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7 博識令嬢の真骨頂

「この紅茶、飲まないで!!」


 血相を変えてなりふり構わず大声で叫ぶと、驚いたアシュレイ様とライアン殿下はぴたりと動きを止めて固まった。


 2人ともティーカップに口をつけていないことを確認して、私はひとまず胸をなでおろす。


「な、なんだ?」

「どうしたの? グレイス」

「お2人とも、まずはティーカップを置いてください。それからクライド様、この紅茶の茶葉を見せていただけますか?」


 突然の鋭い緊張感に気圧されたクライド様が、「は、はい」と言いながらそばにあったワゴンの上の茶葉が入った紅茶缶を手に取った。


 渡された缶を開け、私は缶の中の茶葉を呼吸も忘れてじっと見入る。


 茶葉を睨みつけたまましばらく動かない私に業を煮やしたライアン殿下が、恐る恐るといった様子で身を乗り出した。


「どういうことだ? 何があった?」

「そうだよ、グレイス。どうしたの?」


 アシュレイ様も、心配そうな表情で私の顔をのぞきこむ。



 私は軽く深呼吸して、それから意を決して口を開いた。



「毒です」

「毒?」

「はい。茶葉に毒物が混入しています。もし一口でも飲んでしまっていたら、命の危険があったかもしれません」


 それを聞いたライアン殿下が、はっきりと眉をしかめて険しい目つきをした。


「証拠はあるのか?」

「はい。この茶葉の中に、サエアの実が混入しています」

「は!? サエアの実だって?」


 今度はアシュレイ様が、いつになく声を荒げた。


「サエアの実って、あのサエアの実?」

「はい」

「サエアの実って、確かラングリッジ王国にしか自生しないと言われる猛毒植物だっけ?」

「そうです」



 ライアン殿下の言う通り、サエアの実はラングリッジ王国にしか自生しない植物である。

 そしてその実は、数粒で人を死に至らしめるほどの猛毒を含んでいる。



 サエアの実は、一見するとベリーの実にとても似ていて、昔は間違って口にしてしまって命を落とすというような事故が後を絶たなかったそうだ。


 そういうわけで、今ではサエアの自生地は国が保有する管理地として厳重に警備され、監視されている。


 そして、研究目的などでサエアを栽培する場合には厳しい審査と許可が必要とされている。



「サエアの実だって、どうしてわかるんだ?」

「そうですね、まず、ベリーの実はこうして乾燥させても深紅の色合いを保ちますが、サエアの実は乾燥させると少し茶色く濁ります」


 そう言って、私は茶葉が2人によく見えるように、紅茶缶をテーブルに置いた。


 2人は黙って探るように茶葉を見つめ、アシュレイ様に至ってはわざわざ眼鏡を一旦外してレンズを拭き、もう一度かけ直してから改めて凝視していたけれど、「わかるか?」「全く」などと言い合っている。


「さらにサエアの実が入ったせいか、紅茶の香りに少しだけすえたような匂いが混じっていました」


 私の言葉でライアン殿下はアシュレイ様に視線を向けたけど、アシュレイ様は何も言わずに首を横に振る。


 それからアシュレイ様は、眼鏡の奥の目を細めながら怪訝な顔で尋ねた。


「グレイス、サエアの実が乾燥させると色が変わるとか、変な匂いがするとか、どうして知ってるの?」

「それは、サエアを侯爵邸の温室で栽培したことがあるからです」

「は?」

「さっき、栽培するには厳しい審査と許可が必要って言ってたよな?」

「ですから、その審査を受け、許可を得て栽培していたのです。以前、毒性植物に興味を抱いていた時期があって、そのときに死亡事故を多発させたサエアについていろいろ研究してみたくて。正当な理由があり、しっかりとした手続きさえすれば許可は下りますし」

「マジか」

「はい。乾燥させたサエアの実とベリーの実の鑑別については、私が間違えることはありませんでしたが、栽培を手伝ってくれていた庭師の正答率は6割程度でしたのでもしかしたら難しいのかもしれません」

「いや、それ確実に難しいってことだと思うよ」


 アシュレイ様とライアン殿下は、お互いに困惑の色を帯びた顔を見合わせて、頷き合っている。



「でも、この紅茶の提供者はハーシェル公爵夫人だ。夫人が毒を混入させたってのは、ちょっと考えにくくないか?」

「もちろんです。ハーシェル公爵夫人は恐らく何の関係もありません」

「は? でもこの紅茶は……」

「この紅茶缶、多分偽物です。本物と見比べてみないとはっきりしたことは言えませんが、パッケージの色合いが少し褪せているように感じますし、ここが少しよれています」


 私が示した箇所を確認して、ライアン殿下はますます眉をひそめて地を這うような低いうなり声をあげる。



「じゃあ、この紅茶缶はどこから来たんだ? 自分で言うのもなんだがこの離れの警備は万全だし、こんなに厳重な帝国の警備をかいくぐって毒の入った紅茶缶を持ち込むのは至難の業だろう?」


