20ページ,聖教会
目が覚めると、そこは聖堂だった。目の前にある豪勢な造りの女神像がふんぞり返るように置いてあり、周りは白装束の軍勢が祈るように跪いている。
その姿は、まさに狂信であり、歪んでいた。
───刹那。頭に流れる激痛とパルの言葉。
『ケーラ、お前はこれから聖軍に侵入してもらう。この子たちと一緒にな』
「……え?」
「ケーラさん、ケーラさん、大丈夫ですか?」
ケーラが声のする方を見ると、そこには同じく白装束を纏った二人───ナイとカーラが居た。
『この三人で、聖教を中からぶち壊す。私達は外からだな。じゃあ、そういうことで』
(……本当に、君はいつまでも自分勝手だね)
ケーラはパルの言動に頭を押さえるが、いつまでもそうしている暇はない。
(今僕ができること───まずは情報収集からだね。聖教がどんなとこなのか。なにを隠しているのか。それが明るみにでれば聖教は破綻する)
つまり、ケーラが最初にする行動。それはコミュニュケーションだ。そして、ケーラが最も苦手とする分野だ。
ケーラは立ち上がり、ナイとカーラと共に聖堂から出る。
それを止める信者はいない。みな祈りに集中していた。
「取り敢えず、二人はどうやってここに来たんだい?」
「えっと、パル様に命令されて……『君たち二人にはケーラと一緒に聖教に行ってもらう。できるよな?』って……」
カーラもナイの言葉に頷く。
(多分、この二人は僕が色々としている間のアリバイ作りをしやすいようにするための助手みたいなものだろう。まあ、その方がこちらも助かるしね)
「わかった。これからよろしくね。早速だけど、僕たちはこれからどう動けばいいのかな?」
「はい。神父から言葉を預かっています。『勇者様が目を覚ましたら、部屋に案内してくれ』」
「なるほどね。じゃあその部屋はどこかな?」
「そちらに送ります」
ナイがそういうと、ケーラの頭に地図のようなものが浮かび上がる。ナイの空間把握セレマをケーラへと譲渡したのだ。
「ここの地図となっています。必ず把握してください」
(もしかして、クライシスとかアメリさんとかが凄すぎるだけで、この人も十分優秀なんじゃ……)
「わかった。ありがとう。早速部屋に向かうよ」
「はい。私たちは別のことをしないといけませんので、ご注意ください」
「うん。そっちも気を付けて」
ケーラは一人で部屋へと向かう。その間でも、外への警戒は怠らない。勇者だから下手な真似はしてこないと思うが、警戒をして損はない。
だが、妙に変だ。パルが言っていた通りだと、カシス教は世界を滅ぼすとされる邪神を信仰している。
ケーラはてっきりそれに則った行動を信者がしているのだと思っていたが、見る限り魔族との大戦に対しての鍛錬を積んでいた。
「あっ、勇者様。お疲れ様です」
こいつら連れ去った本人の前でよく笑顔でいられるな、とケーラは思う。
「うん、お疲れ様。魔族との戦争の準備でもしてるの?」
しかし、そのことは顔に出さず、笑顔で振る舞う。
「はい! 来る日の大戦に向けて修練を積んでいます」
「でも、確か魔族との戦争ってほとんどの兵士がカイメルス王国だって聞いたけど?」
「はい、もともとはその予定でしたが、国民の反感を買い、半分の勢力が聖教の騎士から出ることとなりました」
(多分パルの仕業なんだろうなあ)
と言いかけたが、心の中にそっとしまっておくケーラだった。
ケーラは自らの部屋に行くと、机の上に置手紙が置いてあった。そこには、これからの勇者がすべきことが書いてあった。
が、そんなことに従う予定はケーラにないので、だいたいは流し見。あとで思い返せる程度にしておいた。
(あとは仲間が欲しい。なるべく権力を持ってるやつがいいかな)
聖教の秘密事項を手に入れるために権力を持っているちょろそうで簡単に仲間にできそう───まあそうそういるわけないよな、とケーラは諦めたような溜息を吐く。
チラッと窓から外を見る。そこに移るわ庭で鍛錬を積む騎士たち。そこにお茶を上げようと走ったその瞬間にこけてしまい、お茶のカップを全部割ってしまっていた。
ケーラはナイから地図と同じように貰った人物リストで彼女のことを見ると、そこには驚きの記載がされていた。
『カシス教 聖女』
「……聖女?」
権力を持っているちょろそうで簡単に仲間にできそう……
「……いた」
窓の外に、にへら笑みを浮かべる彼女を横目にケーラも思わず笑みが漏れる。
さっそく、部屋から出て廊下に行くと、彼女が居た。まずは仲良くなること。そのためには第一印象は最重要だ。
だが……
「あ、あの。この先にお手洗いって……ないかな……?」
目を左右に動かし、舌もあまり回らない。これはまさしく、典型的なコミュ障であった。
それもそのはず。スラムでは口ではなく言葉で語る場所。初めてパルと話した時もパルが違和感のないようにセレマをかけてケーラと話しやすいようにしたいた。
それ以外で自分から積極的に相手に言葉をかける……それに加え異性というのはケーラにとって苦行の道であった。
「お手洗い……? ああ! トイレですね! トイレはあっちです! 大丈夫ですか? トイレ!」
目の前の少女から発せられる大声のトイレは周りの目をひいてしまう。それにちょっとだけ恥ずかしいケーラは「あ、ありがとう」とだけ言い、踵を返す。
「あ、もしかして……勇者様ですか?」
「え?」
「司教様から聞いてたんですけど、勇者様ですよね! わあ、本物だ!」
「あ、ああ。よくわかったね」
「当然ですよ! なんかビビットきたんで!」
ビビット……? とその言葉が喉から出そうと思ったが、ギリギリ踏みとどまった。
「ああ、そうだ! まだワッチの名前知らないですよね!」
(ワッチ……?)
可愛らしい外見からでるその一人称にどこか既視感が見えた。
「ワッチはテテテッテラ・トックです! 聖女やってます! 気軽にテラちゃんって呼んでください! みんな呼んでるんで!」
独特であまり聞かない名前に、ケーラは一瞬疑問へと入る。
「えと……」
「ああ! この名前、変だねっていつも言われるんです! そう思いますか? あっそうだ! 勇者様の名前も教えて下さい!」
テラから繰り出されるマシンガントークにケーラのメンタルは100削られた!▼
「あとご趣味ってありますか! 勇者様って普段なにしてるかワッチ気になります!」
さらに500のダメージ!
「あっ、あと───」
「えっと!」
突如繰り出されるケーラの大声に、テラの攻撃はストップ!
「まずは自己紹介からするね。僕の名前はケーラ。趣味は人間観察。そちらの趣味はなに?」
「ん? ん-と……考えたことなかったです! 考えてくるのでまたお話ししましょう!」
と、テラは踵を返し、手を振りながらケーラと別れる。その途中でこける。
「いったあ!?」
が、すぐに起き上がり、部屋へと戻っていった。
「……嵐のような人だったなあ……」