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6 2つのお茶会

「お待ちしていました」


 馬車のドアが開くと、そこにはアシュレイ様がいつもの笑顔で待っていてくれた。


 その手を借りて馬車を降りると、すぐさま賑やかな声に包まれる。


「まあまあ、よくいらっしゃいました」

「お待ちしてました!」

「グレイス様、お久しぶりですわね」


 顔を上げると、アシュレイ様のお姉様であるアンドレア様のたおやかな微笑みがあった。

 そしてその隣には、アシュレイ様のお母様であるディアハイル公爵夫人と妹のアナベル様の笑顔が。



 アシュレイ様には3つ年上のお姉様・アンドレア様と2つ年下の妹・アナベル様というきょうだいがいる。


 そしてアンドレア様は、実はカーティス殿下の婚約者でもある。つまり、いずれは王太子妃、将来的には王妃様になるお方。


 極めて優秀な王太子・カーティス殿下と、その横に並び立つ美しいアンドレア様。この国の若者はみんな、2人に憧れを抱いていると言っても過言ではない。




「本日はお招きいただき、光栄です」



 今日は、ディアハイル公爵家のお茶会に招かれていた。



 アシュレイ様に、


「グレイスと婚約したら、母上もアナベルも直接お会いしたいとうるさくてね。姉上とは面識があるだろうけど、一度うちに来てもらえないかな」


 とお誘いを受けたのは数日前のこと。




 私たちの婚約から、すでに数週間が経っていた。


 あれ以降、私たちの関係は至って良好で、今のところ何の憂いもない。


 今も、学園の登下校の際はアシュレイ様と一緒である。公爵家の馬車で迎えに来てくれて、帰りも送ってくれる。


 クラスも同じだし四六時中一緒にいるのに、数週間たった今でも「誰が突撃してくるかわからないから」とアシュレイ様は警戒を緩めない。


 その様子に微笑ましさを感じつつも、最近ではもっと一緒にいられる時間があればいいのにと私の方が物足りなさを感じてしまうほど、アシュレイ様を想う気持ちが大きくなる一方だった。



「アンドレア様はその後お変わりありませんでしたか?」

「もちろんよ、グレイス様。だいぶ遅くなってしまったけれど、カーティス殿下も今回のジェイコブ殿下とのことではお心を痛めておいでなの。申し訳ないとおっしゃっていたわ」

「そんなこと。残念ながら王室の期待に添うことはできませんでしたが、私は今、アシュレイ様の隣でとても幸せに過ごしています。そのことは是非お伝えいただければ」



 アンドレア様は、物心ついた頃からずっと、私にとって憧れの存在だった。


 私が受けていた王子妃教育とは比べようもないくらい過酷と言われる王太子妃教育を軽々とこなしているアンドレア様は、私もこうありたいと思わせる資質を全て兼ね備えている。


 同じように妃教育を受けていた私たちは顔を合わせる機会も多く、王宮で会ったときには近況報告も交えながら、自分たちを励まし合ったものだった。




「今日は中庭にお茶会の準備をしているのよ。グレイス様にも公爵家の中庭を堪能していただきたくて」


 ディアハイル公爵夫人に案内されて向かった中庭の豪奢なガゼボには、すでに色とりどりの華やかなお菓子が並べられていた。


 席に着くと、隣に座ろうとしたアシュレイ様を押しのけて、アナベル様が素早く椅子に座る。


「な、お前、なんだよ」

「お兄様はいつもグレイス様と一緒にいらっしゃるのでしょう? お姉様だってこれまで何度も王宮でお会いしてグレイス様とお話ししてきたんだし、今日は私にグレイス様の隣を譲ってくれてもいいんじゃない?」

