14ページ,最終決戦のための
昔から、腹が減っていた。ずっと、体が動かなかった。周りは爆発音が聞こえ、衝撃波が体を滅ぼす。戦争が絶えず起こり、すすり泣く声が町中にこだまする。
セレマが行きつく先、力を手にした権力者たちはプライドだけを競い、誰が一番かを決める。
───どれも同じ結果だった。
極め着いた者たちが行きつくのは、いつも戦い。
『力を求めることは、存在を滅ぼすということだ』
髪が靡く。終わりなき地獄の底で、ただ泣いているしかなかった。
そんなことはお構いなしに、兵士は生物を殺す。
慈悲もなく、命を刈り取る。道徳心など持ち合わせてもなく、ただ正義を執行するだけ。
殺さなければ、殺される。そこに、優しさを持ってはいけない。感情を殺せ。
「ずっと、腹が減っていた」
食ったこと、あるか。飢餓で死んだ最愛の人を。
殺したこと、あるか。共に語り合った親友を。
泣いたこと、あるか。目の前で、笑顔で死んだ仲間たちの事を思って。
いつもでてくる硬い唾を乾燥した喉に流し込もうとし、苦しむ姿。
友を殺し、仲間を殺し、妻を殺し、己までも殺した。
この手は、償いきれる程の汚れではなくなっていた。
……なんとも、馬鹿で、滑稽な政の戯言で、抱えきれない罪を背負った人間がいる。
───"世界の管理者"をも巻き込み、最悪とまでいわれた壊滅を引き起こした戦争、第四次宇宙大戦。
その内、八割の死者を出したのは、たった一人の人間だった。
ラーゼ・クライシス、その人だった。
「じゃあ、聞かせてくれるか? あの夜、何があったのか」
「そうね……」
そしてキャルは語りだす。あの夜の惨状を。
「最初は、順調だった。クーの分身だっていてくれたし、明らかにこちらが優勢だった」
だけど───キャルが前述に対して、だけど、と反対のことを示す。そこから、私はキャルの頭を覗いた。万が一があるかもしれないからだ。
キャルが指揮をとり、周りがそれに従う。数は確かにこちらが優位だった。一人の魔族に対して複数人で対抗する。着々と魔族の数を減らしていった。
だが、何かがおかしかった。魔族をたおしていっているというのに、何故かこちらが優勢だと思わなかった。
それよりも───キャルは周りを見渡した。
人が、少なかった。
魔族が少なくなっているのではない。死体がないわけではない。
先程まで、魔族一人に対して複数人で挑んでいた兵士が、今では一人になっている。
おかしい、おかしい、おかしい。
混乱したキャルは、ケルの方を見た。彼もまた、この異常性がわかっているようだ。
二人は近づき、状況整理をお互いにする。
私の分身体も、気が付けばいなくなっていた。
「何かが近づいてきてる」
ケルは、持ち前の野生の勘で誰かが迫ってくることを察知していた。
先に動いたのは、ケルだった。
ケルは、先程言った何か、に向けて拳を飛ばす。拳は、いとも簡単に受け止められ、ケルは吹っ飛ぶ。それを横目に、キャルは決死の目を目の前に向ける。
「私は、もう何も失いたくない」
キャルは髪を巻き上げる。月明りに照らされる金髪は、その色を変え、銀髪へと変色する。
瞳を見開くその目は、血を彷彿とさせる真っ赤な瞳孔になっていた。
───【皇化】。前は様々な感情が混ざり合って偶然にもなっただけであった。
しかし、今は違う。先の戦いでキャルは皇化になる方法を模索していた。そして、ようやくなれたのだ。
吸血姫の力。キャルは、先祖返りだ。吸血姫だったころの力を引き継ぐファスト家。
今のキャルは、それを思う存分に発揮できる。
準備は万端。キャルは剣を振り下ろし、目の前の何かは───……
「私は、いつの間にか倒れていた」
話が終わる。奇妙な話だ。
「でも結局、何かってなんなの?」
「それが分かったらこっちも苦労しないわよ」
