9 謁見室の断罪
「今日、みなに集まってもらったのは、ほかでもない」
恐怖の一夜が明け、次の日の午後には関係者が全員王宮の謁見室に集められた。
陛下や王妃様、カーティス殿下とその側近の方々、ライアン殿下とクライド様、ジェイコブ殿下、私とアシュレイ様、そして、レベッカ様と、どういうわけかエルドレッド様。
ラングリッジ王国と帝国の人たちは、みんな一様に硬い表情をしている。
レベッカ様はこの場に連れてこられたことが不服なのか不機嫌な様子を隠そうともしないし、エルドレッド様に至っては不気味に微笑んでいる。キモい。
「昨日起こったとされる、ここにいるライアン殿下の暗殺未遂事件については聞き及んでいるが」
威厳に満ちた陛下の声に、一瞬の緊張が走る。
昨日の時点で、陛下や王妃様の耳にもこの件に関する情報が届いているのは知っていたけれど、レベッカ様とエルドレッド様までもがさほど驚いた様子を見せないことに、少なからず目を見張る。
平然としたままの2人に、底知れぬ薄気味悪さを感じてしまう。
「そうだな……。グレイス嬢」
「は、はい」
いきなり名前を呼ばれ、若干面食らった。
「今回の一連の事件について、『ラングリッジの至宝』と名高いそなたに説明してもらいたいと思うが、どうだ?」
みんなの視線が一気に私一人に集まる。
少しの不安を覚えてアシュレイ様を見ると、微笑んで頷いてくれていた。
それだけで、私の体の隅々にまで圧倒的な自信が漲ってくるのを感じる。
「わかりました。お話しいたします」
私は軽く呼吸を整えてから前に出て、最大限涼しい笑顔を保ちながら話し始めた。
「まず最初に不審に思ったことは、レベッカ様の話し方にローダムなまりがあったことです」
「え?」
この場にいた誰もが、レベッカ様に目を向ける。
「は? 何言ってんの? 私のお父様はソラーズ子爵だしお母様もラングリッジ王国の人間よ? ローダム公国とは何の関係もないわよ」
「私もそう思っていました。でも、確かにわずかなのですが、ローダムなまりがあります。我がノーリッシュ家はこの国の外交を担っておりますので、幼い頃は父に連れられて諸外国を何度か訪問いたしました。そのときに聞いた、ローダム公国の方々の話し方に似ているなと思いまして」
「そんなの、単なる気のせいでしょ?」
「私もはじめはそうかな、と思ったのですが……。レベッカ様より少し前に編入されていたエルドレッド様とお話ししてみても、やっぱり同じようななまりがあるなと確信しまして」
エルドレッド様が、不気味にニヤリとその口角を上げた。
キモい。
「ソラーズ子爵の庶子で、母親も当然ラングリッジの人間だと聞いてはいたので何故ローダムなまりがあるのだろう、と思っていました。そのあと、レベッカ様が肌身離さず身に着けているネックレスに気づきまして」
レベッカ様は、今日も身に着けていたそのネックレスに無意識に触れている。
「こ、これが何よ」
「初めてそのネックレスを見たとき、どこかで見たことがあるなと思ったのです。でも、思い出すのにだいぶ時間がかかりました。まったく関連性のないところで目にしていたからです」
「それはどこだ?」
カーティス殿下が面白いものを見るような顔つきで続きを促す。
「『魔法及び魔導の実践』という本です。ご存知の通り、この世界に魔法や魔導といった類いのものは存在しません。古代語で書かれたその本には、かつて古代文明が栄えていた頃に存在したとされる魔法や魔導についての詳細な記述があるのですが、そこにレベッカ様のネックレスが描かれています」
「そ、そんなわけ……!」
「今日はそれをお持ちしました」
私は、後ろに控えていた近衛兵から本を受け取った。
王立図書館から借りていたその本は、昨日のうちにお兄様にお願いして持ってきてもらっている。
私はレベッカ様のネックレスと同じものが描かれたページを開いて、近衛兵に手渡した。
近衛兵がそれをカーティス殿下に持っていくと、絵をのぞきこんだ殿下は「ほう」と言ってレベッカ様を鋭い目で見つめる。
「同じだな」
「は? そんなわけ」
「それで、このネックレスは何なんだ? グレイス嬢」
レベッカ様の反論を完全に無視して、心なしかちょっとドヤ顔のカーティス殿下は私に尋ねた。
「これは、古代に開発された魔導具です。『魅了』の効果が付与されているそうです」
私の言葉に、レベッカ様が苦虫を嚙み潰したような表情をする。
エルドレッド様はまだ余裕があるのか、全く表情を崩さない。
ラングリッジの面々やライアン殿下、クライド様は昨日の時点で私の仮説を粗方聞いている。
だから今更驚くことではないはずだけど、それでもやっぱりレベッカ様の首元を見つめるみんなの表情が混迷と当惑の色に染まっていた。
無理もない。
今この世界には存在し得ないはずのものが、目の前にあるのだから。
「魅了って、あの『人の心を惹きつけて夢中にさせる』とかいう?」
「はい。ただしそのネックレスには魅了効果の発動条件があって、それが『近づく』『触れる』行為であると本には書かれています」
