第1話 革命の火
ドンッッ!!!!
部屋の扉を蹴破られる大きな音で、私は目を覚ました。
「どうか乱暴はお止めくださいっ!! ここは女王陛下の寝室です!!」
「邪魔だ!! どけっ!! 殺されたいのかっ!!」
私が上半身を起こすと、侍女達が懸命に制止するのを振り切って、四人の男性が部屋の中に入ってくるのが見えた。窓から差し込む月明かりを頼りに目を凝らすと、その手には戦士が持つような大きな剣が握られている。
「女王陛下。夜分に失礼いたします」
暗がりの中、四人の男性が私のベッドの前に跪く。私は侍女達に部屋のランプを灯すように指示を出しながら、男性達に声を掛けた。
「……随分と騒々しいですね。一体、何事ですか?」
すると、暗闇の中、四人の男性が一斉にその場に立ち上がった。そして、全員が手に持っていた剣を私に向けて構える。一番前に立つ男性が、剣の切っ先を私に向けた。
「女王陛下、……いや、シルヴィア・ローゼンハイム。貴女を王国の大罪人として逮捕する。我らとご同行願いたい」
侍女達がランプを灯す手が一斉に止まった。部屋にしばらくの間、静寂が流れる。
「……あなたは、急に何を言い出すのですか?」
私は目の前の影に視線を向けたまま、ベッドの飾り板に隠された呼び鈴の突起を引っ張った。これで、近衛隊の部屋に緊急通報がなされたはずだ。
同時に、私は侍女達にランプの点灯作業を続けるように伝えた。近衛隊が到着するまで、目の前の四人の相手をして、なんとか時間を稼がなくてはならない。
侍女達が手を震わせながらランプを灯していくと、徐々に男性達の姿が明らかになっていく。
「あなた達は……、王国貴族なのですか?」
彼らが身に着けている仕立ての良い軍服は、王国貴族軍の将校のものだ。将校の軍服は王の名で貴族達に下賜され、一般人が着ることは許されない。それを着ているということは、彼らが貴族であることを意味していた。
「挨拶が遅れました。私はブライアン・ウェルズリーと申します。ウェルズリー伯爵家の当主を務めております」
一番手前の男性に続いて、残りの三名も、ローレンス・フェルナー伯爵、ジェレミア・タウンゼント伯爵、セドリック・ブルーネワルト子爵を名乗った。
ランプが弱々しく暗がりを照らす中、ウェルズリー伯が表情を硬くした。
「……時間がありません。どうか我々に従って、このまま王宮の地下牢に移動してください」
私には全く状況が分からない。……これは夢なのだろうか?
私は目の前の貴族達を睨みながら、なかなか到着しない近衛隊に苛立ちを覚えた。部屋の出入口付近に立つ侍女達に鋭い視線を向ける。
「近衛隊は何をしているのですか!! 今すぐに呼んできなさい!!」
私が侍女達に向かって叫ぶと、そのうちの一人が慌てて部屋を飛び出していった。私はすぐに目の前の四人の貴族に視線を戻す。
「……ウェルズリー伯。私には、あなたの言っていることが全く理解できません。私の寝室に突然乱入した上に、私を逮捕する? 王に逆らう者は、この国では死刑ですよ?」
ウェルズリー伯は私の言葉を聞いて、剣を腰の鞘に収めると、ベッドの上に上半身を起こしている私に近付いてきた。私は身の危険を感じてベッドの反対側に下りて逃げようとするが、ベッドのクッションのせいで素早く動けず、強引に腕を掴まれてしまった。
「何をするんですかっ!! 無礼なっ!! 誰の許可を得て、私の身体に触れるのですかっ!!」
私は懸命に腕を引っ張って、ウェルズリー伯の手を振り払おうとする。しかし、女性の私では男性の腕力に敵わない。
私はそのままベッドから引きずり下ろされて、床の絨毯の上に倒された。そして、髪の毛を強引に掴まれると、グイッと一気に引っ張り上げられる。
「痛いっ!! 今すぐに放しなさいっ!! あなたっ!! 自分が王に向かって何をしているか分かっているのですかっ!? 絶対に許しませんよっ!!」
私は髪の毛を引っ張りあげるウェルズリー伯の腕に爪を立てるが、何の効果もない。中腰の状態のまま窓際まで強引に連れて行かれる。そして、強制的に顔を窓の外に向けさせられた。
「シルヴィア・ローゼンハイム!! いい加減に目を覚まして、あれを見なさい!!」
私が痛みによる涙目のまま、窓の外に目を向けると、王宮を囲む城壁の外が真っ赤に染まっているのが見えた。
「……あれは、何ですか?」
私の問い掛けに、ウェルズリー伯はしばらく間を置いてから口を開いた。
「革命の火です。王都は我々貴族連合軍が掌握し、残りはこの王宮を残すのみです。貴族連合軍と共に戦う民衆達が、王宮の城壁のすぐ外側まで迫っているのです」
「……革命?」
「そうです。今夜、ローゼンハイム王国は滅びたのです」
ウェルズリー伯は掴んでいた私の髪の毛を放した。その瞬間、私の身体がストンと床に落ち、私はそのままペタンと座り込む。
最初はウェルズリー伯の言葉の意味を理解できなかったが、次第に身体が震え出した。
私は床の絨毯に視線を落としたまま、自分の身体を抱くようにして、なんとか声を絞り出した。
「……ウェルズリー伯。これは夢ですよね? 三百年続いた王国が滅びるなんて……」
「夢ではありません。我々のような一部の貴族が、王国に不満を持つ民衆達の代弁者となり、各地で一斉に蜂起したのです」
