット。少しだけカップに口を付けてもいい?」


「……まさか、『女王陛下』が毒味をするおつもり?」


「うん。こんな状況だし、ジャネットは私から出されたものを飲食したくないでしょ?」


 私がそう言うと、ジャネットは不満気な表情をして首を左右に振る。


「さすがにそれはやめて頂きたいです。いくら従姉妹(いとこ)でも、私は女王陛下の臣下の身。シルヴィアに何かがあった時、私だけが生き残るなんてあり得ません。それに、私がシルヴィアを毒殺したと疑われてしまいます」


 ジャネットは強引にカップとソーサーを手元に引き寄せる。その勢いで、カップから少しだけ紅茶がこぼれた。


「もしかして、怒ってる?」


「当たり前です。この場では、むしろ、私がお茶の毒味をするべきです」


 ジャネットはそう言うと、手にカップを持って、ゴクッと一口紅茶を飲む。そして、カップをソーサーに置いて、ソーサーを押すようにして私の方に戻すと、笑顔を私に向けた。


「美味しいです。毒もございません。シルヴィアもお飲みになって大丈夫ですよ」


 私は苦笑すると、二客目のカップにお茶を注ぐ。先程と同じように一杯目はボウルに捨て、二杯目を注いだ。今度は私がソーサーを押すようにして、ジャネットに紅茶を勧めた。


「ジャネット。どうぞ」


 私とジャネットは、改めてカップを手に取った。


 これから話をする内容を考えると、少々気が重い。私達の間に自然と沈黙の空気が流れる。しかし、避けては通れない道だ。


 私は口を潤すために紅茶を一口飲むと、カップをソーサーに戻してジャネットを見つめた。


「それじゃ、早速、本題に入るね」


 ジャネットも紅茶を一口飲んだ後、持っていたカップをソーサーに戻す。


 私は少し()を置いてから問い掛けた。


「単刀直入に聞くけど、ジャネットは私の暗殺未遂に関わってる?」


 ジャネットは目を伏せてしばらく考え込んだ後、顔を上げて口を開いた。


「もしも私が『はい』と答えたら、シルヴィアはこの場で私を逮捕しますか?」


 私は無言のまま、ジャネットの質問に答えることなく、少しだけジャネットから目を()らした。


「……ごめんなさい。当たり前のことを聞いてしまいましたね。シルヴィアがこうして弁明の場を用意してくれなければ、おそらく私は何の予告も無しに逮捕されて、今ごろ地下牢なのですよね……」


 私は黙ったまま、ジャネットに視線を戻す。すると、彼女は真剣な眼差しを私に向けて、強い口調で私に訴えるように言った。


「私はローゼンハイムの神々に誓って、シルヴィアを暗殺しようなどと思ったことは一度もありません」


 私はそれを聞いて、ホッと胸をなでおろした。


「良かった……」


 口頭での誓いには何の意味もないと分かりつつも、ジャネットの口からその言葉を聞けたことに、私は何よりも安堵した。


 しかし、これで話を終らせるわけにはいかない。私は軽く咳払いをすると、続けてジャネットに問い掛けた。


「じゃあ、ジャネットのお父君(ちちぎみ)……アイザック叔父様が暗殺未遂に関わっているかどうか知ってる? もし何か手掛かりや証拠になるものを持っていたら、私に提供して欲しい」


 ジャネットは目を伏せて、首を横に振った。


「……ごめんなさい。実は私は、数年前にお父様と絶縁したきり、必要な事柄以外でまともに口を聞いていないのです。ですから、最近のお父様の詳しい動向を知りません」


 ジャネットの言葉に、私は首を傾げた。


「えっ? 絶縁? ジャネットは叔父様の一番の愛娘(まなむすめ)だと聞いていたのだけれど?」


 ジャネットは目を上げて私を見ると、自嘲するような笑みを見せる。


「それは小さい頃の話ですよ。今の私は公爵家の邪魔者です。もしかすると、ゴミなのかもしれません。早く捨てたいのに廃棄できない粗大ゴミ……。行き遅れの私は、欠陥品の公爵令嬢です」


