12 博識令嬢のほしいもの
「あの人たちがいないと、学園も平和ねえ」
イヴリンが午後の明るい陽射しに照らされたカフェテリアでつぶやく。
あの騒動について、カーティス殿下から事の顛末を聞いた数日後。
私たちにはすでに日常が戻ってきていた。
「ライアン殿下、いつ帰ってくるの?」
「帝国までの往復にも数週間かかるのです。今回の騒動について皇帝に説明したり今後のことを話し合ったりする必要があるそうですし、久しぶりに帰ったら何かと引き止められると思いますので、少なくとも2カ月くらいはかかるのではないでしょうか」
イヴリンが無邪気に尋ねると、コーデリア様はティーカップを口に運びながらにこやかに答える。
「すぐ帰ってくるからな」と言って一時帰国したライアン殿下ではあるけど、暗殺されかけるという危うい状況に陥っていたことは事実。
皇太子であるライアン殿下を帝国が再びラングリッジ王国に送り出してくれるかどうかは未知数である。
まあ、それでもあの人は、あらゆる手段を使ってどうにか戻ってきそうだけど。
ちなみに今回の一件について、コーデリア様のハーシェル公爵家とイヴリンのメレディス伯爵家には事情の説明があったらしい。
ライアン殿下毒殺未遂に際して、たまたまではあるけど紅茶缶の出どころとして2つの家の名前が出たからだ。
本来は一切関係がないとはいえ、この一件が今後何かの拍子に不正確な形で広まってしまったとき、何らかの責任を追及されないとも限らない。
そのとき両家がしっかりと対応できるように、カーティス殿下の判断で情報を開示することを決めたみたい。
相変わらず、頭の切れる王太子でいらっしゃる。
「ジェイコブ殿下もレベッカ様も、エルドレッド様……あ、アドレグ様だっけ? も、もういないなんてね」
「それにしてもグレイス様、エルドレッド様が大公子のアドレグ様だとよく気づきましたね」
コーデリア様が穏やかに言いながら、優雅な仕草でティーカップのハンドルをつまんだ。
「もちろん、ずっと気づいていませんでしたよ。気づいたのはあの騒動があった夜です」
「なんで気づいたの?」
「ライアン殿下暗殺未遂事件の夜、王宮に留まることになったでしょう? 部屋で寝ていたらジェイコブ殿下が突然押しかけてきて、最終的に近衛兵に取り押さえられて連れて行かれたけれど、そのあと怖くて一人でいられなかったの。結局頼み込んでアシュレイ様にずっとそばにいてもらって、お互い眠れないのでいろんな話をしていたんだけど、そのときに幼い頃お父様に連れられてローダムに行った話になって」
イヴリンが何やら目を細めながら難しそうな顔をして、私の隣にいるアシュレイ様に「大変でしたね」とささやいた。
アシュレイ様は何故だか顔を真っ赤にしながら口元を押さえて、「僕の理性を総動員させたよ」などと答えている。
「ローダムに行ったことがあるのですか?」
コーデリア様が興味深そうな表情で続きを促した。
「はい、あります。4~5歳ほどの頃に、一、二度。そのときに大公や公子様たちにもお会いして、ご挨拶したんです。私より少し年上の男の子が2人いて、一人はとてもにこやかに挨拶してくれたのに、もう一人はだいぶ無愛想で横柄だったんですよ。その話をしていたら、ふとあの不愛想な子とエルドレッド様が重なって……それから、『ジンデル』という姓が前公妃様のご生家の名前だったと唐突に思い出して」
「はあ? 前公妃様のご生家の名前って……。グレイスの記憶力って、相変わらずすごいわね。敵にしたくないわ」
「ですよね? もはや崇拝するレベルだと思いませんか?」
アシュレイ様が、まるで自分のことのように得意げな様子を隠さない。
「でもさ、今回のネックレスも含めて発掘されてた魔導具は今後どうなるの?」
「未知の鉱物もですわ。せっかく見つかったものですのに」
「遺跡から発見された魔導具はあのネックレスも含めていくつかあったみたいだけど、使い方も付与された魔法も特定できないものが多いらしくて。だからこそ、ローダムは躍起になって研究を推し進めていたみたいですよ」
「あの鉱山だって、ローダムの技術力がなければ恐らくその存在に気づかれることもなかったんです」
鉱脈の発見についてはまったくの偶然だったようだけど、それだってローダムの技術力があってこそだろう。それがなければ見つかることもなかったのではと考えると、何やら皮肉めいたものを感じてしまう。
「ガリシル」と名づけられたあの未知の鉱物は、発見された魔導具にも使用されていたらしく、魔導具と付与される魔法との媒介となる機能があるという。
