第21話 王侯貴族の駆け引き
フェルナー伯が、向かいに座る私をじっと見つめた。私は思わず目を逸らす。
「女王陛下は、もっと戦略の基本を学ぶ必要がありますね」
私は両手を太腿の上で拳にして握りしめると、ギュッと唇を噛んだ。フェルナー伯は追い打ちをかけるように私を責める。
「こんなに追い詰められてしまったら、もう手も足も出せないではないですか」
私は目を逸らしたまま、フェルナー伯に答えた。
「……そんなこと、言われなくても分かっています。私だって、精一杯やっているのに……」
フェルナー伯は絞り出すような私の声を聞いて、気分が良さそうに薄ら笑いを浮かべた。
「もう諦めるしかありませんね。この状況からの挽回は不可能です。女王陛下は終わりです」
「うぐっ……」
フェルナー伯は深く腰掛けていたソファから身を乗り出す。そして、手元の紅茶を一口飲むと、私の方に手を伸ばした。
「これでチェックメイトです」
「また負けたーっ!」
目の前のテーブルには、過去世のチェスに似たボードが置かれている。フェルナー伯の誘いで始めた勝負だが、私はもっか十連敗中だ。別の日の勝負も加えれば、まだ一度も勝てたことが無い。
私が悔しさのあまり両手で自分の太腿を何度か叩いていると、対戦を見ていたエリーがクスクスと笑った。
「フェルナー伯! もう一戦しましょう! このままでは私の腹の虫がおさまりません!」
「何度やっても同じです。女王陛下の手は悪くはありませんが、私に比べて、先読み経験が圧倒的に不足しています」
私が顔を赤くしてフェルナー伯に再戦を求めていると、フェルナー伯は困った笑みを浮かべながらソファから立ち上がった。そして、エリーに上着を持ってくるように伝える。
「女王陛下。本日で約束の日から一週間です。昨夜、私達は皆で話し合って結論を出しました。その結論を今からお伝えしますので、他の三人の貴族達にも入室許可をいただけますでしょうか?」
私がそれを了承すると、フェルナー伯は上着を着て執務室の出口に向かう。しかし、扉の前まで行くと、何かを思い出したようにこちらを振り返った。そして、胸に片手を当てる。
「おそらく、皆の前では女王陛下に個別にお話できないと思いますので、先に私の考えをお伝えしておきます」
私はその言葉を受けて、ソファから立ち上がって、フェルナー伯を見た。
「この一週間、女王陛下のことを見てまいりましたが、陛下は誰にでもお優しく、私が以前、風の噂で聞いたシルヴィア王女殿下のお姿とは全く違うものでした。『王女殿下は誰もを見下す。王女殿下は侍女をモノのように使い捨てる』と評判でしたが、私が見る限り、専属侍女との仲はまるで家族のようです」
その言葉に、私は「前世でも侍女をそんな風に扱ったことはない」と反論しそうになったが、グッと堪える。私が不満げな表情を浮かべていると、フェルナー伯は笑みを浮かべた。
「それに、シャーロットとも仲良くしてくださり、ありがとうございます。シャーロットがまだ貴族の作法に慣れない中、女王陛下に良くして頂いていると聞いております」
フェルナー伯はそう言いながら、私に深く頭を下げた。そして、顔を上げて話を続ける。
「誠に失礼な言い方にはなりますが、女王陛下は信頼に足る人物とお見受けいたします。私の優先順位は領民が一番であることに変わりはありませんが、女王陛下が国民のためを思って行動なさっている間は、私個人は女王陛下に味方したいと存じます」
その言葉に、私はフェルナー伯を見て苦笑した。
「ありがとうございます。……まあ、逆に言うと、私が私利私欲を目的とした行いをすれば、フェルナー伯はすぐに私から離反するということですね?」
「その通りでございます」
フェルナー伯はそれだけ言うと、一礼して部屋を出た。
そして、しばらくして、他の三人の貴族を連れて戻ってくる。エリーは部屋の出入口で来訪者を確認すると、そのまま扉を大きく開いた。