 ジャネットはそう言うと、寂しそうな表情でしばらく黙り込んだ。


 私はどう声を掛けて良いか分からず、無言のまま下を向くジャネットを見つめる。すると、ジャネットが少しだけ顔を上げて、ゆっくりと口を開いた。


「……ねぇ、シルヴィア。この部屋、本当に誰も話を聞いていないですか?」


「えっ? うん。誰も聞いていない……と思う。私は今回、この部屋での盗聴の(たぐい)を禁止しているから」


 私がそう答えると、ジャネットは再び下を向いて黙り込んだ。


 部屋に、時計の秒針の音だけが響く。


 そして、数分程の沈黙の後、ジャネットは顔を上げて、真剣な表情で真っ()ぐに私を見た。


「……これから、私の全てをお話しします。私が暗殺未遂犯に仕立て上げられた経緯を説明させてください」


 ジャネットはそう言うと、椅子から立ち上がり、その椅子を私の隣に持ってきて腰掛けた。私から「この部屋での盗聴は無い」と聞いたものの、万が一を心配して、小声で話せるようにしたのだろう。


 しかし、私の隣に移動してきた彼女は、椅子に座ったまま無言で(うつむ)いていた。


「……ジャネット、どうしたの?」


 私が問いかけても、彼女は何かを話そうとするだけで、すぐに口を閉じる。


「ジャネット?」


 私が隣のジャネットを覗き込むようにすると、彼女は意を決したよう太腿(ふともも)の上で(こぶし)を握った。そして、顔を真っ赤にして、隣の私に目を合わせることなく口を開いた。


「……実は私は、女性が好きなのです。それが全ての原因です」


 私はジャネットの告白に、少しだけ目を見開く。しかし、同性愛は貴族の中では特段珍しい話ではない。加えて、ローゼンハイム王国に限らず、世の中にはありふれた話だ。


「それが、ジャネットがアイザック叔父様と絶縁している理由なの?」


「……はい。理由の一つです」


 私は姿勢を元に戻して、軽く溜息を()いた。


「それは別に大した話じゃないと思う。私が叔父様の味方をするのは変だけど、貴族の体面を重んじる叔父様でも、そんなことでジャネットを邪険に扱ったりすることはないと……」


 すると、ジャネットは(うつむ)いたまま、私の言葉を(さえぎ)るように声を出した。


「違うのです。私は自分でも自覚できるぐらい異常なのです」


 ジャネットは、涙目になりながら(つら)そうに話す。再び黙り込むジャネットに、私は優しく声を掛けた。


「分かった。じゃあ、それを今から話してくれるってことだね?」


 ジャネットはコクリと頷くと、自身の幼少期から話を始めた。


 ジャネットは、私が思っていたよりもずっと厳しく育てられていた。小さい頃から様々な制約を課され、通常の貴族の二倍以上の勉学をこなし、外出は厳しく制限されていた。しかも、十歳で他国の婚約者をあてがわれた時は、相手の名前すら知らされず、それを両親に質問することは禁じられていたという。


「そんな中、シルヴィアと過ごすひとときは、本当に楽しかったです」


 ジャネットはそう言って、優しく微笑(ほほえ)んだ。


 彼女は十歳になって貴族の位を与えられるまで、それまでの教育に疑問を感じたことは無かったそうだ。しかし、それが変わったのは貴族学園に入学してからだった。周りの貴族の会話を聞いたり、自分に(こび)を売る取り巻きの令嬢を見るうち、貴族社会そのものに嫌悪感を抱くようになっていった。


「ですが、そんな日々の中、貴族学園高等部に進んだ私に、真の友人ができました。ある子爵家の令嬢です。公爵家の私に背中から抱き付いてくるような変わり者でしたが、彼女は常に明るく前向きで、私は彼女と一緒にいることをとても楽しく思いました」