「は? なに言ってんだ。グレイスの隣は俺って決まってんの」

「そんなに独占欲丸出しだと、そのうち嫌がられるようになるわよ」

「なに生意気なこと言ってんだよ」


 唐突に目の前で繰り広げられたきょうだいの言い争いを、私は思わず目を丸くしながら凝視した。


「ふふ。グレイス様、驚かれました?」

「え、ええ。アシュレイ様の砕けた口調が珍しくて」


 向かいに座ったアンドレア様に問われて素直に答えると、アシュレイ様は自分の失態に気づいてあたふたし始めた。


「あ、いや、これは……」

「お兄様は、いつも家ではこんな感じでだいぶ横柄なのです。特に妹である私の扱いはひどいのです」

「まあ」


 アナベル様の可愛らしさにくすりと笑うと、アシュレイ様は眉間にしわを寄せた渋い顔になって、おずおずと話し出す。


「すみません、グレイス。ついいつもの調子で……」

「構いませんよ。むしろこんなアシュレイ様は新鮮ですし、砕けた口調はアナベル様との仲の良さが垣間見られて少し羨ましいくらいですもの」

「そ、そうなのですか? 僕だってグレイスがイヴリン様と親し気に話している様子は、いつも羨ましいと思って見ていたんです」


 私たちの会話を聞いていたアナベル様は、突然ぱっと弾かれたように顔を輝かせた。


「じゃあじゃあ、今日のお茶会は丁寧な言葉はやめて、砕けた口調で話すことにしましょう? いいでしょ、お姉様」

「そうねえ。グレイス様がよろしければ」

「え、ええ」


 戸惑い気味に言葉を返すと、アナベル様は早速愛嬌のある人懐こい笑顔を見せた。


「私ね、今日グレイス様が来てくれるのが本当に楽しみだったの! だって、私たちの間ではグレイス様人気がダントツなんだもの」

「え? そ、そうなの?」

「そうみたい。アナベルのまわりでは、グレイス様のファンが多いらしいのよ」

「私より、アンドレア様の方がよっぽど人気があると思います、じゃない、思うけど……。アンドレア様は令嬢たちの憧れの的ですし」

「もちろんお姉様に憧れる子もいるけど、やっぱりグレイス様よ。なんたって『博識令嬢』だもの。グレイス様の豊かな知識や的確な思考力は、まだ学園に入学していない私たちみたいな年代にも有名なんだから」


 思いがけない誉め言葉に、私はどぎまぎしてアシュレイ様の方をちらりと見た。


 アシュレイ様は、まるで自分が褒められているかのような得意げな表情で、優しく私を見返してくれる。


「だからアナベルは、僕とグレイスが婚約したと聞くと飛び上がって喜んでね」

「そうそう。婚約の申し込みに行くときも、お父様とアシュレイについて行くと言い張って」

「そうなの?」

「だって! 私、あの夜会のジェイコブ殿下の言葉を聞いて本当に腹が立ったんだもの! グレイス様のことを『悪役令嬢』呼ばわりして罵ったなんて信じられない。グレイス様は悪役令嬢じゃないんだから!」


 興奮して一気にまくしたてるアナベル様を、ほのぼのとした気持ちでひとしきり眺める。


 アシュレイ様もアンドレア様も、笑いたいのを堪えている様子がひしひしと伝わってきた。


「ふふ、ありがとう、アナベル様。でも私はあのとき、悪役令嬢でも構わないと思ったのよ」

「え?」

「やりたいことをやって、言いたいことを言って、それで『悪役令嬢』と言われてしまうなら、私は自分の思う通り、好きに生きていこうと思ったの。悪役令嬢上等ってね」

「悪役令嬢、上等……?」

「そう。そうしたらアシュレイ様と婚約することができたんだから、やっぱり悪役令嬢でよかったんだわ」


 私が茶目っ気たっぷりに笑って見せると、アナベル様はぽかんとした表情をして、でもすぐに面白そうに笑い出した。


「じゃあ私も、今日から悪役令嬢を目指そうかな」

「アナベル様は可愛らしすぎて、『悪役』になるのは難しい気がします」

「『悪役』はともかく、グレイスを目指すならもう少ししっかり学んだ方がいいんじゃないか? 来年からは学園に入学するんだし、家庭教師の先生もお前の不真面目さに手を焼いてるんだろ」