 言われて、私は一瞬躊躇した。


 思い当たることはある。

 でも、それを言っていいのかどうか……。


 しばらく考え込んだ私は、覚悟を決めてすっくと立ち上がった。


 そして私たちが座るソファにほど近い場所にある、執務机の下に潜り込む。


「え、グレイス……?」

「ライアン殿下、この机は普段あまり使われることはないですか?」

「あ、そ、そうだな。寝室にある机の方が集中できるから、何かとそっちを使うことが多いけど」

「そうですよね。ここ、見てください」


 私が執務机の下を指差すと、2人と話の展開に興味を覚えたらしいクライド様が、おずおずとのぞきこんだ。


「王子妃教育で学んだのですが、王宮と王宮の敷地内にいくつかある離れとは、実は何かあったときのために隠し通路でつながっていまして」

「は!?」

「恐らく、ここが隠し通路の出口だと思います。床板が少しずれているので、最近誰かが使ったのではないかと」


 3人はまたしても無言で顔を見合わせ、最終的にライアン殿下が代表として、ずれた床板をさらにずらしてみる。



 果たして、そこに現れたのは地下に通じる階段だった。



「つまりどういうことだ?」

「誰かがこの隠し通路を使って、毒入りの紅茶葉をこの部屋に持ち込んだということ?」

「何のために?」



 その問いに、誰もが押し黙った。


 理由など、知れている。



 目的は、皇太子殿下の暗殺にほかならない。




「……マジか」


 ライアン殿下の声は、苦し気に掠れていた。



 それはそうだろう。自分が命を狙われていると知ったんだもの。



 それからしばらく、沈鬱な表情で何かを考えていたライアン殿下は静かに話し出した。


「今の話は、可能性のレベルの話ではないんだよな?」

「はい。調べてもらえばわかることです」

「わかった。クライド」


 ライアン殿下は衝撃を隠し切れず放心するクライド様を呼んで、淡々と指示を出す。


「今すぐカーティス殿下にここへ来てくれるよう伝えてくれ」

「はっ」


 正気を取り戻したクライド様が迷いなく部屋を出て行ってから、ライアン殿下は


「これからカーティス殿下に来てもらって、今ここで起こったことの一部始終を説明する。一緒にいてくれるよな?」

「もちろんです」


 アシュレイ様が、やっぱり迷いのない態度でライアン殿下を見上げた。





 アシュレイ様の揺るぎない忠義心に安堵した様子を見せたライアン殿下は、カーティス殿下を迎える準備のために一旦退出した。


 残された私とアシュレイ様は、いつのまにかお互いの手を握り合っていたことに気づく。



 未然に防いだとはいえ、皇太子が暗殺されそうになるまさにその現場に居合わせたのだ。


 知らず知らずのうちに体が強張り、そしてそうと気づかぬままお互いの存在に救いを求めていたのだろう。



「グレイス」


 重い緊張感を漂わせたアシュレイ様は、それでも私を気遣ってくれているのか殊更柔らかな笑みを浮かべた。


「本当は、もっといろいろ気づいていることがあるんだろ?」

「え」


 私は反射的にアシュレイ様を見返した。


「ことは帝国皇太子の暗殺未遂事件だ。それだけでも十分ショッキングだけど、グレイスはもっと重大な可能性に気づいてるんだろ?」

「どうして」

「そりゃわかるよ。ずっとグレイスを見て来たんだからね」


 優しく微笑むアシュレイ様を見つめながら、これまで誰も頼ることなく一人で抱えてきた重大な仮説についてもう一度頭の中を巡らせた私は、とうとう心を決める。


「確かに皇太子の暗殺未遂は重大な事件です。でも、もしも私が考えている通りなら、これは大陸全体を揺るがすもっと重大で深刻な事態に発展しかねないのではと」



 そうして私は、長い間一人きりで背負い込んでいたある懸念について、一つひとつ順を追ってアシュレイ様に説明し始めた。



 突拍子もないことだと軽くあしらわれるかもしれないという不安もあったけれど、そんなのはまったくの杞憂だった。


 アシュレイ様は驚いたり深刻な顔つきになったりまた驚いたり、表情をさまざまに変えながらそれでも私の話に疑念も抱かず熱心に聞いてくれた。


 一通り話し終わると、アシュレイ様が羨望の眼差しで私を見つめていることに気づく。



「あのさ」


 自然な仕草でその手を伸ばし、私の頬を撫でるアシュレイ様の目は、何故だか恍惚とした輝きを放っていた。


「グレイスの頭脳についてはこれまでも十分尊敬してきたつもりだけど、これからは尊敬じゃ足りないね。崇拝するレベルだね」



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 離宮の隠し通路を王の許可なく外国の皇族に知らせるのはたぶんかなりまずい罪になるかと。 そこから王宮に暗殺者を送り込むなどの使い道がありますから。
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