辛口令嬢と甘口王子の我慢くらべ
「さあ、勝負をはじめましょうか」
「ああ、今日は僕が勝つよ」
週に一回の婚約者とのティータイム。
この時間に、私――アーリン・ペペロンは、この国の王太子――リアム・スイティアとある勝負をする決まりがあった。
お茶会には、甘いスイーツが並ぶのが一般の貴族や王族の嗜みだろう。
だけど、いまこの場に立ち込めているのは甘ったるいスイーツの香りだけではなく、鼻を突きさすような香辛料や、鼻がもげそうなほど独特なニンニクの匂い。
もしここに私の母や王妃様などがいたら眉をひそめて扇子で顔を隠して立ち去るだろう。
それほどまでに、私の好みというものは、この世界の住人とはかけ離れていた。
◇◆◇
私が前世の記憶を取り戻したのは、スイティア王国の王太子であるリアムとの婚約話が持ち上がった十歳の時だった。
王宮で初の顔合わせをした時に、リアムの傍に控えていた従者から懐かしい香りを嗅いだかと思うと、脳裏に前世の記憶が駆け巡った。
鼻を突きさすような、香辛料の香り。ほのかな匂いだけれど、これは確実に、私の大好きなアレだ。
好きなものの香りを嗅いで興奮していた私は、王太子との挨拶もそこそこに、彼の従者に歩み寄っていた。
従者は王国東部の出身で、東の国と取引のある令息らしい。その伝手で、東のある香辛料を手に入れたというのだ。
その香辛料は刺激的で舌がピリッとして、とてもじゃないけれど多くは使えない。けれど少しし使うだけだとピリ辛になって美味しいと、従者は笑顔で話していた。
私はその従者の実家と掛け合い、その香辛料を分けてもらった。
それが、始まりだった。
リアムとの初の顔合わせ以降、私は彼から届く招待状に片っ端からお断りの返事をして、公爵家のキッチンに入り浸り、料理長やメイドたちから奇異な視線で見られながらもあるもの作り続けていた。
手伝おうとした料理人もいたけれど、匂いを嗅いだり、試食してもらうと、すぐに顔を青ざめさせてどこかに去ってしまう。だから一人で作るしかなかったのだけれど――。
それはなかなか納得いくものにはならなかった。
そんな矢先、私の手紙の返事を受けて、リアムが公爵家に訪問した。リアムにはしばらく会えないと手紙を出していたはずなのだけれど、どうやら痺れを切らしたようだ。
彼は厨房にいる私のところに来ると、その匂いに口を抑えた。
「無理をしなくてもいいですよ」と伝えたのだけれど、その言葉になぜか対抗心を燃やしたのか、口から手を放して近づいてきて、私が作っていた香辛料マシマシのキムチを摘まむと、おもむろに口の中にいれた。
リアムは、まるで火を噴く寸前の火蜥蜴のように顔を真っ赤にすると、急いで水道の蛇口を捻り、水を口に含んだ。水を飲んだって辛さが和らぐわけじゃないのに。
ヒーヒー言いながらも、リアムはすました顔に戻り、「悪くはないね」と呟いた。
それが強がりだということは知っていたが、私は知らないふりをしてあげた。
「そうですか。お口にあったようでなによりです」
「う、うん、なんというか……刺激的な味だね」
唐辛子だもの。
「それよりも、アーリン嬢。どうして僕の誘いを全部断ったんだい?」
「これを作るのに忙しかったからです」
「これ?」
そんな厭そうな顔をしないでほしい。
「はい。キムチ――という東の国では伝統の料理です。白菜を唐辛子と一緒に漬けたものになります」
「唐辛子というと、僕の従者から巻き上げた――いや、譲り受けた東の国の香辛料かい?」
東の国は、前世で言うところの日本に似ている国だ。
私が転生したこの乙女ゲームは、平民だったヒロインが貴族の隠し子であることが判明して、貴族の学園に入学するよくあるストーリーだ。入学したヒロインは持ち前の天真爛漫さを発揮して、クラスメイトの騎士団長の息子や宰相の息子から、この国の王太子であるリアムと親交を深めていき、そのなかの一人と結ばれる乙女ゲーム。
この作品はミステリ要素もあって、意外と人気があったのよね。
そして私が転生した、この体の持ち主――アーリン・ペペロンは王太子の婚約者であり、ヒロインの邪魔をする悪役令嬢だ。学園で陳腐ないじめをして、婚約破棄されることにより、教会で神に祈りながら一生を終えることになる。
つまり、私はこの王子と仲良くなったところで、婚約破棄されるだけの運命だってこと。
だから好き勝手生きてやるって思って、前世から好きだったキムチづくりを始めたの。
――でも、まだまだ足りない。
辛さが。
この世界の唐辛子、正直ぜんっぜん辛くないのよね。
「これを作るために、僕の誘いを断ったんだ……」
「はい」
「でも、婚約者なんだし、できればお茶会には参加してほしいんだ。じゃないと、僕も君も立場がないだろう?」
「いいえ? 私は、あなたに興味ないですし」
「……そっかー。それなら、どうしたら僕の誘いに応じてくれるんだい?」
「そうですねー」
少し考える。正直未来に婚約破棄してくる王子と仲良くすることにメリットを感じない。
でもだからと言って、王族の誘いをそう何度も断るのは外聞的に悪いだろうし。
あ、そうだ。
そこで、私はリアムに無理難題を吹っ掛けることにしたのだ。
