1ページ,時空の異変
───23日───
目が覚める。横ではアメリが泣いていた。珍しい。
僕は苦笑しながら子供みたいなアメリさんに問う。
「なんで泣いてるの?」
抱きしめながら、背中をさすり、嗚咽を消していく。<法>は使わない。こういうのは人の温もりっていうのが有効らしいから。
「ッ……貴方が……居なくなるッ……夢……」
「見た?」
コクンと力弱く頷く。夢だけっていうのにこれだ。昔っから変わらない。
「大丈夫だよ、ここに居る」
……あのような夢を見るのは、今回だけじゃない。そして、こんな夢を見るときは、大抵アメリが泣いている。原因は不明。
暫くアメリさんの言う通りにした。キスしたり……ハグしたり……満足したのか、嗚咽はもう治まっていた。
「アメリさん? もう大丈夫だよね? もうする必要はないよね?」
「まだ……治まってない……もっと……」
はい、お終いですねー。私は立ち上がり、いつもの準備をする。アメリさんは涙目だ。
泣き落としは通用しません。
「ひどい……私をキズモノにしたくせに……」
その言い方は語弊がありますね。そもそもとしてキズモノにしたのはそっちの方です。
「私……馬鹿だから……昔のことなんて覚えてない」
「はいはい、都合のいい記憶ですね。俺よりも頭良いのに」
そういいつつ、僕は<法>でアメリさんに服を着させる。
寝る前はちゃんと服着ようっていつも言ってるのに……。服着てても何故か翌日には服が無くなってて困ってるんだよなあ。
そういえば、帝国から帰ってきてここに戻るのも久しぶりかと思ったら、意外と一日くらいしか家を開けてないことに気づいた。
なんか体感、何か月だったような……いや、考えるのはよそう。
リビングへ行くと、転移者たちの生活が思い出される。そうこんな風に賑やかな───
「なんでお前ら居るん?」
そう、帰ったはずだった転移者たちがここに居た。夕夜がこちらへ来てみんなの代表となり状況を説明する。
「聞いてください、クライシスさん。緊急事態です」
周りを見ても、確かにいつもの様子ではない感じだった。
「なんだ?」
「実は……僕らの世界と、こちらの世界の時間軸がズレています」
「……どういうことだ?」
「こちらの世界では昨日……でも、僕らの世界では既に二か月の月日が経っています」
「ふうん……」
時空がズレている? いや、星次元世界単位でズレることなんて無理だ。それこそ、管理者じゃないと……
『お前は───……誰だ?私は■■■の命で■■■■を達成するためにここに来た。もう用は済んだのだから構えるな』
一つ、アイツの言葉が過る。■は他のやつからはノイズしか聞こえない。それは、神の権能で下の種族には聞こえないようにしている。
アイツ……あのヒステリック女の手下。なぜ虚次元世界へと来たんだ? 僕のこともわかっていなかった。つまり……狙いは"パル"じゃない。……まあ、このことはどうだっていい。
考えるべきは───管理者が他世界へ来たとて、時空が歪むなどという事例は聞いたことが無い。
なにはともあれ分からない内は実験だ。
「『転移』」
範囲は私とメリアだけ。転移者から見たら僕が急に消えた風に見えるが、どうせすぐに私が<法>を使ったことに気づくだろう。
軽快な着地音で降りるその場所は、キャルの家。それも<邪覇獄凄愴試煉>への入り口だ。
すぐに気配を察知したのか、ケルがこちらへとすぐさま来る。『転移』は使っていないはずだが……流石の速さだな。
「なんだ~クーか」
俺の顔を見ると、その警戒心は解かれ、一気に脱力モードとなる。
ここに来たのは、ケルをここへ呼ばせるためだ。
「ケル、この世界と<邪覇獄凄愴試煉>の世界で時間のズレはなかったか?」
「ん~? そんな感じなかったけど……あっ! でもちょっと変な事件が起きてるかも」
「なんだ?」
すると、ケルが腕を伸ばす。私とケルの間は三人分も距離がある。だが、にゅるにゅると腕が伸びていき、僕の肩へと手が届く。
「なぜか僕の体伸びるんだよね~」
ケルが片方の手で頭を掻く。この伸びは……身体的な問題ではない。……空間が歪んでいる。やはり、ここでも時空がおかしい。
だが、時空は重力が関係してくる。だが、どの世界にも重力の変化はなかった。重力は世界で均等に配られる。だから、時間が一つの世界でも歪むということは、重力も歪んでいるということ。
つまり───時空だけを干渉する力の持ち主……。
僕は、そんなことができるのは、二人しか知らない。一人は創造主。もう一人は……。いや、向こうは此方に干渉する理由なんてない。
思考を変えよう。
<邪覇獄凄愴試煉>と、転移者たちが住んでいた地球。調べてみても、二つの時空が歪んでいることなんてなかった。
ここだけが、歪んでいる。この世界だけ───もっと限定的に言えば、この星が、時空が歪んでいる。
うーん、その現象がわからない。それが、自然に起きていることなのか、人為的に起きていることなのか、それが分かれば対処は容易なんだが……。
「ケルー! どこ~⁉」
すると、廊下の方からキャルの声が聞こえる。やけに焦っている。荒い足音も徐々に近づき、それは私たちの開いている扉の前で急に止まると同時に、キャルの姿が見えた。
「あっ、クーたちも居たんだ。ちょうどよかった!」
「……なにかあったの?」
メリアさんが声を上げる。なにかは察しがついているなのだろうけど、自らそれを言わせたいのだろう。
「実は、ファスト家に魔族討伐の応援要請が出されたの」
「……それで、私達と何の関係がある?」
「い、一緒に戦ってほしいの!」
両手を握り、力説といわんばかりの勢いを僕らに送ってきた。
魔族、正式名称は魔人族。人族がそう名称しているだけだ。好戦的でとても横暴。人族を殺さんとばかりの為に生きている───そう人族の間では言われている。
実際は、魔族は人族と同じ。好戦的でも、あり、優しくもある。そう、人によるのだ。
結局違うのは、DNAの差だ。
「戦うことはしない。人と人の戦争には関与しないからな」
「えっ……?」
キャルは困ったように言葉が窮する。
「じゃ、じゃあ、なんで帝国の戦争に参加したの?」
「あれは戦争とは言わない。私が気に入らなかったからしただけだ」
「あっ……そうだもんね、クーって、そういう性格だよね」
キャルは落胆したように言葉が薄くなる。だが、その仕草は不自然だ。どうせキャルもこのようになるってわかっているはずなんだが……演技だな。
「はあ……別に、戦争に参加するわけではないが……戦争を起こすわけにもいかない。それも、種族間での戦争は危険だ。星すら巻き込む。まずは状況を教えろ、キャル」
「! うん、ありがとね、キャル」
まったく、こうなることはわかっていたな。キャルの将来は悪女にでもなりそうだ。
ちゃんと見てろよ