21ページ,通話
我が主君は、名を発することさえ恐ろしくされる偉大な御方だ。だが、この聖書では御方の名を書き記すことが主君によって許可されている。
世界を創造し、世界を統べた偉大な御方の名前は───ラーゼ・クライシス様であらせる。
この文から始まるカシス教の聖書は、なんら違和感の無い、そこら辺にもある書物だった。
やはり聖書だけでは悪事など見つかるはずなどなかった、と図書室に来たケーラは感想を述べた。天を仰ぎ溜息を吐いて、他の文献を漁る。
カシス教発足の本や、功績の本などを見たが大した成果は無く、それだけで一日が終わってしまった。
そして、今日は私との通信をする日だ。
「やあ、クライシス。そっちはどうだい?」
『それはこっちのセリフだっての。まあ、こちらは順調さ。このままいけば人魔大戦を終わらせられる』
「それはどういうシナリオなんだい?」
『まあ、実際には人魔大戦は絶対に来るんだけどな』
「え? それはどういうこと?」
ケーラの眉にしわが寄る。
『人魔大戦が開戦されるのは確定した。"世界の誓約"によってな』
「世界の誓約?」
『簡単に言うと世界がそれを起きることを確立させたってことだ。で、人魔大戦が始まるのは二日後ということだ』
「……それってすごくまずいことじゃない?」
やっぱり、ケーラは冷静に話を進められる。キャルじゃこうもいかなかったな。ん? なんだキャルそんな顔して……いや、読心術使うなって……
「……クライシス? なにかあったかい?」
『……なにもなかったよ。さっきの話に戻るけど、ぶっちゃけこの状況は非常にまずい。だから二日延長させてもらった』
「……え?」
『だから、時空を曲げたの。こうなんというか……ぐにゃ~って』
「話から察すると……世界の誓約って運命みたいな不変の存在的なやつじゃないの? そんな簡単に破っていいわけ……?」
ケーラの疑問は尤もだ。そして、だからこそでもある。
『簡単に破っていいわけないよ。だって世界の誓約っていうのは必ず起こる"必然"の出来事だ。それを曲げるとなると神が首つこむかもしれないが……まあそのときはそのときだ。任せとけ』
「その"任せとけ"はクライシス以上にしっくりくる者はいないね……あと、少し気になったことがあるんだ」
一泊置き、話題が転じたことが分かった。
「今日、カシス教の聖書を読んだんだけど……神っていったいなんなの?」
『当然。そこは気になる事だな。聖書で神がどう扱われているかわからないが、神っていうのは人体を”超越した存在”だ。そして、同時に一つの”星界”を管理する複数の個体の中の一柱だ』
「……突然難しい言葉がでてきたね……?」
『宗教観の話で言うなら、それは宗教ごとに違うのだが、一般的に神と呼ばれているやつらは基本そうだな。そして、神たちは<神界>に住んでいる。<天界>に住んでいる天使の直接の上司である神は一つの個体で全てを管理するわけではなく、複数の個体が一つ一つ役割分担をして全てを管理している』
「神は複数いるってことでいいんだね?」
『実際はそうだな』
「それって神が束になってクライシスに襲い掛かってきたら、流石にまずいんじゃない?」
『そうだな。だが、神は群れない。利益目的で協力することはあっても、殺したことでなんもメリットが無い私を目当てに協力することなんてまずないだろう。やつらは情が薄いからな』
「……悲しい生き物だね」
『お前は情に厚すぎる。実際に神を見るとその考え方はすぐになくなるぞ』
「でもさ、神を作った人って少なくともいるんじゃないの? もしもその人がそんな神を見たら、悲しいと思うんじゃないかな」
……ケーラのその言葉に、創造主の顔が思い浮かんだ。悲しそうに、世界を見つめる彼の姿を。
───俺ってさ、何度も作り直したんだよ。神とか作ってさ、皆が笑って暮らせる世界を作りたいって……まあ! 無駄だって気づいたのは何百回も作った後だったけどさ!───
『……ああ、悲しそうな顔してたよ。アイツは……だから、俺はそんな世界をやり直す』
「……初めてこんなにも熱く語ってるクライシスを見たよ」
『そうか? まあ、僕もこんな話滅多にしないから』
「でも、まずは人魔大戦のことだね。人族の戦況的にはどう?」
『このままだと確実に人族が負けるな。魔族は数が少ないが、質が違い過ぎる』
「しかも、聖教を潰そうとしているんでしょ? そうしたらかなり人族が劣勢に追い込まれるけど」
『だから俺が居る』
「……そうだったね」
ケーラは根拠のない私の言葉に心から納得する。そこまで信頼されているとは。
『まあ、引き続き聖教の落とせそうな資料を探せ』
「そんな急に言われてもねえ……どこか重職についている人たちの接点がないと流石に難しいよ」
『そんなのあの聖女とやらを味方につければ簡単なことだろ。今日話しただろ? このままお偉いさんと接点を持って奴隷売買の資料やら違法取引の資料やらを盗めばいいんだよ』
「でも……聖教はただの組織じゃない。”国”だ。しかも、人族と深く絡んでいる。裁くのはかなり至難の業と言えるよ」
『確かに、聖教を失くしたら人々は混乱のパンデミックを起こすだろう。だが、なにも頭ごなしに聖教を全部壊すわけじゃない』
「? じゃあなにを───」
『俺がしたことをすればいい。後は自分で考えな。』
「? クライシス───? ……切られた」
一方的に通信セレマが切られたことんい気づいたケーラは、一人部屋で溜息をもらす。
そして、パルの最後の言葉を思い出していた。
『俺がしたことをすればいい』
俺がしたこと……? とケーラの頭には疑問が流れる。そして、ケーラはパルがこれまでしたことを思い出していた。
が、結局ありすぎて思い浮かばなかった。いや、候補があり過ぎたといった方がいいだろう。
スラム出身のケーラにとって、クライシスの話す言葉は少し難しいといつも思っていた。
(僕に推理じみた言動を言うのはおかと違いなんだよね)
ひとまずの結論がでるまで、ケーラにとって苦悩の夜になった。