23ページ,玄海零細流刀剣術
後ろを向く。ケーラの眼前に移るは、以前ケーラを実力行使でここへ連れてきた人物───ドットルーマであった。
「もう一度問おうか? ───ここでなにをしている」
その一言は、先程の軽い言葉ではなく、正真正銘の問い詰める厳しい声色だった。それは、大理石にできたこの空間では、より重く、胸に響いていた。
「別に? ただ単に気になることがあったから、この三人と一緒に行きたくなっただけだよ?」
「そちらの先にあるのは最上階! 立ち入り禁止区である!」
ビリビリと張り詰める勢いに、思わず気落ちしてしまう。
だが、ケーラは決心した目になる。その闘志に満ちた目に、ドットルーマはなにを言っても無駄だと分かったのか、にやりと笑う。その人外じみた行動に、ケーラは動じることなく、剣を構える姿勢に入る。
「ナイさんとカーラちゃんは先に行ってて。僕は───コイツを食い止めてる」
その声に反応するかのように、ドットルーマも構えの姿勢に入る。この前のような捕まえるような構えではなく、命を刈り取る拳を固めた、恐怖の構えだ。
「悪い奴にはお仕置きをしないといけんな!」
明らかにお仕置きではない雰囲気を醸し出すドットルーマはその巨体にしては低い姿勢で、ケーラの懐まで一直線に迫る。
(その攻撃は読めてる!)
その拳に対して、魔剣で対抗しようとすると、巨漢は素早く背後に移動する。
(しまった!)
そう、もともとドットルーマの狙いは、ケーラの後ろにいる二人である。
「させるか!」
臨機応変に腰を回し、魔剣を投げる。
その切っ先はまさにドットルーマに刺さり、彼は悲鳴をあげる。
「ぐああ!」
だが、彼の歩みは止まらない。エーテルの籠った拳を、カーラへと飛び、彼女は目を瞑る。
「ッ!」
───何も起こらない。
うっすらと目を開くカーラの視界に移ったのは、赤。
純粋な赤が、すべてを染め上げ、ピチャピチャと水が躍るような音がカーラの耳朶に弾む。
「あっ……あっ……」
動機が激しい。目の前にある”ナイの背中”は実によわよわしく、今にも倒れそうな、頼りがいなんて微塵もなかった。
が、それでも彼女はその二本足で大地を踏みしめている。
「自らを挺して若き子供を守るとは、シスターの鑑だな」
「ナイさんッ!」
グシャッと生々しい悲鳴かのような音と共に、貫かれていた拳が抜かれ、それがケーラに向かれる。
「小童ァ! 次はお前だァ!」
「……調子に乗るなよ……!」
口が裂けそうな笑顔が、ケーラの剣に向かって走る。しかしケーラは見逃さない。
視界の端からくる血に染まった赤黒い拳から一瞬たりとも目を離さず、その剣から繰り出される技は───下から上へと一閃する、燕返し。
そしてそれは、豆腐のように真っ二つに切れる───かのように見えた。ドットルーマはふにゃふにゃと原型をとどめなくなり、最終的に霧となり消えていく。
「後ろだ」
その重く現実的な一言に、ケーラは赤子のようにその場から動かなくなる。
(ま~たこれしきのことで騙されてしまうのかコイツは。滑稽だな)
目を細くし、哀れかのような目線でケーラを見つめるドットルーマ。彼はエーテルが込められた拳をケーラの頭部へと吸い込むかのように……打ち込んだ。
そう、打ち込んだのだ。
「……ッ」
流石にもうダメかと諦めたかのような苦渋の顔でその場に立ち尽くすケーラは、数刻経とうともその拳が自身の体にこないことに疑問を持つ。
何事かと後ろを向くと、その眼前には確かに拳が解き放たれていた。
しかし、それはケーラに届くことはなかった。二人の間には、障壁が展開されていた。
「なんだ……ッ! ……この法障壁は……ッ!」
もはや人の顔ではない形相をするドットルーマはぐぐぐとさらにその障壁に向かい力を籠めるが、それはびくともせずにケーラへと届くことはない。
ドットルーマは即座に理解した。そして数瞬遅れてケーラも理解する。そして、後ろを振り返る。
カーラが、信じられないエーテルを込め、障壁を展開していた。
(信じられん……ッ! この拳は”魔族”の中でもトップレベルに通用する技ッ! なのにこの小娘如きに止められるとはッ!!!)
続いてもう片方の拳を障壁へぶつける。
だが、割れない。
「……ッ!!!!」
もう一方の拳を障壁へぶつける。
だが、割れない。
「くそがああああああぁあああ!」
やけくそとも言わんばかりに障壁に向かって連打する。
ダンダンダダダダダとその連打は次第に早くなっていく。そして、もともと人外のような見た目のドットルーマは、さらに醜悪の姿へと変貌する。
角を生やし、目が青くなり、銀色の瞳孔へと変化する。
それは、魔族そのものだった。
「…………!」
それを唖然と見ていたケーラは、次に聞こえるカーラの声で、意識を戻す。
「ケーラさん!」
少女が発したとは思えないほどの声量。その圧倒的に人を惹きこませる声とその自信に、勇者であるケーラでさえも、したがっていた。
その姿は───聖女。
「この障壁はあと少しで割られます。───だから、ソイツはぶっ倒してください! できるでしょ! 勇者なら! ───ナイさんの分も……とってください!」
「……カーラちゃん……」
圧倒される小さき背格好に、ケーラは打ちのめされる。
(なんて子だ……! 僕は、勇者なのに諦めていた。目の前の事を、放棄していた。この小さい年端もいかない少女のほうが、何倍も強いじゃないか……!)
その己の弱さと、カーラの強さに、屈辱を感じようとも、それを教えてくれた彼女に感謝した。
『勇者は、何事も諦めず、目の前の理不尽を壊す───世界の”理解者”だよ』
昔、誰かが教えてくれた言葉。その言葉が、今のケーラを決意の目に変えさせ、剣を握る活力へとなる。
その刹那。障壁が割れる。
二ッと笑うドットルーマと対照的に、ケーラは真顔で目の前の怪物を見据える。
「カーラちゃん」
一言、ただいいたいことを口から吐き出すだけ。
(なのに、なんでこんなにも心が籠められるんだろう)
───それが、生き物であるからかもしれない。
「ありがとう」
ドットルーマの顔から笑みが消える。それほどに、目の前にいる勇者が、別人に見えたから。
迷いなき一閃。
『ケーラは、これまでにない流派を覚える必要がある』
『それって、僕はこの世界にあるどの流派は合わない、ってこと? パル』
『そうだな。ケーラはそもそも勇者だから、ただの一般人の剣の流派では背丈に合わない。大人が子供用バッドを全力で振っているようなものだ』
『じゃあ、僕はどうやって剣を振ればいいの?』
『それは───……』
ケーラは、剣を構える。その剣は、外側へと曲がられ、片側しか刃がない剣───刀。
そしてその構えは、剣が鞘に納められ、姿勢は異様に低い。
「───玄海零細流刀剣術、〈肆〉───」
呼吸は深く、しかし静かに。
すぐに危険だと思ったドットルーマはケーラに襲い掛かる。
「ケーラさん!」
カーラが叫びとも聞こえる声を上げる。
しかし、ドットルーマの拳よりも先にケーラの刀が届く───その言葉と共に。
静かに、鎮魂歌とも言えるような弔いの剣が、ドットルーマに響く───
「───《英雄懺歌》───」
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