 それからは、ジャネットは取り巻き達から距離置き、子爵家の令嬢と一緒にいることが多くなったそうだ。同時期に貴族学園に通っていた私も、ジャネットが誰かと二人だけで歩いているところを数回見たように思う。


 話によれば、子爵家の令嬢との交流は貴族学園だけにとどまらず、休日には、貴族街のレストランで一緒に食事をしたり、演劇を観に行くこともあったらしい。


「様々なことに制約を受けてきた私には、全てが真新しいことばかりで、とても充実した日々でした。友人は、何も知らない私に様々な世界を見せてくれました」


 そう言うと、ジャネットは寂しい目をして俯く。


「……しかし、ある日、それらは全て崩れ去ったのです」


 ジャネットは悔しそうに唇を噛む。


「貴族学園高等部を卒業する間際(まぎわ)、私はお父様とお母様から、友人の子爵令嬢が平民に降下したことを告げられました。当然、友人は貴族学園から『退学』という形で除籍になり、学園から姿を消しました。加えて、私は両親に、友人に会うことを禁じられたのです」


 その後のジャネットの調査で、友人の父親である子爵が、セシル公爵に逆らったことを知ったという。当時はまだ私の父が国王をしていた時代だが、子爵が上級貴族の不正を国王に上奏したらしい。


 しかし、不運なことに、子爵が訴えた上級貴族はセシル公爵派の人間だった。子爵が上奏した内容は叔父達によってねじ曲げられ、最終的に子爵自身の罪とされた。


「子爵家一家が平民に降下させられると共に、友人の父は非公開で処刑されました……」


 ジャネットはそう言うと、目に一杯の涙を浮かべた。


「しかも、その処刑を後押ししていたのが、かつての私の取り巻きの親達だったと知ったのです。私が友人と親しくしていることを(ねた)むあまり、取り巻きの令嬢達がそう仕向けたと(あと)で聞きました。……これでは、私が友人の父を処刑したも同じです。彼女には、もう顔向けできませんでした」


 その後、ジャネットはあまりのショックで貴族学園に行くことができなくなり、登校することなく卒業を迎えたという。そういえば、私の記憶にも、卒業式に出席しているジャネットの姿は無い。


「私はしばらくの間、何もする気にならず、誰にも会いたくなくて、ベッドでいつも泣いていました。それまで押さえ付けられていたものが心から(あふ)れ、(つら)くて悔しくて、公爵令嬢に生まれたことを心から恨みました。友人の父親を処刑に追いやったお父様も憎みました……」


 その後、ジャネットは両親とほぼ絶縁状態になったという。セシル家の屋敷は広大だったため、食事の時間を意図的にずらせば、両親に会うことはほとんど無かったそうだ。


 ジャネットはしばらく黙り込むと、ポツリと(つぶや)くように言った。


「そして、この出来事を(さかい)に、私は精神が完全におかしくなってしまったのです」


 ある日の夜、真っ暗な寝室の中、ジャネットが泣きつかれてベッドで横になっていると、ジャネットよりも年下の専属侍女が、ベッドに近付いて声を掛けて来たそうだ。


『ジャネット様。大丈夫ですか? どうか元気をお出しください。私にできることなら何でもいたします。ジャネット様はお一人ではありません。私が常にお(そば)におります』


 ジャネットは、侍女の慈愛に満ちた言葉を聞いて、自分の心の中で何かがパリンと音を立てて割れ、今まで隠れていた感情が表に出てくるのを感じたという。


「私には、その専属侍女がとても愛らしく見えたのです。もともと見た目が可愛い侍女だったのですが、彼女の全てが(いと)おしく感じられました。……もしかすると、専属侍女に、かつての友人の影を感じたのかもしれません」


