11 それぞれの顛末
「何度も来てもらって、すまないね」
あの騒動以降、魔法や魔導具に関する知識のみならず早い段階からローダムの策略に気づいていた洞察力を買われ、私は事後処理のための意見を求められるたびにアシュレイ様と一緒に王宮へと足を運んでいた。
今日はほぼすべての決着がついたということで、カーティス殿下直々に事の顛末について説明してくれるという。
ライアン殿下の暗殺を未然に防ぎ、その後もこの一件の解決に尽力した功績に報いるため、という意味合いもあるらしい。
私の隣には、今日はアシュレイ様ではなくお父様がいる。
と言っても、アシュレイ様やディアハイル公爵も一緒なんだけど。
ディアハイル公爵家はライアン殿下暗殺の道具にされかけたサエアの管理地を所有していることもあって、王家からそれ相応のお咎めがあると思われている。
だから公爵自ら出向くことになったらしいし、ディアハイル家の2人がどこか緊張した表情なのは仕方がない。
「まずはローダムだが、すべての罪を認めたよ」
みんなが謁見室に揃ったのを確認したカーティス殿下が、いつも通りの飄々とした態度で話を始めた。
「といっても、すべてエルドレッド殿、いや、正確にはアドレグ殿か、彼の独断だったという主張だけどね」
エルドレッド様はジンデル侯爵家の次男ではなく、本当はローダム大公の次男、つまり大公子だった。
「アドレグ殿は、幼少期から優秀だと専らの噂でね。彼が8歳の頃に遺跡が見つかって、それから4年後に最初の魔導具が発見されたらしいんだが、それを契機に彼自身が魔法や魔導具といったものの研究に傾倒し始めたらしい。ローダムにある魔法に関する本を手当たり次第に読み漁って遺跡研究所に入り浸り、主に発見された魔導具の解析に携わっていたそうだよ。遺跡研究所の『研究員』と言っていたけど、実質的には彼が調査研究の指揮を執っていたようだ」
「では、今回の件は魔法研究に没頭するあまり暴走したアドレグ様が独断で行ったことで、公国としては一切かかわりがないと言っているのですか?」
「うーん、まあ、公国の主張としてはそうだ。ただ、ほんとのところは微妙だな。アドレグ殿は優秀ではあったけど、人間性に欠けると評判だったらしい。おまけに魔法至上主義で急進的な考えの持ち主だったから、古代の魔法を復活させて大陸全体を支配しようという思惑もあったようだし。それに比べると長男のセオデン殿は多少出来は悪くても人望があって、公国としてはどちらを跡継ぎにするかでだいぶ揉めていたそうだ。だから今回の件は、『知っていて野放しにしていた』というのが事実だろうな。もしアドレグの計画がうまくいっていたら彼を後継者に据えるし、失敗したら素知らぬフリで切り捨ててセオデン殿を推せばいいという腹積もりがあったんだろう」
「そこまでわかっていても、公国の責任を追及することはできないのですか?」
アシュレイ様が不満そうに語気を強める。
「できないんじゃなく、しないんだ。向こうも自分たちの魂胆がバレていることはわかってるのさ。だけどラングリッジも帝国も、アドレグ一人に罪を被せたことをわざと黙認してやった。何故だかわかるか?」
挑むような目のカーティス殿下に問われたアシュレイ様はしばらく視線を上に向けたまま考え込み、それからゆっくりと答えた。
「ローダムの民のためでしょうか。今回のことが公になれば、ローダムの民は混乱し、公国に対する不信や反発を強めることになるでしょう。それを避けたい公国側の意向を汲んだことで、今後ラングリッジや帝国は外交上優位に立つことができます。加えて、今回のことが公になると魔法や魔導具の存在が全世界に知られることになり、無用な争いを招く危険性も否定できません。そうしたことを考えると、魔導具の存在を公表するのは諸般の事情を勘案した上で、時期を慎重に検討した方がいいという理由もあるのではないでしょうか」
カーティス殿下は「さすが『神童』」と言いながら、軽く拍手をする。
「100点満点、いやそれ以上の答えだな。そういうことだ。これでかえって、ローダムはやりにくくなるわけさ。今後、魔法や魔導具の研究に関してはラングリッジが主導権を握ることになる。もちろんローダムの技術力は必要だが、向こうが好き勝手することはもうできなくなった。ローダムにしてみれば、今回のことはかなりの痛手だろうな。しかも帝国の皇太子を暗殺しようとしたことがバレたわけだから、アドレグだってただで済むわけがない。というわけで、やつは生涯幽閉となったよ。しかも、帝国でね」