「このキムチ、全部食べられたら、お茶会に付き合ってあげてもいいですよ」
リアムは何とも言えないような顔をしたものの、頷くとうんうん唸りながらもキムチを平らげた。
これが、私とリアムの我慢くらべの始まりになった。
◇◆◇
話は現在に戻り、今日も私たちは我慢くらべを続けている。
十歳の頃にリアムに会ってから、もう四年は過ぎている。
その間、リアムに「僕だけ我慢してキムチを食べるのもひどくない?」と言われたので、我慢比べの課題が私にも与えられた
それは、リアムが選んだ甘くて甘ったるいお菓子を平らげることだ。
リアムは私と違って大の甘党だ。ゲームでもその甘さは発揮して、甘口王子とファンの間で親しまれていたほど。甘いお菓子をお腹いっぱい食べることもそうだけれど、その甘いフェイスや甘い言動に多くのファンが見悶えた。
リアムは私の用意した辛いキムチを食べ、私はリアムの用意した甘いお菓子を食べる。
どちらが一番早く食べ終わったかによって勝敗は決まり、負けた方は勝った方の願い事を一つだけ聞かないといけない。
「さあ、勝負をはじめましょうか」
「ああ、今日は僕が勝つよ」
お互いに、相手の用意したものに手をつける。
穏やかなはずのお茶会には似つかわしい、ピリッとした空気が肌を刺すかのようだ。
今回リアムが用意したお菓子は、マカロンの詰め合わせだった。色とりどりのマカロンは可愛らしく、貴族子女の間でも人気の銘柄。私が普通の令嬢なのであれば、お茶とともに喜んで食べただろう。
でも、一口食べて感じる、その甘さ。
ほんと甘い。甘ったるい。
でも、咀嚼を止めるわけにはいかない。
もう一口食べて、噛んで、飲み込む。
噛んで、飲み込む。
う、あま。
三つ食べたところで、気持ち悪くなってきた。
だけど、まだ残り四つもある。
七色のマカロンとか、彩りよすぎない?
というか、甘い。甘すぎる。
チラリと前を見ると、火を吹く直前の火蜥蜴のような顔をしたリアムと視線が合った。
リアムは年々辛くなっていくキムチをひと口ずつ口に入れては、噛んで、飲み込んでいる。一緒に飲んでるのが水やお茶ではなく、ミルクだというところは、ここ数年の学びが現れているだろう。でも、それでもフォークの進みは遅い。
甘さと格闘しながらなんとかマカロンを食べ終えた私は、フッと勝ち誇った視線をリアムに向けた。
リアムはヒーヒー言いながらも、私から少し遅れてキムチを食べ終えた。
「私の勝ちですね、リアム」
「ぼ……ぼ、ゲホッ……僕ゲホッ、の……ゲホッ」
「落ち着いたら喋ってください」
リアムは舌をヒーヒー言わせながらも、落ち着いてから口を開いた。
「ぼ、僕の、負けだよ。今回こそ、アーリンを甘やかしたかったのに」
「残念ですね。それでは私の勝ちですので、今回のお茶会はこれでおしまいです」
さっそうと立ち上がると、リアムは「待って!」と声を上げる。
「頭ぐらい、撫でさせてくれないかな?」
「嫌です」
「そう言わず、昔みたいに少しぐらい甘やかせて」
上目づかいでそんなことを言われて、思わず言葉に詰まる。
潤んだ瞳は、ゲームのスチルでも見たことのあるものだった。
今日はまだキムチを食べていないのに、胸の奥がピリッとする。
「勝ったのは私です。ので、お断りします。わ、私の頭を撫でたかったら、リアムが勝ってください」
何とか声を絞り出す。
「そうだよねぇ」
この我慢くらべに、私はここ数年で何回かリアムに負けたことがある。
その結果は、とてもじゃないけれど言葉に表せないほど、屈辱的なものだった。
特に十一歳の頃、彼の膝の上に乗せられて、頭を撫でられたときは全身が熱く燃え滾って、まるで火を吹く直前の火蜥蜴のような気分になってしまった。
『アーリンの栗色の髪の毛はモンブランみたいにふわふわだよねー。そのミルク色の瞳も見ているこっちが蕩けそうなほど素敵だよ』
彼の甘さは私には毒だ。
だって私は、ゲームの甘ったるい王子の言動に絆された、ファンの一人だったのだから。
今回は私の勝ちなので、今回も早くにお茶会を切り上げさせてもらう。
「待って、アーリン」
立ち上がったリアムが、跪くと徐に私の手を取った。指先に軽く口づけをしてくる。
「今度こそ、僕が勝つからね。待っててね」
何を待てというのか。どうせ学園が始まったら、私と婚約破棄してヒロインにその甘いフェイスと甘い言葉を向けるに決まっているのに。
私を見つめる空色の瞳から目を逸らすと、火を吹きそうになる顔を隠すように私は王城を後にした。
彼の甘さは、本当に毒だ。
苦手な辛い物を食べさせられているのに、どうして私に優しくしてくるのだろう?
お茶会も、彼と顔を合わせるのも、顔が熱くなるほど嫌だというのに。
「はあ、つらい」
次はもっと辛いキムチを作ってやる。心に決めた。
十五歳になって春になれば、学園とともにゲームのストーリーが動き出すだろう。
そうしたら、このもどかしさも、なくなるのだろうか。
※お読みいただきありがとうございます。少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。