「ケルの方は?」
「僕も記憶に残ってないよ。クーの分身って記憶は残らないの?」
「残るはずだ。しかし……これは……」
「どうしたの?」
「……この事件は不可解なことが多すぎる。俺との分身は、普通は転移もできるし、多重思考も可能だ」
だが、あの夜。そのなにもかもができなかった。転移も、意思疎通も。死んだのかも生きてるのかもなにも分からない。
「現在のこの星の法レベルじゃあ、そんなことは不可能だし、どのセレマ律でも、僕のクローンは崩せない」
「じゃあ……なにが……いるの?」
「……さあ? しかし、私のセレマを乱すものなんて、限られてくる」
「……だれ?」
「───邪神」
聞いていた周りが、固まる。その存在すら、神話に語られるものだ。
「それって、存在するの?」
「前にキャルが話しただろ? カシス教の進行されている神、ラーゼは邪神だって」
「でも、それってただの噂話だったし」
「だが、僕のセレマを乱せるのは邪神だけしかいない」
「……ッ」
「それにこれなら魔族とカシス教が繋がっているという裏付けにもなる」
そうなると、カシス教の力が計り知れなくなるがな。
「取り敢えず、この話は終わりだ。キャル、グラマースのところへ行くぞ」
「え? なんで?」
「お前の武器、完成させるぞ」
キャルの腰に下げている剣を見る。これで、まだ未完成とは。相変わらず、いつの時代にもいるものだ。天才というのは。
「そんなに会いたいの?」
また見透かしたような瞳でアメリはこちらを見つめる。ああ、そうだな。
「本当に、こういうのは運が無いんだ。俺は」
「え、これってまだ完成してないの?」
「……どうやら、稀代の天才が残した遺産みたいだ。そいつは」
廊下を渡り、グラマースの部屋まで到達する。コンコンとドアをノックすると、滑らかにドアが開く。
初対面で会うグラーマースのキャル。グラマースがキャルを見て、朗らかに笑った。
「そうか……お前がキャルメルか……とんだじゃじゃ馬が来るかと思ったら、存外普通の女子だったじゃないか」
「こっちだって、伊達に数々の修羅場を潜ってきたわけなんだから、当然よ。私はキャルメル、貴方は?」
「グラマースだ。よろしく、キャルメル」
お互いに名前は知っているが、一応初対面だ。
「で、理論は完成したか? グラマース」
「そんな一朝一夕で完成するのだったら、今頃俺は国王だったさ」
「まあ、そうだと思ったさ」
部屋の中で入る。おっさんの癖にやけに小綺麗だった。机以外は。机を見ると、セレマ理論がぐちゃぐちゃに書かれていた。
「これじゃあ、なにを書いているかわからない。もっと整理してみたらどうだ」
「これが俺流だ。整理してもしなくても俺の頭の中で理解してたらいいんだよ」
「そんな独りよがりの考えは今すぐやめろ……とにかく今はみんなで考えたほうが早い」
大人しくグラマースは法陣を整理している。ふむ……デグリャベル方程式を使っているようだな。
「それよりもここはキューバリン簡潔定理を使ったほうがいいだろう。デグリャベル方程式だと解図がぐちゃぐちゃだ」
「ああ……そうだな。そのやり方があったか」
「それならこれはトマレル流付与術じゃなくてファルセン流付与術になるだろう」
「そうか? トッグの法則を使った方がトマレル流付与術を有効活用できると思ったのだが……」
「ああ、それでもいい。結果的に答えは一緒になる。あとここは……」
「もうやめて!」
キャルが叫んだ。
「なんの話かさっぱりわかんないよ。私達置いてけぼりだよ!?」
「ああ……確かに」
まあ、少しばかり急がないといけないしな。キャルの方も説明するためにちゃっちゃと済ませないと。
なんとか忙しい日々がいったん終了しました。これから再開していけそう?