24ページ,第三ラウンド
(玄海零細流刀剣術は数字が上がれば上がるほど難易度はあがってくる。結局、僕が扱えるようになった玄海零細流刀剣術は肆までだった。それ以降は構えるだけで激痛が走る。だが、たとえ肆でも戦闘不能にするくらいは……)
ドットルーマの胸に十字架で刻まれる跡が、燃え盛る火のように広がる。
「ぐああぁああああぁああ!?」
あまりの激痛に後ろへとよろける。そう、よろけるだけだ。別に倒せていない。その事実をケーラは苦痛に感じ、現実はそう甘くないのだとわからされる。
「もう一発撃つしか………………ッ!」
もう一回《英雄懺歌》を放とうとしたケーラだったが、こちらも腕に激痛が走る。
痛みがする方へ視線を飛ばすと、青く腫れあがった腕が視界の中心にミシミシと見える。
(たった一回だけでも、これほどの反動が……!)
練習で放ったときはこうはならなかった。だが、実践では練習とは違う。慣れない感覚とあまりにも難しい力の調整に、練習の時はなかった反動がケーラを襲う。
しかし、今はこれ以上ないほどの絶好。とどめをさすなら今だ。
「うおぉおおおおおぉぉぉおおお!」
なんの策もなく、ただただ真っすぐ愚直に剣先を立てて進む。だが、これでいい。その剣先にあるドットルーマの心臓を目指して。
その剣先が、ドットルーマの心臓に届くその一歩手前。ケーラの動きが止まる。そう、寸前のところでドットルーマが両手で剣を止めていた。
「くそがあぁああああ!」
ドットルーマも必死で声を荒げる。
(だめだ。これだと押し負けてしまう! これほどまでに致命傷を負っても僕は力で勝てないのか?)
ケーラがそう思案している間も、ドットルーマと剣の間は空いていく。そして、ケーラは完全に押し負けてしまい、弾かれる。
二人とも、肩から息を漏らし、苦痛の表情を互いに見つめている。だが、ドットルーマはニカッと笑顔を向ける。
「さあ! 第三ラウンドの始まりだァ!」
「……三回も君と戦った覚えなんて、ないけど?」
「もう忘れたのか! 一回目、俺と、キサマとの出会いを!」
心躍るかのように身をくねくねと気味が悪い動きをする。
「青二才だと思っていた若造が、こんなにも光る原石だとは。初回のときにその力を出していれば余裕だったのではないか?」
「……僕も、油断していたからね」
天敵に手の内をあまり晒したくないケーラだったが、こうなってしまえば出し惜しみはしない。その気持ちでやってきた。
「さて。そんな煌びやかな青春だが、終わらせるとしよう」
「だね。僕もこれ以上長引かせたくないよ」
ドットルーマの青春という言葉はガン無視して、ケーラも自身の気持ちを言葉にする。
───二人は、構える。
その気迫はまさしく、常人のそれとは違う。この場に居た全員が理解する。
次が、最後の一撃となるだろう。そんな静寂ともいえる時間が、ゆっくりと流れる。
───最初に動いたのは、ドットルーマ。その狂気のような走り方は常人にとって震えを催すかもしれない。
ぶわんぶわんと大降りに見せる腕は、いったいどのように来るのか理解させない動きだ。その出先がわからない恐怖の腕に、まっすぐ見つめるケーラ。
(ドットルーマはいつも、右腕からだしていた)
だから、次も右腕が来る……わけがない。このことを意識させていたのだろう。ずっと、右腕を先に出させ、あたかも自分が右利きだと思わせる。
だが、先程、結界を殴り続けていたとき、明らかに左の方が威力が高かった。
あの時は意識していなかったのだろう。だから、ここは左で───
(───違う)
即座に否定する。ドットルーマとの距離はもう近い。仕掛けてくるはずだ。
『自分が相手を騙せたと思って歯茎を見せるその瞬間───まだまだ青いなあ? こうやって調子乗ってるやつが足元すくわれるんだよ』
あの言葉が、脳裏に焼き付く。
アイツが、素直に拳でくると思うか?
その思考に合わず、ドットルーマは大振りの拳を右手でする。そして、それに隠れたように力を潜める左腕。
(くそ! 絶対に左で来るはずなんだ……! なのに……なのに、なんだこの違和感は)
ケーラの本能が、絶対に違うと否定する。
(考えろ! 考えろ! 今の僕ならできるはずだ! ……今の僕なら……)
───深く、思考の底に辿り着く時。
───覚醒する。
(───スキル『我道前進』を獲得しました)
ケーラは、先程とは比較にならない程の視覚を手に入れる。それは、死角がなく、全ての物事に圧倒的物量の情報が飛び交う。
ドットルーマは、ケーラの異変に気付かず、そのまま攻撃をする……足で。
(俺は足攻撃のほうが得意なんだよな~)
卑劣なほどに下卑た満面の笑みで、足蹴りを加える───はずだった。
だがそれは、ケーラが見ていた何百手前の景色。顔面スレスレでよけるその様は、武術の極意。
「は?」
一瞬、素っ頓狂な声をだすドットルーマは、不意の攻撃を避けたケーラにまぐれだと思い、次いで急ぎの攻撃を出す───はずだった。
「玄海零細流刀剣術《捌》───《黒渦虚無》」
黒く、塗りつぶされそうな圧力に気負いする。勇者とも思えないほどの”魔”を持ち、魔族であるドットルーマが、吐き気を催すほどに入り込んでくる。
そして……放たれる刃からは、漆黒の鬼神を宿したかの如く、残酷で、非常な力だった。
最後にドットルーマがみた光景は、彼のことなど眼中にないと思わせるほどに無意識で、目線すら合わせようとしないケーラだった……。
「……ラさん! ───ラさん! ケーラさん!」
そこで、ケーラは目を開け、意識を覚醒させる。
「……カーラ……ちゃん……?」
「ッ! ……はあああ。よかったあぁああ」
目を覚ましたケーラを見たカーラは安堵の息を漏らす。
その表情を見たケーラは、即座に状況確認をするためにガバッと身を起こす。
「そうだ! あの後どうなったの!」
辺りを確認すると、先程ケーラとドットルーマが戦った後が黒ずみとなって消えている。
「幸い、私がここに結界を張っていたので、周囲に気づかれずに済みました。あの後、ケーラさんがドットルーマを倒したあと、ケーラさんはすぐに眠ってしまいました」
「そうか……でも無事でよかったよ…… ! ナイさんは⁉」
「ここにいますよ」
ひょこっとなにもなかったかのようにナイはケーラの横にでてくる。
「わっ!」
急な乱入に、びっくりしたケーラは一瞬幽霊ではないかと疑ってしまった。
「ホント、ナイさんは心配して損しました。ケーラさんが戦い終わったらすぐに『戦い終わりましたか?』って起き上がったんですから」
「まがりなりにも”元”神ですから」
胸をはって言うナイに、二人はジト目で見つめる。
「まあ、二人が無事でよかった」
取り敢えず、ドットルーマという脅威から生きてこれたという事実に、三人は喜ぶのだった。