 次の瞬間、ジャネットは専属侍女の手を(ちから)いっぱい引き、ベッドに押し倒していたそうだ。


「まさか、私の初めての性的関係の相手が同性になるとは思っていませんでした……。最初は嫌がっていた専属侍女は、最終的に私を受け入れてくれました。それがとても嬉しくて、ポッカリと穴が開いていた私の心が、彼女と重なることで癒されていきました」


 そう話す彼女の声は、喜びに満ちたものだった。好きな男性と話ができた女性のように笑みを浮かべ、とても嬉しそうに話す。


 ジャネットはそれ以降、毎夜のように専属侍女と身体を重ねた。しかし、次第に欲求はエスカレートしていき、公爵令嬢の立場を利用して、他の侍女にも手を出すようになっていったという。


「最初は(おび)えていた侍女達も、徐々に私を受け入れてくれました。一応、口止め料として、一晩につき十万リセラを渡していましたが、侍女達は恋愛を禁止されていたせいか、私を男性代わりにして積極的に自身の欲求を満たすようになっていきました」


 話している内容とは対照的に、ジャネットはお(しと)やかに笑みを浮かべる。


「私はそうして『後宮』を作り上げました。後宮に所属する侍女は20人はいたと思います」


 私がジャネットの話に言葉を失っていると、彼女はクスっと楽しそうに笑った。


「ふふっ、驚きましたか? これが、表舞台で『淑女』と呼ばれている公爵令嬢の(みにく)い素顔です」


 ジャネットはそう言った後、寂し気に目を伏せる。


「ですが、私の中には、自分の異常さを冷静に見つめるもう一人の自分がいました。どう考えても、私の将来には破滅しかありません。私はずっと若く綺麗でいられる訳がなく、年老いた時には『女好きの化け物』と呼ばれることが想像できました」


 私は無言のまま、後悔するような表情を浮かべるジャネットの横顔を見つめた。


「ですから、私は侍女達との情事を減らしつつ、自分の異常さを直そうと頑張りました」


 ジャネットは顔を上げて、誰もいない正面を見た。


「……あれは、シルヴィアの即位の祝祭が終わってから、間もなくだったでしょうか。お父様から急に呼出しがありました。私が渋々お父様に会いに行くと、私の『後宮』の解体と、引き延ばしていた結婚の準備を言いつけられました」


 ジャネットはそう言うと、ギュッと唇を噛む。そして、太腿(ふともも)の上に置いた両手の(こぶし)を握りしめた。


「私の侍女の費用が他の兄弟の何倍も掛かっていることは分かっていたので、こうなることは予想していました。……しかし、実際にお父様の言葉を聞くと、怒りなのか恐怖なのか分からない感情で、私の目からは涙が(あふ)れ、身体が小刻みに震えました」


 ジャネットは叔父の命令を聞いて、自室に戻って自害することを考えたという。


 その頃には、「後宮」はジャネットにとっての麻薬のような存在であり、彼女の心の支えでもあった。全く想像できないが、回数を減らしたとはいえ、ジャネットは侍女との夜伽(よとぎ)を楽しみに日々を生きてきたそうだ。


 一方、精神病を理由に引き延ばしていた結婚も、政略的な損得を考えれば、もう避けることはできなかった。他国の貴族との結婚は、ローゼンハイム王国から他国への人質の提供であり、ジャネットへの命令と言っても過言ではなかった。


 しかし、「後宮」を失うことも、人質となって好きでもない男性と結婚することも、ジャネットはどちらも受け入れることができなかった。


「私が無言で(うつむ)いたままでいると、お父様は一度大きな溜息を()いて、私に折りたたまれた小さな紙を渡してきました。そして、『ジャネット。もし私の仕事を手伝うなら、お前から侍女達を取り上げることはやめよう。また、他国の貴族との婚約も破棄して構わない』と言ってきたのです」


