プロローグ
閑散とした廃村。
そこに一人の老人が住んでいた。
老人は隙間風が入るボロ小屋に座り、小さな庭で取れた野菜を煮込んだスープに口を付ける。
老人は齢80を越え、かつては王国随一の剣豪として名を馳せた。
郊外には大きな邸宅を構え、敷地内に建てた道場には100人を超える弟子たちが剣豪の教えを受け、騎士や傭兵となりその力を存分に発揮した。
ある日、剣豪が揺れる稲穂を見た事で着想を得た新たな剣術を世に広めようとした。
しかしその剣術は余りに地味だった為、何故か国王の反発を買い、いや正確にはその剣術の理を説明されても理解しなかったとある貴族の反感を買い王国を追い出されてしまった。
その後、剣豪はその剣術を極める為放浪生活を続けた。
剣豪が60を超えた時に見つけた廃村に住み込み現在に至る。
「ふう、クズ野菜を飲み込むにも一苦労するとはのぅ。 儂の人生ももう・・・」
食べ終えた老人は茶碗を置き、ゆっくりと立ち上がる。
立て掛けてある杖代わりのボロボロの刀を手にし、外に歩き出した。
廃村を眺めながらゆっくりと歩く。
この世から旅立つまでに、まるで思い出を記憶するかの様に、初めて来た時はこうだった、ああだったと想いを馳せながら散歩をする。
いつもの散歩、だが今日はそのいつもの日常と異なる物だった。
老人がふと丘に目を向けると、丘の頂上に生えている大きな木の根本に誰かが居る。
「ふむ、誰であろうか?」
老人は痛む膝をおしながら、丘の頂上を目指す。
やっとの思いで丘の頂上に到着した老人は、木の根本に居る人物に声をかける。
「これ、大丈夫かの? もうすぐ日が暮れる。 そこにおっては身体が冷えてしまうぞ?」
その声に反応してか、木の根本に居た人物が顔を上げる。
そこには顔が酷く腫れた老婆が居た。
「これは・・・、いきなりでスマンがしばし待て。」
老人は老婆の姿を見た後、老婆の前に跪き1枚の葉とナイフを取り出す。
ひっ、っと老婆は怯えるが老人は優しい笑みを浮べ、
「少し怖がらせたかの、でも大丈夫じゃ。 その瞼の腫れは獣道に生えとる毒草のものじゃ。 ほうっておくと目が腐りそこから体内に毒が入り脳がやられて死んでしまう。 何、儂に任せればええ。」
そう言うと、老人は腫れた瞼に葉を当てる。
その葉は麻痺草であり、瞼の感覚を奪う。
そしてナイフで瞼で薄く切り傷を付けると、老人はそこに口を付けて毒を吸い出した。
数回それを繰り返すと老人は毒を全て吸い出したのか、別の葉を取り出し老婆の瞼に貼り付け、自らのローブを切り裂き老婆の目に巻く。
「今瞼に貼り付けた葉っぱは回復草の新芽じゃ。 2〜3日もすれば治るであろう。 さて、夜になればここにも野生の魔物が現れる故、儂の家にいくぞ。」
そう言うと老人は、高齢とは思えない力強さで老婆をおんぶし、自分の家に向かった。
道すがら、老人は老婆と久しぶりの会話を楽しんだ。
老婆は「はい、はい」と返事をするだけだったが、老人にとって数十年ぶりの会話なのか、老人はそれだけでも楽しかった。
家に着いた後は、老婆の身体を拭いたり、食事をさせたりと、甲斐甲斐しく介護を行った。
そして3日たったある日、老婆に食事を持っていった時、居間にいる老婆が床に手を付き深々と頭を下げている。
そして老婆が顔を上げた瞬間、老婆は流れる所作ですっと立ち上がり、老人の顔を見つめた。
立ち上がった老婆は見る見る若返り、身体から薄っすらと光を放ち始めた。
老人が驚いていると、老婆だった者は口を開く。
「かつて最強と謳われた老剣士よ。 自らも死ぬやもしれぬ処、口で毒を吸い出すなぞ並みの者では出来ぬであろう。」
呆気に取られる老人だったが、眼の前の女性に見覚えがあった。
「まさか・・・、武神様であらせられるか?」
そう、眼の前の人物は遙か昔に、王国の神殿の彫刻で見た、最強の武神と言われる者だった。
「然り」
神が現れ、そして年老いた老人。
この構図は老人の・・・
「そうですか・・・、私を迎えに来た・・・と言う事でしょうか?」
老人の言葉に、武神は何やら不思議そうな顔をするも、
「否、我は汝を試した。 汝の強さは我にも届き得る程の強さがあり。 しかしその様な者はかつて数人は存在せり。 だが心はそうはいかぬ。 強さには慈愛が必要である。 心無き強さは只の暴力よ。 そして汝は、その心を我に示した。 かつて剣豪と呼ばれし者よ、汝の望みを叶えよう。 汝にはその資格がある。」
老人は呆気に取られるも、武神の「望みを叶えよう」と言う言葉。
その言葉に老人は武神の埓外の言葉を発した。
「・・・・・・を、探しとう御座います。」
「ん? 何とな?」
「嫁を・・・探しとう御座います。」
「は?」
✩✩✩✩✩
「な、成る程。 強さではなく番とな。」
「はい。 私はこの80年剣だけに生きて来ました。 そして我が剣は、その頂きに到達しておりませぬが、もう余命幾ばくもなく。 せめて形だけで良いのです、私を看取り弔ってくれる者がおれば・・・と。」
それを聞いた武神は思案する。
「しかしそれは看取る者にとっては苦痛よな。 形だけであったとしても、汝の死を看取る故な。」
それを聞いた老人は、
「そう・・・ですな。 こんな老人のワガママに他人を巻き込む訳にも・・・」
困り果てた老人を眺めた武神は一つ提案をする。
「そうさな、なれば我が汝を若返らせると言うのはどうだ?」
「若返らせる?」
「然り、汝が若返れば汝の剣術、その頂きに到達出来よう、そして嫁探しも可能なのではないか?」
「その様な事・・・」
「何、心配はいらん。 汝の経験はそのままに肉体のみ若返らせる故、修練した汝の力は失われぬ。」
その言葉を聞いた老人の目に光りが差した。
それを見た武神は頷き、掌を老人に向ける。
「答えよ、汝の名は?」
「は、我が名はメイ・ユーラミ・リバーマンであります。」
「ふむ、ではメイ・ユーラミ・リバーマンよ、汝我が力を受けよ、汝の肉体は若返り、汝の天命を全うせよ。」
武神の言葉の直後、小屋全体が光り輝く。
こうして老人ことメイ・ユーラミ・リバーマンは武神の加護の元、嫁探しの旅のついでに世界を救う事になるのであった。