34ページ,彷徨いの蘇生
俺のトアノレスが皇帝の首寸前で止まる。皇帝は半ば気を失った状態だ。
半分意識はあるけど。
僕がトアノレスを寸前で止めたので、皇帝のトアノレスの反対側に物凄い勢いの風がその後を過ぎ去った。
意識が飛びそうな皇帝に、私は告げる。
「いじっぱりな剣バカ」
その一言で、皇帝は目を見開く。僕は自力の思考で先程の皇帝の思考を読んでいたことをまとめていた。
続けて、俺は言う。
「……だが、それも時間が経てば成り下がる。ほんっとに、チャンバラごっこのような剣術だった」
「っ!」
僕のその一言に、皇帝は悔しそうに下を俯く。
「だけど、真っすぐな剣だ」
精神的にも、物理的にも。
「一つだけ、良いことを教えてやろう」
剣というのは、いや、武術というのは、一挙手一投足の動きだけで人の気持ちがわかる。
心理テストをしているみたいなものだ。
エペラー、お前は曲がったことが嫌いな人間だということを知っている。そして、先程の大部分が嘘だということも再確認した。
実は、霊王と話したときに、そこらへんのはだいたい分かっていた。
だから、いじっぱりだし、真っすぐだ。
僕は一つ、という意味で立てた人差し指を自分の唇に置く。
「『"世界の理から外れたもの"によって死んだ魂は、間接的であっても残り続けるため、魂を元に顕現させていい』それが、この世界の理だ」
たった今。僕はキャルとフレアの対決を視た。その時の二人の心情、状況、鼓動……あらゆるものを観察した結果のまとめを言う。
「フレアの魂。普通の魂は、二か月も漂流したりなどしない。普通は一週間やそこらで魂が自然と浄化されていく」
前世で怨念などの負の感情を持ちすぎたものはゴーストとなり、現世で顕現された魔物になるが、その期間も二週間で済むぐらいだ。
「フレアの死因は、結果的に言えば操られていたガイラズの企み。そして、ガイラズを操っていた人物はお前だ。いや、正確に言えば操ってはないか」
ある言葉を思い出す。あの不思議な教団が言っていた言葉だ。
『カイメラス王国に在住中のフレアという人物を───抹消してください』
これは、唯一ガイラズの記憶にあったもの。随分とその出来事がショックだったんだろうな。よく覚えていた。
「お前は、教団との誓約のために、ある命令を実行した」
それは、ガイラズをお前の部下にすること。そして、その経緯を"誰にも"知られないこと。
だから、経緯をも改竄して、あたかもエペラーが最初から操っているように思えた。普通、敵国のなんの重要じゃないやつを自国の手駒にするかって話だけど。
だが、誓約には穴がある。それは、"誰にも"の部分だ。"誰"は、だいたい人物などを指している。だから、そのことは俺に適応されない。
まあ、そんなことコイツは知らないだろうけど。
そして、教団───そいつらのことはだいたい掴めた。
「この前、ガイラズの部屋からある教本を盗んだ。そして、その中身を見た。書いてあった内容はあらまびっくり。『主神、最高全知神ラーゼ』───<神界>で"邪神"と呼ばれるものだ」
曰く、邪神というのは<神界>でいう"世界の理から外れたもの"の代表例。
「つまりあの教団は、少なからず邪神と繋がりがある」
「そ、それは神話の御伽噺のことなのでは───?」
「確かに、僕もこの内容を見たときは単なるまやかしだと思っていた」
しかし───
「しかし、今までの情報を照らし合わせた結果、この教団の奥底に、存在する邪神の可能性がでてきた」
僕は、<力>の粒子を周りにあふれ出させる。この領域内を<力>で溢れさせるためだ。初歩的な大規模<法>の準備方法だ。
「な、なにを……───」
「そういえば、エペラー。聞きたいことがある」
未だに呆然と私を見る意地っ張りな剣バカの話を遮って、僕は話し出す。
───その、根本的な内容を。
「───お前の妻は、誰に殺された?」
「……?それは、オレの元右腕で……あっ───!」
どうやら、気づいたようだな。
「お前の元右腕は、教団に入り浸っていた。そしてお前の妻を殺した」