 叔父の言葉に、ジャネットは大きく目を見開いて、絶句したそうだ。


「気付いた時には、私はその場で『手伝います!』と大声で答えていました」


 ジャネットが渡された紙に書かれていたのは、暗殺未遂犯となった三人の侍女達の名前だった。


 ジャネットは叔父の示す手順に従い、貧民街に偽の支援施設を建設した。そして、暗殺未遂犯となる三人の侍女候補と、金銭で雇った偽の侍女候補を住まわせ、あたかも貧しい者を助けているように見える状況を作り出した。


「ある程度の準備を整えた後、私はウィリアムズ枢機卿を支援施設に招いて、三人の侍女候補が王宮奴隷になるための斡旋を依頼しました。格下の貴族や商人にも、私は何度も頭を下げました。なんとしても後宮の存続と婚約破棄を実現するため、私は必死でした」


 そう言うと、すぐにジャネットは悔しそうに眉間(みけん)(しわ)を寄せた。


「あとは、シルヴィアの知っての通りです。私はまんまと利用されました……。先程も言った通り、私にはシルヴィアを害そうとする意図は全くありませんでしたが、私が自らの欲望のまま動いた結果、シルヴィアの大切な専属侍女を傷付けてしまいました。本当にごめんなさい……」


 ジャネットはそう言うと、静かに目を閉じた。そして、数回深呼吸をした後、ゆっくりと目を開いて私の方を見た。


「経緯は以上ですが、私の罪は許されるものではありません。ですから、私のことを逮捕して下さい。今日はその覚悟で来ました」


 私は、真剣な表情のジャネットを(さと)すように話し掛けた。


「……あのね、ジャネット。私は今日、ジャネットを逮捕しない。あなたが叔父様とどういう関係であろうとも、私があなたを逮捕するということは、対外的に叔父達に宣戦布告することになってしまう。だから、ジャネットには今日、必ず屋敷に帰ってもらう。護衛だって付ける」


 私の言葉を聞いて、ジャネットは視線を下げた。私は話を続ける。


「今の話で、ジャネットの事情は分かった。やはり叔父達の関与がありそうだという確信の一方で、私自身はジャネットは無罪だと信じている。だけど、ジャネットには今日、伝えておこうと思っていたことがあるの」


 私は椅子に座ったまま、身体をジャネットの方に向けて、その瞳をじっと見つめた。


「証拠が揃い次第、私はいずれ、暗殺未遂の真犯人である叔父達に相応の報復をするつもりでいる。それは変わらない。だから、セシル公爵……アイザック叔父様も討つことになる。もっと分かりやすい言い方をすると、アイザック叔父様を殺害して、セシル公爵家を取り(つぶ)す」


 ジャネットは少し大きく目を見開くと、すぐに目を伏せた。


 私は太腿(ふともも)の上の両手をギュッと握ると、話を続けた。


「ジャネットも、今の地位は無くなると思って欲しい。平民への降下もあり得るし、公開処刑の可能性もゼロじゃない」


 私はそう言った後、不意に前世の自分の公開処刑を思い出して、ジャネットから目を外した。


 ──私は死に戻って、何をしているんだろう。結局、自分がされたことを今度は他の人にしてるだけ……。私はこんなことをするために死に戻ってきたのかな……。


 私が口を(つぐ)んでいると、ジャネットは目に残る涙を指で(ぬぐ)い、優しい笑みを浮かべて、私が(ひざ)に置いた手の上に自身の手を重ねた。


「はい、分かっています。私は全てを受け入れるつもりです。私は罪人なのですから、シルヴィアはそんなに(つら)い顔をしないでください」


 そう言うと、ジャネットは姿勢を戻して、窓の外に視線を向けた。


「シルヴィア。もし私が公開処刑になったら、今日みたいな、澄み渡った青空が広がる晴れた日に処刑してくださいますか? 私は魂に戻った後、この人の世を離れ、鳥のように大空に飛んでいきたいのです」


 そして、最後にポツリと言う。


「……私はもう、人には生まれたくない……」


 窓の外を見ながら寂し気に話すジャネットは、制御不能な自分を止めるために、私に処刑されることを望んでいるように見えた。


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