7ページ,魔王という”存在”
魔族領に着くと、前回のように魔族の姿へと変わる。店に売り出されている新聞を借りパクし、そこら辺のベンチに座る。
どっかの自販機のようなもので買ってきたコーヒーのようなものを飲みながら、新聞紙を読むふりをする。
どうしてこんなことをしているかというと……
「あれっ、また会ったな。家庭教師さん」
「こんにちは、サーマントさん。僕は家庭教師さんじゃないですよ? あと、後ろに居るのはジュレリックさんかな?」
「⁉ 私に気づくとは……驚きですね」
サーマントさんの後ろには隠蔽系のセレマをしていたジュレリックさんがいた。ちょっと気づきにくいかなって思ったけど、まだまだ詰めが甘い。
「少し、コツがあるんですよ」
「へえ、是非教えてほしいですね」
「すっげえな! コイツのことを見破れるなんて『赫の魔人』の中でも二、三人───」
「そこまでにしましょう? サーマント。それよりも、まだ貴方の名前を伺っていませんでした。貴方の名前はなんでしょうか?」
「おう! そうだぜ、アンタの呼び名困ってるんだ」
───……本当に、この二人は昔の奴に……
「───■■■」
「? すいません。なんて言ったのでしょうか」
「! ああ、すいません。僕のことはラグエズと呼んでください」
「ラグエズな! しっかりと覚えたぞ」
「いい名前ですね」
「ありがとうございます。あ、そういえば聞きたいことがあるんですけど、お二人ってロザリオ付けていますよね? どこの宗教に属しているのですか?」
僕がそういうと、二人は互いに向き合い、意味不明という顔をする。
「何言ってんだ。ここで魔族領で信仰されている宗教なんて一つしかないだろ」
「そうですよ、もしかして、"カシス教"をご存じないのですか?」
…………。
「……ああ、そうなんですね。異邦人なものでして。そこら辺の事情は疎いのですよ」
……カシス教。ここでもそれが出てくるのか。人類の聖教会というのも、カシス教だったな。エペラーのことも、カシス教が絡んでいた。
それに、人類と魔族の宗教がカシス教に属しているのなら、志す気持ちは同じはずだ。宗派でも違うのか?
「実は、僕もなんです」
一瞬でロザリオを作成し、それを二人に見えるように前へだす。
「おお、そうなのか」
「驚きですね。貴方は神なぞ信じないという風に見えたのですが」
「まさか」
私は苦笑するふりをする。腕にしていた時計を見る。うん、十分な時間だ。
「では、私はこれで。遅刻をしてしまったら上司に殴られてしまうので」
「おお、じゃあな」
「また」
一礼を済ませ、その場を去ろうとする。
「おい? 魔王城は逆方向だぞ?」
「ああ、そうでした。すいません」
そうして、人目のいないところまで歩き、アメリの所に行く。
「……行く?」
「ああ。……決戦の準備だ」
転移する。
***
「……なあ、ジュレリック。魔王城ってどっちだっけ」
「最初にラグエズさんが向かっていた方向ですね」
「そういえば、これ、最近、魔王城で住んでる奴とか働いている奴、言ったやつとかの情報」
サーマントがポケットからカードを取り出し、ジュレリックに見せだす。それは画面が浮き上がり、様々な名前と顔写真が写しだされる。
何万人という情報が、ジュレリックの頭の中に全て入り込む。
そこに、ラグエズの名前と顔は一つとしてなかった。
「……考えられる可能性は二つ。一つは人族側のスパイ。しかし、これだとあまりにも擬態され過ぎている。あの純粋な力は人族の粋にでない」
あの力は、人外といっても差し控えない。神の使いと知られる氷麗狼神獣と戦ったときでさえ、あんなにも奇妙な力がでなかったとジュレリックは思考する。
「もう一つは、本当に辺境の異邦人の可能性。こちらの可能性のほうが高いですね。しかし、これでは魔王城に行くという嘘を吐く理由がわかりません」
「『赫の魔人』の敵になると思うか?」
「今のところ、敵意は感じられませんね」
「どっちにしろ、今の俺達には干渉できない」
「魔王様の命令を待つしかない。しかし……大丈夫なんだろうか」
「病気のことか?」
「ああ……あの尊い姿を拝めないのが…… 今際の際だ……」
「おーい鼻血出しながら遺言いうなー。まだ死ぬなー」
サーマントは肩を揺らしながらジュレリックを止める。
「全く……コイツの魔王様ファンはやばいな……これが『赫の魔人』の中で何十人もいるとなると……先が思いやられる」
サーマントが虚空から煙草を飛び出させると、火魔法で煙草に火を付ける。
憐れな思いで吐かれたその呼出煙は、上へと昇り……魔王城へと向かっていく……
***
窓に捕まるその目から写し出される景色は、逢魔が時を指す夕日が移っていた。
目から映る涙は、下へと滴り落ちる。どこまでも頑丈に作られたこの部屋では、まともに魔力を流せない。魔力を流せないということは、魔族としては致命的な欠陥となる。
誰も気づかないこの空間には、泣く少女しかいない。
貴方の前にいる私は偽物だと。私こそが本当の貴方が求めている私だと。どうして気づかないのか、どうして、私を迎えに来てくれないのか。
悲しくなってしまう。
『自業自得だ』
『お前のせいだ』
『誰も悪くない』
『助けなんかいらない』
『悲しくなんか……』
『……悲しい』
手を彼方へと添える。そこに映るは、窓の外に広がる城下町───ではなく、ケーラの姿だった……
***
「でさ、アンタらはどうするわけ?」
家に帰ると、当たり前のように寛いでいる転移者たちに声をかける。
しかも、実際に今、ここにいるのは2/3くらいの日本人たちだ。
そして、自身の部屋で寛ぐのではなく、リビングにずっといる。
はっきり言って、邪魔。そしてナイが家事をしてて忙しそうだ。男子陣は寛いだままだが、女子はナイのことを手伝っている。亭主関白か?
「いやーここの空間が快適すぎて」
祐亮がソファに座りながら答える。その顔は緩んでいて今にも寝てしまいそうだ。
「ナイ? こいつらに手伝ってくれって言ってもいいんだぞ?」
後ろにいる男子どもに指を指す。
「アホはひどいぜ! 旦那ァ!」
誰が旦那だ。あと心読むな。
「大丈夫です! ナイが手伝わなくていいって言ったんですから!」
両手に握りこぶしを作り、やる気を見せる。それならいいんだがな。私は立ち上がり、周りを見渡す。
ケーラはこの家にいない。いや───気配はする。だが、気配が察知できない。───どういうことだ?
「やあ、クライシス」
後ろから声が僕の耳朶を響かせる。
「彼女との話はもういいのか?」
どういうことだ? 急にケーラの気配が現れた。コイツがそんな気配隠蔽技術を手に入れてるわけがない。
「あんまり揶揄わないでよ」
「さて、じゃあ隠れてるお前の彼女は悪戯っ子か?」
後ろには、ナイフを構えるルーラの姿が見えた。
もう少しや……