『"世界の理から外れたもの"によって死んだ魂は、間接的であっても残り続けるため、魂を元に顕現させていい』
「お前の元右腕は、少なからずあの教団の関係者だ。つまり───間接的に、教団はお前の妻を殺している」
エペラーの顔色が、どんどんと色濃くなっていく。うん、その顔だ。
「まだ、お前の妻とその子供は、この世界のどこかに居る」
今もまだ、この世界を放流しているんだ。
僕はブランと肩の力を抜き、<法>に充満された部屋を聖眼や魔眼などの眼で見渡す。うん、これで大丈夫だ。
「エペラー、お前も協力しろ。世界でたった一人でしかない妻と子供のために、動かないお前じゃないだろ?」
「!あ、ああ!もちろんだ」
俺はエペラーに手を伸ばす。さて、ここからだ。エペラーと法線を繋ぐ。
そして世界を見渡すスキルである〈世領域俯瞰魔素観覧〉を〈全選択眼〉で選択する。
瞬間、世界を俯瞰した形で<力>の姿が見られる。魂もマナが染められているので、魂すら見られる。それは、未だに浄化されていない魂と、"世界の理から外れたもの"に関連されたものによって死んだ魂の二つ。
それらが浮遊するこの世界は、なんとも圧巻だった。そんな景色が夥しかった。
法線で繋がられたエペラーも僕と同じ景色を見ている。エペラーはこの世界を見て言葉を失っていた。
「集中しろ、エペラー。この無数の魂の中にお前の家族がいる」
そう言葉を投げかけると、エペラーはただ見ることに集中するようになった。
「魂の見分け方は簡単だ」
「教えてくれ」
「直感だ」
「……今はふざけている場合じゃないんだ。早く教えてくれ」
少し怒気が孕んだ言葉をエペラーはその口から発する。
そんなトーンを低めたエペラーの言葉に私は反駁する。
「それがふざけてなんかないんだ。魂の見分け方法は二つ。一つは死んだ肉体を再度生き返らせる。そうすると一度肉体から離れた魂は生き返った肉体の方へ近づく。もう一つは身近なものの直感。魂は、生前のものの9割が原型だ。だから、身近にいた人は直感でその魂がわかる」
「……」
エペラーは私の言葉をしっかりと聞いているが、それでも視界に集中している。
「見当たらない……」
苦渋の顔で視界に集中している。
エペラーには視界だけ移して情報はこちらで処理している。その所為でこっちは脳がガンガンだ。
「よく思い出せ、お前らの記憶を。絞り出せ」
法線で繋がっているため、エペラーの思考が流れてきた。
───ロビーと一緒に居た場所……
その気持ちがエペラーの顔を晴らせた。
「……居た」
そしてその瞬間、エペラーは言った。
その一言を。
「全てのDNA構成が一致……。よし、この二人だ。一気にこの二人を連れだすぞ」
私は『肉体生成』を発動する。この<法>は文字通り肉体を作る<法>。しかし、今回は難易度が違う。
先程のエペラーの過去を参考に、二人の死亡時のDNAなどを肉体に埋め込む。この作業でも脳が焼き切れるくらいに大変だ。いや、多分常人ではそうなるだろう。
細胞を一つ一つ一致させるように肉体が創られていく。これが一つでも失敗すれば生き返らない。それほどまでに蘇生術は大変なのだ。
特に、肉体が既に失った状態では。
パズルが完成していくように肉体が構築されていく。
「ロ、ロビー……?」
あとは臓器を埋め込んで、肉体の完成だ。
『着服形成』で二人に服を着させる。最後の死亡時のようにロビーが赤ん坊を抱いている構図になった。
「あとは、魂が寄ってきてくれるのを待つだけだが───それもどうやらいいようだ」
私は一仕事終わったかのように目を瞑る。
エペラーは、念願の再開に目を見開いた。
〈世領域俯瞰魔素観覧〉を介して二人の魂を見ていた。二人の魂はそのまま天から降りていき、肉体へと宿る。
───ドクン
鼓動が、この広間に響いた。
「ロ、ロビー……?」
エペラーが二人に近寄る。
「今は気を失っているだけだ。ゆっくり休ませとけ」
それだけを言い、僕はボロボロの広間から出る。
その時、皇帝エペラーは言った。
「有難う……本当に……」
その後に続いた男の啜り声だけが、この広間にどこまでも響いていた。