「余計なお世話よ!」


 またしても始まった2人の言い争いに、私とアンドレア様はお互いの顔を見合わせてしばらく笑い合っていた。





*****





 それから数日後、今度はライアン殿下に「お茶でも飲みに来いよ」と言われ、アシュレイ様と2人で招待されることになった。


 ライアン殿下は留学している間、王宮の敷地内にある離れの一つに住んでいる。その入り口は帝国の近衛兵が警護に当たっており、中で働く従者や侍女たちも帝国から派遣されているらしい。


 王国とは少し違う物々しい雰囲気に圧倒されつつ、私とアシュレイ様は従者に案内されてライアン殿下の私室に通された。




 私室では、くつろいだ様子のライアン殿下とクライド様が待っていた。


「よく来てくれたな。まあ、座ってくれよ」


 この離れの中では「皇太子」としての立場を際立たせているのか、ライアン殿下は学園で会うときよりも多少大人びた空気を纏っている。


「王宮とはまた雰囲気が違うから、ちょっと緊張しただろ」

「そうですね。近衛兵も従者や侍女たちも装いからして帝国風ですし、ちょっと見とれてしまいました」

「学園ではあんなでも、やっぱりここにいるのは皇太子なんだなと痛感しましたよ」

「あんなってなんだよ、あんなって」


 話しているうちに、学園でのライアン殿下に少しずつ戻ってきたようでホッとする。


「この前ハーシェル公爵夫人から、西方の島国から取り寄せたっていう珍しい紅茶をもらってさ。まあ、輸入してるのはメレディス伯爵家らしいけど」

「あ、もしかして、果実の実や花びらが入った甘い香りのフレーバーティーですか?」

「そうそう。俺、男のくせにって言われるだろうけど、そういうフレーバーティーが好きなんだよ。恥ずかしいからずっと隠してたんだけど、この前ハーシェル公爵夫人にたまたまバレて、そしたらおいしい紅茶があるから今度お持ちしますって言われてさ」

「男のくせにだなんて、思いませんよ。味覚の好みに優劣はないでしょう?」

「でも帝国にいたときは、男らしくないって散々馬鹿にされたんだよ。帝国はまだまだ古い考えのやつが多いからさ。王国みたいな自由な気風が羨ましいよ」


 言いながら、ライアン殿下は少し複雑な笑みを浮かべる。


 その間に、クライド様が紅茶を淹れる準備をし始めた。


「俺がいちばん好きな紅茶でいいかな? ベリーの実とかリッセの果実とかが入ったやつ」

「もちろんです。私もあれがいちばん好きです」

「グレイスは飲んだことがあるの?」

「ええ。メレディス家が輸入を始めた頃からしょっちゅうね。うちはほら、メレディス家と長いつきあいだし、その紅茶の輸入を始めたのもお父様の助言があったからなの」

「そっか。家族ぐるみのつきあいが長いから、グレイスとイヴリン様もずっと仲がいいんだな」

「ふふ」

「お前たちさあ、目の前でいちゃいちゃすんのやめてくんない? ほんと目の毒なんだけど」


 ライアン殿下の不満そうな、それでいて茶化すような口調に、私とアシュレイ様はお互い目配せしながらつい笑ってしまう。


「あーあー、甘いなー。紅茶の香りより甘すぎるよ」


 私は恥ずかしくなって、クライド様が淹れ終えたばかりの紅茶に手を伸ばす。


 ライアン殿下が数秒の間、紅茶の香りを楽しんでいるのを目の端に捉えながら、私も手にした紅茶の香りを確かめた瞬間。




「この紅茶、飲まないで!!」


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