「え、帝国でですか?」
「そう。ベレガノアの皇帝がだいぶご立腹でね。自国での幽閉など生温い、でも腐ってもローダム公家の大公子だから処刑することも牢に入れることも労働を課すこともできない。なら、帝国で預からせろって。何をするつもりか、知らないけどね」
こ、怖い。
帝国怖すぎる。
「それと、レベッカ嬢だけどね。彼女はローダム大公の庶子だったよ」
「は?」
咄嗟に、私は隣にいたお父様と顔を見合わせた。
お父様はレベッカ様との面識はないものの、当然呆気にとられた表情をしている。
「じゃあ、アドレグ様のごきょうだいということですか?」
「そういうこと。腹違いのね。ローダム大公が公国内を視察した際、宿の娘との間にできた子どもらしい。大公は長らくそれを知らなくて、アドレグが先に知って利用したんだな。彼女自身、ほとんど何も知らなくて利用された身ではあったけど、ジェイコブをはじめ我が国の貴族令息を魅了したり、サエア管理地に立ち入って実を採取したり、果てはジェイコブを操って毒入りの紅茶缶をライアン殿下の私室に置いてくるよう仕向けたわけだからね。やってしまったことの罪は免れないよね。それでも、大公の庶子だということで彼女の方は自国での幽閉が決まったよ」
「あ、あの」
私は即座に声を張り上げた。
「レベッカ様の、本当のお名前は何だったのでしょうか?」
「気になるの?」
「はい。もしかして、本当のお名前は違っていたのではないかと」
「よくわかったね。アドレグが彼女を見つける前、宿屋の天真爛漫な孫娘は『アルマ』と呼ばれていたそうだよ。古いローダムの言葉では『幸運で飾られた乙女』という意味らしい」
奔放で、魅惑的なレベッカ様の姿を思い出す。
恐らく母親に名付けられた「アルマ」のままでいられたら、彼女はもっと幸せに過ごせていたに違いないのに。
「レベッカ嬢つながりで、ソラーズ子爵家だけど。あそこはだいぶ前に事業経営に失敗して、資金難に陥ってたんだ。そこを、アドレグにつけこまれた」
「資金提供を受ける代わりに、レベッカ嬢を預かれと?」
「まあ、そんなとこだね。縁もゆかりもないレベッカ嬢を急に預かることになって、あそこもてんやわんやだったみたいだけど。もともと子どものいない家庭だったからレベッカ嬢をうまく制御することができなくて、ほとんど放ったらかしになっていたんだな」
「では、どうなるのですか?」
「爵位返上ってことになるだろうね。資金提供がなければ、子爵家の財政再建も難しいだろうし」
カーティス殿下は非情なほど淡々と話し続ける。
「それから、ジェイコブのことだけどね」
さすがにこれまでの平然とした様子とは一変して、カーティス殿下は見たこともないくらい神妙な顔つきになった。
「結果から言うと、北の塔に幽閉する」
「北の塔!?」
お父様とディアハイル公爵が同時に大声を上げ、顔面蒼白になった。
北の塔と言えば王族や高位貴族の幽閉場所として知られている。
そういった場所は、それなりに行動の制限はあるものの比較的自由に過ごせるというイメージがあると思うけど、実際はもっと過酷な環境にある。
帝国との国境に位置する北の塔は断崖絶壁の上に建てられていて、周辺はどういうわけか植物がまったく育たない。その上寒く、不便な土地柄で、すぐそばの岩場には得体のしれない獣の群れが住み着いていて時々人を襲うと噂されている。
日中は獣の襲撃に怯えながら過ごし、夜になるとどこからか遠吠えがひっきりなしに聞こえてきて眠ることもままならない、常に命の危険に晒され続ける恐怖の場所なのだ。
「重要なことはほとんど何も知らなかったとはいえ、あいつのしたことの罪は重い。紅茶缶をライアン殿下の私室に持っていったのはあいつだからね。未遂とはいえ皇太子暗殺の直接の実行犯になってしまうわけだよ。帝国への手前、緩い措置では済まされない。だから北の塔だよ」
北の塔の過酷さを知っているお父様たちは沈痛な面持ちで無言になり、カーティス殿下も冷静な様子を保っているとはいえ、その表情は陽が翳ったように暗い。