「てことは、レベッカ嬢が貴族令息たちと異常に距離が近くてやたらベタベタ触りまくってたのって……」
「『魅了』を発動させるためだと思います。また、その魔導具による『魅了』の具体的な効果は好意の『増幅』であって、『生成』することはできないとも書かれてあります」
「つまり、レベッカ嬢に対して少しでも好意があればそれを『増幅』することはできるけど、何とも思ってないとか嫌悪感を抱いているような者に好意を持たせることはできないということか?」
「はい」
レベッカ様のネックレスに付与された『魅了』の効果はレベッカ様に好意を持つ者に限定され、好意を持たない者の心を惹きつけて夢中にさせることはできない。
「ない」ものを「ある」ようには、できないのだ。
「でも、子爵令嬢のレベッカ様がそんな国宝級に貴重な物を持っているとは考えられず、単に似たデザインなだけかと……。その後、何度か近くで拝見する機会がありましたが見れば見るほどやっぱり似ていますし、ジェイコブ殿下をはじめとして複数の貴族令息たちが『魅了』の影響下にあるように見えたので、ジェイコブ殿下にもレベッカ様にも距離を保つようにお伝えしてきたのです」
そう。
適切な距離を保つよう注意してきたのは嫉妬からではなく、「もし本当に『魅了』が付与された魔導具だったらジェイコブ殿下の身に危険が及ぶ可能性があるから」なのだ。
「なるほどな。つまり、ジェイコブはその『魅了』の影響下にあったわけだな」
カーティス殿下の痛烈な皮肉に、ジェイコブ殿下は悔し気な様子で口を引き結ぶ。
「で、ジェイコブ。お前はその『魅了』のせいで、ライアン殿下の私室にサエアの実という毒の入った紅茶缶を持ち込んだのか?」
昨夜、王宮の私が泊まっていた部屋に忍び込み、近衛兵に拘束されたジェイコブ殿下はそのままカーティス殿下に引き渡され、事情を聞かれていたらしい。
それまで私の話のほとんどを俯いたまま聞いていたジェイコブ殿下は、カーティス殿下に問われて火がついたように話し出した。
「だ、だってさ! レベッカに言われたんだ。これをライアン殿下の私室に置いてきてほしいって」
「それがどういう事態を引き起こすのか考えもなしにか?」
「毒が入ってるなんて知らなかったんだよ! ただ、これと同じものがあるはずだからそれと交換してきてくれって。メレディス家が間違えて納品しちゃったみたいで、バレるとライアン殿下にそれを渡したハーシェル公爵家にも迷惑がかかるし、大ごとにしたくないからって……。毒入りの紅茶缶だって知ってたら、そんなことするわけがないだろう!」
「だとしてもだ。王族しか知らないはずの隠し通路を使ってお前がやったことは、帝国皇太子の暗殺未遂だ。その事実は変わらないし、お前の罪は免れない」
「そんな……! あ、兄上! グレイスは全部わかってたのに何も教えてくれなかった! 俺だって知っていたらこんなことしてない! 婚約者だったのに大事なことは何も言わなかったグレイスのせいでもあるだろ!」
興奮して怒りを露わにしたジェイコブ殿下は、私を指差し激しい口調で怒鳴り散らした。
私は昨夜の光景を思い出してしまい、俄かに震えが止まらなくなる。
それに気づいたアシュレイ様が、そっと私に近づいて肩を抱いてくれた。
そして、私にだけ聞こえる声で「大丈夫だから」とささやいて、優しく微笑む。
「ジェイコブ」
カーティス殿下の刺すように冷徹な声が、謁見室の床に落ちる。
「さっきグレイス嬢が言っていただろう? 国宝級の貴重なネックレスをたかだか子爵家の令嬢が持っているわけがないと。半信半疑だったから、言えなかったんだよ。それでもお前のために、何かが起こるのを未然に防ごうと彼女は一人で必死に抗っていたんだ。そのときお前は何をしていた? レベッカ嬢を始終そばに侍らせて、グレイス嬢の苦言に反発していただけだろ? それに、もしも彼女が自分の考えを事前にお前に話していたとして、お前はそれを信じたのか? どうなんだ?」
ジェイコブ殿下は、何も言い返せず唇を噛みしめる。
「信じなかっただろ? レベッカ嬢を疑う発言に怒って、グレイス嬢をもっと傷つけていたかもな。だいたい、グレイス嬢が自分の考えを一つも話せなかったのは誰のせいだと思ってるんだ。お前が婚約者であるグレイス嬢との信頼関係をきちんと築いてこなかったからだろう? その証拠に、アシュレイにはちゃんと話してたんだからな」
ジェイコブ殿下は信じられないといった顔をして、アシュレイ様を食い入るように見つめた。
アシュレイ様はそんなジェイコブ殿下など気にも留めず、私の顔をのぞきこんだまま「な? 大丈夫だったろ?」なんて小さな声でささやく。
「ジェイコブ。お前のいちばんの罪はな、『知の国』ラングリッジの王族でありながら、学ぶことで己に向き合い、考えることで物事の本質を見抜くというラングリッジの誇りを軽んじ、しまいには放棄したことだよ」
カーティス殿下の容赦のない言葉に、ジェイコブ殿下はがっくりと項垂れた。
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