5ページ,たとえ君が、何者でも
いつも、俯いていた。
この世界は、いつも、白黒の世界であふれていた。
孤児だった僕は、スラム街を歩いていた。ガリガリの、生きていることさえやっとな、ただのガキだった。
だが、何年も生きていた。水は雨でなんとかなるし、食料は土を掘れば幼虫、それかそこら辺の雑草を食えばなんとかなった。
たまに賊も来たが、なんとか殴れば吹っ飛んだ。僕は、昔から強かった。
だけど───
「……くそっ、流石に厳しい」
その年は、不作の年と呼ばれるほどのものだった。乾季が一年も続いた。
雨は降らず、食料は枯れ、虫も干からびるほどだった。
なにも食わず、飲まずの一か月が続いた。その時は、もう死ぬ覚悟ができてたほどだ。
スラム街では、食料もなく、人が人を食っていた。昨日まで元気に都市の美女を誘っていたナンパ男だって、今では僕の右後ろで食われている。
倒れば食われる。食わなければ、倒れる。
いつしか、そんな言葉がスラムでは当たり前になっていた。
ボロボロの体で歩く僕は、賊にとっては食料の的だった。人気のないところで歩いていると、六人ほどの気配が近づいた。
「くそがっ! 死ねっ!」
僕は血まみれになって戦う。一人は落ちていたちょっと鋭い石で喉元をぶっ刺した。もう一人は頭を掴んで膝で打てば脳震盪が起こり、倒れた。
しかし、腐っても大人だ。残り四人は僕を囲み、一斉に攻撃した。
(もう……ダメか……)
腐った人生だった、と今までの人生を振り返る。瞼を閉じれば、なんとも惨めな走馬灯が走る。
───そして、次に瞼を開けたときは、閃光が走る。
「……」
……驚いたものだった。
傘をさした少女が、魔法で僕を守っていた。
「その年で子供虐めるより、自国の軍人になって魔族を殲滅したほうがよろしくて?」
ドレスのスカートを手で摘み、下から大人を見つめるその目は、後ろから見ても蔑むような視線だったのを覚えている。
「このッ……! ガキがぁぁあ!」
振り下ろすその拳を、ダンスのように躱し、その流れを殺さぬように相手の背中を、チョンと押す。
大人は、そのままもう一方の大人の方へ転がり込む。
「……」
目が離せなかった。
その歩きが、その所作が、その神聖な、美しい恰好が……一瞬たりとも視線を外さぬように、魅入る。
「あらあら、そんな興奮した目で見られると……とても不快でございます」
「舐めるなよッ! 女のガキだからってッ……!!」
「女だからって、戦ってはいけませぬの? あらあら、時代遅れな人だこと」
───刹那、僕の横から赤黒い陣が飛び出す。
その陣から、不思議な植物のようなものが飛び出すと、大人二人の心臓を突き刺す。
「ガッ……」
「ふぐっ……!」
植物は、方向転換を繰り返し、先程のもう二人も突き刺した。
「さて、後は……」
植物は、僕の方へ向かってくる。
「くそがっ!」
僕は余っていた聖力で結界のようなものを作る。
「……あら?」
グガガガとドリルのように僕の結界の中へ突き進む植物は、僕の眼前にまで迫っていた。しかし、突如としてそれは消える。
「……え?」
僕は少女の方へ顔を向ける。
少女は、恍惚とした表情で、こちらを見ていた。
「……者」
「え?」
「……やっと、会えた」
こちらへ歩き出し、しゃがむ。
「こんにちは」
問答無用で殴る。だけど、彼女は避ける。
「荒々しいこと」
パチン、と指を弾くや否や、僕の四肢が先程の植物で拘束される。
「ねえ、貴方……名前は?」
「……そんなん答えて何になる……うッ!」
僕がそう答えると、拘束が強くなる。
「貴方に拒否権があるとは思わなくて?」
「………………そんなん、ねえよ」
「あら? そうなの? それなら私が付けてあげますわよ」
「え?」
「名前、つけてあげますわよ」
ニコリと天使のように微笑む彼女に、否と言えるものではなかった。
それから僕は、この表情をされると何も言われなくなってしまうことになる。
「ケーラ、というのは? 古代魔族語で聖なる者って意味なの」
そんな素敵な名前を僕につけてもいいのだろうか、と疑問に思った。だが、彼女は頑なにケーラが良いと言い続け、僕が根負けした。
僕は、その日から、ケーラとなった。
そんなことがあってからか、いつの間にか僕は魔法のように彼女に従順となってしまった。
手を繋ぎ、スラム街を歩いた。
───いつも、俯いていた。
こんな意味のない人生なんて、目に映るだけでも鬱陶しかったから。
───この世界は、いつも、白黒の世界であふれていた。
ただ過ぎる時間が、どうにも鮮やかな世界なんて見えなかった。
ただ、今日だけは……
この時だけは……………………。
上を見上げた。彼女の背が、見えた。
白黒だった世界が、鮮やかになった。
そんな世界が、いつも見たかった。
顔が熱い。
……この熱さは、なんだろうか。
今は、分からなくていい。そんな結論をだした。
「そういえば……君の名前は?」
「ノ……ルーラ」
「ルーラ?」
「そう、覚えた?」
「うん」
ルーラルーラルーラルーラ……
繰り返し名前を言う。
もうすぐ、夕日が落ちる。真後ろには、月が輝こうと主張している。
帰る場所もなく、ただ歩く。だが、そんな幸せな時間も、もう消える。
スラム街と森の境目。森では、魔物が多くいて誰も近寄らない。
そんな境目に、僕らは居た。
「そろそろ、お別れ」
「え?」
「また、成長したら、会いに来るよ」
「ど、どういう意味……?」
僕が手を伸ばすと、ルーラは突然消えた。
後になって、ルーラが消えたことがわかった。
暫くは、何も考えずに過ごしていた。
だけど、暫くして彼女に会うこととなる。
ぼろぼろとなった、彼女と。
あれから、毎日彼女と別れたあの場所へ行った。また、会いたくて。
そして、次に見つけた彼女は、とてもじゃないが、生きているかすら怪しかった。酷い火傷の跡。
人気のない所へ連れ込み、簡易ベッドみたいなところを作った。
そこからは必死だった。
聖法でひたすら火傷を治す。生半可なものではなく、呪いも混ざっていたようだった。鎖のようなものが概念的に結びついており、何度もその鎖を解いた。
だけど……結局、お腹の部分の火傷は、決して治ることはなかった。
そして、ルーラが立つことはなかった。
「ケーラは……私の素性とか、知りたいと思わないの……?」
ある日、ルーラは質問してきた。つまらない質問だ。
そんなの、ずっと前から結論はでてる。
「思わない」
即答した。
「君の素性がなんだろうと、どう醜くても、僕の中では……あの日の君だ。たとえ、君がとんだ悪党の王でも……世界の敵でも。僕は君を守る……それだけだよ」
あの時、君が気まぐれで僕を救ったとしても。君が、僕の事を道具だと思っていようと。
なんだっていい。どうだっていい。
「……プロポーズ……?」
「い、いや、そんなこと言ってないよ……」
ルーラは、目を瞑って、クスクスと笑う。それにつられて、僕も、笑う。
この時間が、幸せだった。
だけど……彼女は、寝たきりだった。
また、日の下で、手をつないで、歩きたい。その願望を……
『彼女を救いたいか?』
作者(……最近チート要素ってあるかな……)