罪を犯したとはいえ弟は弟。
ジェイコブ殿下がどう思っていたかはともかく、カーティス殿下は弟であるジェイコブ殿下を何かと気にかけていたし、それは婚約者だった私にも同様だった。
カーティス殿下の心中を思うと、言葉が見つからない。
「最後に、ディアハイル公爵」
「はい」
「サエア管理地についてだが」
一瞬で、それまでのしんみりとした空気がぴしりと固まった。
「公爵領に自生するサエアの実が採取され、皇太子毒殺に使用されそうになったことは確かに公爵家の失態だ。だがあそこは本来王室の直轄地であり、管理責任は王家にもある。長い年月が経つ間、警備や監視なんかの管理態勢が曖昧になっていたことは否めないしな。というわけで、今後改めて王家とともに管理態勢の見直しを検討するという条件つきで、今回に限りお咎めはナシだ」
「え?」
「いいんですか?」
「よくはないが、ディアハイル公爵家を罰するなら王室も罰を受けなきゃなんないだろう? そっちの方がまずいんだよ」
カーティス殿下は、決まり悪そうに苦笑する。
「ライアン殿下もそれでいいと言ってくれてるし。殿下にお礼を言っておけよ」
「ありがとうございます!」
ディアハイル公爵とアシュレイ様はお互いにホッとしたような顔を見合わせ、それから深々と頭を下げた。
「ところでだ」
一通り今回の顛末についての説明が終わったところで、カーティス殿下が私の方を向いて真面目な顔つきになった。
「グレイス嬢。君には2つの選択肢がある。いや、3つかな」
「選択肢、ですか?」
「そうだ。今回の件に関して、帝国の皇帝がいたく感動されてね。なんたって、皇太子暗殺を未然に防いだわけだ。しかも君の洞察力によってローダムの企みが暴露され、ラングリッジと帝国との戦争勃発をも阻止した。その類まれな頭脳を帝国のために使う気はないかと」
「どういう意味ですか?」
「まあ結論から言うと、ライアン殿下のとこに嫁に来ないかってことだろうね。そうははっきり言ってなかったけど、ゆくゆくは側妃として迎え入れたいんじゃないかな」
「それは……!」
私が反応するより早く、アシュレイ様が刺すような声を上げた。
その顔は、問答無用の殺気に満ちている。
「まあ、待て、アシュレイ。選択肢はまだある」
「それは何ですか?」
殺気を纏うアシュレイ様をなだめるように、私は尋ねた。
「グレイス嬢。学園を卒業したあとの話になるけど、俺の側近になる気はないかな?」
「側近、ですか……? アンドレア様の補佐役、という意味でしょうか?」
「いや。まあ、そういう場面もあるとは思うけど、アンドレアの補佐ではなくて、あくまでも俺の側近。王太子の側近という意味だよ」
「でも、それはお兄様が」
「確かに、ザカリーは有能だし側近としてそばにいてほしいんだけど、いずれ侯爵家を継いで領地経営に携わるようになったら今のような働きは難しくなるだろう? でも君なら、そういう心配はない」
「え、でも、これまで女性が王太子の側近を務めた前例はありませんが」
「そうだね。だから君が、その第一号になる気はないかと聞いてるんだ。今回の件、君がいなかったら恐らく帝国との戦争に発展していた。そしてローダムの思惑通り、この大陸は古代魔法という絶対的な力によって支配される恐怖の時代に突入していたかもしれない。そのすべてを防いだ『ラングリッジの至宝』の力を、これからも王国の民のために使ってほしいんだよ」
俄かには信じられないカーティス殿下の申し出に、私は頭が真っ白になって即座には何も答えられない。
思わずアシュレイ様の方を見ると、いつものように柔らかく微笑んでいた。
「あ、もちろん、アシュレイもね。王室としては、『神童』の力もほしいからね」
「では、いずれは夫婦で王太子の側近ということですか?」
「そうだね。将来的には、夫婦で国王の側近だね。あ、でも『どちらの選択肢も選ばない』という第3の選択もあるけどね」
カーティス殿下のいたずらっぽい目を見ながら、私は大きく深呼吸した。
「わかりました。カーティス殿下側近の件、謹んでお受けいたします」
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