ただ、理屈はわかってもその正確な仕組みがなかなか解明できず、ローダムというかアドレグ様はかなり焦っていたらしい。
おまけに鉱山の採掘許可が下りなかったことで業を煮やして今回の一件を企てた上、最終的には自らもラングリッジ所有の魔法に関する蔵書や知見を求めて留学してきたとのこと。
「鉱山は3国共同で管理することになったし、研究もラングリッジが主体となってローダムと協力し、帝国が主に資金面で支援してくれることになりそうですよ」
「今後研究が進めば、古代魔法の復活とまではいかないまでも、生活が便利になるような魔導具は開発されるかもしれませんね」
私とアシュレイ様の説明に、2人ともひどく納得したように頷く。
「それにしても、ローダムは、というかアドレグ様は何故、ここまでの暴挙に至ったのでしょう?」
コーデリア様がどうしてもわからない、というように首を傾げた。
「ローダムの成り立ちをご存知ですか?」
「ええ。もともとは数百年前の帝国皇帝の皇弟に与えられた領地だったと」
「そうです。それがあるとき独立して、『公国』を名乗り始めたのです。だから自分たちは帝国のいわゆる『分家筋』、つまり帝国と同等の国だという自負があったみたいです。それなのに、帝国はおろかラングリッジに比べても世界からの評価が低いという劣等感が次第に芽生えていったようで。血筋としては自分たちだって正統性を有しているのに、技術力だけが注目され、評価されるのはおかしいと。そんな中で遺跡の発見と魔導具の発掘に至り、これで世界の国々の序列を覆して一発逆転を狙えると思ったようです」
「なんというかまあ……。ローダムの技術力は世界中が注目し、目標としているほど高く評価していますのに。自分の価値を正しく理解できないというのは、ある意味悲劇ですわね」
コーデリア様の含蓄のある言葉は、みんなの心にも重く響いた。
「ねえ、グレイス」
学園からの帰りの馬車の中、アシュレイ様がいつものように私を抱きかかえる。
あの騒動以降、アシュレイ様と私との距離はますます縮まり、これまで以上に過剰なスキンシップに晒されることになった。
2人きりになるとすぐ、アシュレイ様はその腕の中に私を囲ってしまう。
多分、ジェイコブ殿下の夜の襲撃に加え、カーティス殿下から「帝国の嫁に」という話が出たからだろうと思うけど。
当然お断りはしたものの、「いつまた誰にさらわれるかわかったもんじゃない」とアシュレイ様は警戒心をますます強めている。
「もう少し落ち着いたらさ、街に買い物にでも行かない?」
「デートってこと?」
「そう。デート」
アシュレイ様は、私の顔をのぞきこんで甘やかに微笑む。
「学園とか王宮とか、いつも一緒にいるけど2人で出かけたことなかったし。グレイスがほしいもの、何でも買ってあげる」
「まあ。だったら私、ほしいものがあるんだけど」
「何?」
「え? あ、その……」
私は答えようとして急に恥ずかしくなり、たまらず俯いた。
アシュレイ様はそんな私を見て、いきなりこめかみにキスをする。
「ひゃっ……」
「何がほしいの?」
「あ、あの、アクセサリーとか?」
「アクセサリー?」
「その、いわゆる普通の、アクセサリーです。ネックレスとか……指輪とか……」
「いいよ。何でも買ってあげる。でも、ネックレスとか指輪とかって、贈られることにどういう意味があるのか知ってて言ってるの?」
「アシュレイ様」
私はするりとその腕から抜け出し、眼鏡の奥で蕩けそうな目をしながら表情を和ませるアシュレイ様を見据えた。
「もちろん知ってます。私は『博識令嬢』ですよ?」
「ふふ。そうだったね。じゃあ、ネックレスにしても指輪にしても、『永遠に』『ずっと一緒』で『君は僕だけのもの』ってことでいいんだね?」
耳元でささやくアシュレイ様のあまりにストレートな物言いに、私はたまらず赤面してしまう。
こういうのは、いまだに慣れない。
年下だというのに、どんどん強烈な色気を漂わせるアシュレイ様に翻弄されっぱなしである。
「グレイスはほんとに可愛いね。みんながみんな振り返るから、僕も気が気じゃないよ」
「あら、アシュレイ様。私はどちらかというと、100人が振り返る美女になるより100人を論破する知識がほしいです」
真面目な顔でそう言うと、アシュレイ様は楽しそうに破顔した。
「僕のグレイスはほんとに可愛い」と言いながら。
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