ウェルズリー伯・フェルナー伯・タウンゼント伯・ブルーネワルト子爵の四人が、ウェルズリー伯を先頭に部屋に入ってきた。そして、私に向かって跪き、挨拶の口上を述べる。
「本日は急な依頼にも関わらず、私どもにお時間をいただき、誠にありがとうございます」
「いえいえ、問題ありません。皆さん、いつも通り、楽にしてください」
私の言葉を受けて、ウェルズリー伯達は立ち上がると、真剣な表情で口を開いた。
「女王陛下。フェルナー伯からの話で想像がついていると存じますが、私達は陛下に味方することにいたしました。お困りのことがあれば、なんなりとお申し付けください」
私は四人の貴族達に頭を下げる。
「ありがとうございます。心強い味方ができて、本当に嬉しく思います」
私が顔を上げると、ウェルズリー伯が話を続けた。
「私どもは自領に戻り、それぞれの領地で万が一に備えます。王都には状況を監視する密偵を置くつもりですが、事が起こった際に、自領から王都への軍の移動には時間が掛かります。そのため、何か兆しがある場合は、早急にご連絡ください」
「様々な配慮、ありがとうございます。新政府が軌道に乗った暁には、皆さんの功績に賞を以て報いることをお約束します」
「もったいないお言葉でございます」
四人の貴族は敬礼すると、「それでは、早速自領に戻って準備を開始いたしますので、これで失礼いたします」と言って、部屋から退出するために身体の向きを変えた。
私はそんな四人の貴族に、背後から声を掛けた。
「ちょっと待ってください。大したことではないのですが、実は、私からも皆さんにお話があります」
私の言葉を受けて、四人の貴族が私の方を振り返った。
「はい。何でございましょう?」
私は目を細めると、タウンゼント伯を冷たい視線でじっと見つめる。
「……そろそろ、本当のことを教えて下さっても良いのではないですか? タウンゼント伯」
私がそう言うと、タウンゼント伯が息を呑むのが分かった。
「……何の話でございましょうか?」
私はエリーに視線を向ける。すると、エリーは私に複数の書類を渡した。それらは、先日の貴族達との謁見前に、私がエリーに秘密裏に入手を依頼していたものだ。
私はその書面を広げて、貴族達に見えるように手に持つと、タウンゼント伯に笑みを向けた。
「別に何かを咎めようというわけではありません。しかし、タウンゼント伯爵領から毎年送られてくるこの年次報告書の内容、全部ウソでしょう?」
私がそう言うと、タウンゼント伯の顔色が明らかに変わった。加えて、他の三人の貴族の顔色も変わる。
「こんなに頭の悪い私でも、一応女王ですから、隠密に色々と調査することができます。財務省・農務省・軍務省の情報を、いつでも自由に閲覧することが可能です。……この一週間、私が遊んでばかりいたとでも思っていましたか?」
私には前世の記憶がある。
前世の革命を思い出すと、四人の貴族達の軍隊の戦力は、上級貴族達の戦力を上回っていた。義勇軍がいたにせよ、地方貴族が秘密裏に大規模な軍備を整えられるはずがない。どう考えても、数年にわたる事前準備が必要だ。
私は目の前の四人の貴族に、順番に視線を向ける。
「皆さんの領地についても、同様に確認済です。タウンゼント伯の報告書に比べれば少なめですが、全ての貴族領に虚偽報告がありました。農産物の収穫量と、領地軍の規模、そして、その軍の装備に数えきれない虚偽の記載があります。密偵部隊による裏付けも取れています」
私がそう言うと、貴族全員が私から視線を外して俯いた。私は手に持っていた書面を下ろして、一歩前に出る。
「……皆さんは数年以内に、私を討つ気だったのでしょう?」
私がそう言っても、誰も答える者はいない。部屋に沈黙が流れる。そして、その沈黙は私の質問に対する肯定を意味していた。
「『私の人柄を確認するために、一週間ほど王宮に滞在したい』。この内容に嘘はなかったと思っています。ですが、お花畑で生きてきた私でさえ、魑魅魍魎の類がうごめく王侯貴族の社会では、人柄だけで敵味方を判断するのは甘すぎると考えています。本当の目的が別にあったと考えるのが普通です」