私はウェルズリー伯を見て、眉間に皺を寄せた。
「……どういうことですか? 皆、この王国に満足していたのではないですか?」
ウェルズリー伯は首を左右に振って、話を続ける。
「シルヴィア・ローゼンハイム……いえ、女王陛下。貴女がそんな状態だから、この国で革命が起きたのです。……ですが、今はそんなことはどうでも良いのです」
ウェルズリー伯は、床に座り込む私に視線を合わせるように、私の前に跪いた。
「今、城壁のすぐ外側には数万の民衆がいます。貴族連合軍が彼らを必死に抑えていますが、このまま女王を捕縛できない膠着状態が続けば、いずれ憤った民衆が王宮に突入してきます」
その言葉を聞いて、私は目を大きく見開いた。
「そうなれば、王宮内の人間は皆、身ぐるみ剥がされ、尊厳を失われた状態で惨殺されるでしょう。……もちろん、貴女も例外ではありません」
私は再び床の絨毯に視線を落とす。
「ですから、王国貴族である我々が、こうして参上しました。我々が女王を捕縛したとなれば、この革命は終わりです。どうか我々に従って、地下牢に移動してください。そうすれば、民衆達の王宮内への侵入を正当な理由で止めることができます」
つまり、私を逮捕することで、怒り狂った民衆から王宮の人々を守ると言いたいのだろう。革命という極度の興奮状態下では、民衆は理性を失いやすい。王宮に侵入した民衆が侍女達への婦女暴行や大虐殺を始めるのは、女王の私にも容易に想像できた。
私は窓枠に手を掛けてフラフラと立ち上がると、窓の外をぼんやりと見る。
「……あれは、本当に革命の火なのですか? ……あなた方が、私を騙そうとしているのではないですか?」
ウェルズリー伯は私の隣に立つと、ポケットからいくつかの金属板を取り出した。
「……これは何ですか?」
「近衛隊兵士の認識票です。軍において、戦死者の身元を確認するためのものです」
私はウェルズリー伯の手の平にある数枚の金属板を見て、近衛隊がここに来られない理由を悟った。
「残念ながら、王宮の全ての人間を救えるわけではありません。武器を持って我々の行く手を阻むものは、斬り捨てるしかありませんでした」
ウェルズリー伯の言葉と同時に、近衛隊を呼びに行っていた侍女が戻ってきた。
「女王陛下っ!! 廊下が血の海ですっ!! 近衛隊は……、近衛隊の皆様は……」
侍女はそこまで言うと、その場に座り込んで泣き始めた。他の侍女達が、その侍女を慰めるために駆け寄っていく。
私は唇をギュッと噛むと、ウェルズリー伯の顔をじっと見つめた。
「……私に考える時間はありますか?」
ウェルズリー伯は首を左右に振る。
「ありません。民衆が一斉に動けば、数で劣る我々には止められません。今はまさに一触即発の状態です」
私は再び窓の外に視線を向けると、ウェルズリー伯の顔を見ることなく答えた。
「……分かりました。皆に従います」
フェルナー伯が私に近付いて、私の両手に木製の手錠をかける。それと同時に、タウンゼント伯とブルーネワルト子爵が急いで部屋を飛び出していった。おそらく、革命軍本体に私の捕縛を連絡するのだろう。
私は自分にかけられた手錠を見ながら、ウェルズリー伯に問い掛けた。
「……私はこの後、どうなるのでしょうか?」
ウェルズリー伯は一瞬私から視線を外すと、改めて私の顔をじっと見つめる。
「革命政府が成立するまで、一週間ほど地下牢で過ごしていただきます。そして、革命政府の準備が整い次第、貴女の非公開裁判を行います」
「……非公開裁判ですか?」
「裁判と言っても、形式的なものです。革命政府は、王宮広場において新政府樹立を宣言すると同時に、貴女を斬首刑に処します」
ウェルズリー伯の説明に私は言葉を失った。しかし、ウェルズリー伯はそのまま話を続ける。
「貴女の斬首刑は民衆の前で行われます。そして、旧政府打倒の証、また、王党派復活の芽を摘むため、貴女の躯は一切を残すことなく、王宮広場で灰になるまで焼かれます」
私は顔を青くすると、再びその場にペタンと座り込んだ。身体の震えが止まらない。
「そんな……。私はそんなに悪い王だったのですか? 私は、そんなに皆に憎まれていたのですか?」
私は視線をウェルズリー伯とフェルナー伯に順番に向けるが、二人からの答えは無い。私の目から止めどなく涙が溢れ出てきた。
「……お父様の亡き後、私は精一杯、皆の幸せのために頑張っていたつもりだったのに……」
私は手錠を口元に当てながら、声を必死に押さえて嗚咽する。二人はそんな私が泣き止むまで、地下牢への連行を待ってくれた。
◇ ◇ ◇
十分ほど経過した後、私は少し落ち着きを取り戻した。口元に当てていた両手を下ろすと、その手にはめられた手錠を見つめる。
「……お父様、ごめんなさい。二十代半ばの小娘には、王の地位は荷が重すぎました。歴代の王が守った王国を、たった六年で滅ぼしてしまいました。本当に申し訳ありません……」
ウェルズリー伯とフェルナー伯が、両側から私の腕をそれぞれ持ってグイっと引き上げる。私はフラフラとその場に立ち上がった。ウェルズリー伯が私に声を掛けた。
「……女王陛下。それでは参りましょう」
私は二人に引っ張られるようにして、王宮の地下牢に連行された──。