私は四人を見て、ニッコリと微笑む。
「この一週間で、王宮の構造は十分に把握できましたか? 警備状況、武器庫の場所、私が最も滞在している場所、侵入経路および脱出経路……。皆さんの本当の目的は、王宮襲撃時に、効率良く私を捕縛するための偵察ですよね?」
前世で彼らに捕らえられた私には分かる。
前世で彼らが迷いなく私の寝室に来られたのは、今回とは別の形で、事前に王宮内の構造を細かく知っていたからに違いない。そうでなければ、彼らにも相応の被害が出ていたはずだ。
私は、何も話さない四人の貴族をじっと見た後、しばらく間を置いて、大きく溜息を吐いた。
「……私はそれを責める気はありません。ですから、これらの虚偽報告書を不問に付します。絶対に修正報告書を提出しないでください。上級貴族にばれてしまいます」
私がそう言うと、四人の貴族は私に視線を向けて驚いた表情を浮かべた。
タウンゼント伯が口を開く。
「どういうことですか? 反乱を企てようとした私達を処刑しないのですか?」
その言葉に、私は軽く笑った。
「あなたは処刑されたいのですか?」
私がそう返すと、タウンゼント伯は黙り込んだ。
「ただ、念のため、再度お訊きしたいことがあります。過去の事実はどうあれ、皆さんは本当に私の味方になってくださるのですか?」
私がそう問うと、四人の貴族全員が再度敬礼した。ウェルズリー伯が口を開く。
「もちろんでございます。恐れながら、私達も女王陛下を様々な側面から調査いたしました。その結果、現時点では、女王陛下に反旗を翻す必要を感じておりません。むしろ、陛下は善政を敷かれる可能性が高く、私達に謀反を起こす大義は無いと感じております」
私はニッコリと笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。安心しました」
そして、四人の貴族に順に視線を向ける。
「では、皆さんから各々一名ずつ、私に人質を差し出してもらいます」
私がそう言うと、四人の貴族が再び驚いた表情を浮かべた。
「まぁ、人質と言っても、ひどいことをするわけではありませんよ。ウェルズリー伯からはギルバート、フェルナー伯からはシャーロットを差し出してください。タウンゼント伯とブルーネワルト子爵からも、自身の子供を一名、お願いします。その四人には、『地方貴族教育研修』という名目で、この王宮に数か月間住んでもらいます。上級貴族同様の待遇でお迎えしますから、安心してください」
私はフェルナー伯を見ると、軽くウィンクをした。
「どうですか? 私も少しは戦略の基本を学んでいるでしょ?」
困った表情を浮かべるフェルナー伯を余所に、私は貴族達に対して話を続けた。
「これで皆さんは、私を容易には討てないと思います。ですが、政治ゲームはここまでです。皆さんから私の身を守ることは、本来の目的ではありません。今後は皆さんを心から信用します」
私は四人の貴族に順に視線を向ける。
「私は、国王が持つ財産を可能な限り売却し、複数の闇ルートを使って、軍事費を皆さんに融通します。それを使って、数カ月以内に、軍備を上級貴族に勝てるレベルにまで引き上げてください。内戦を起こさないように尽力しますが、もし避けられない時には助力をお願いします」
私がそう言うと、ウェルズリー伯は私を見て笑みを浮かべた。
「女王陛下は、本当に聡明でいらっしゃいますね。私達は、陛下を過少に評価していたようです。まさか、手の平の上で踊らされていたのが私達だったとは驚きました。……陛下の寛容さがなければ、私達は今頃、反逆罪で公開処刑されていたことでしょう」
そして、四人の貴族は私に向かって深く頭を下げた。
「私達は、女王陛下のために微力を尽くします」
こうして私は、前世の革命軍を率いた四貴族達と軍事同盟を結んだ。




